十戒
「伴田が犯人?」
「ああ、伴田が犯人だと考えれば、全て合点がいく。
まず、若田が偽証を行った理由だ。
若田は本当に犯行を見ていて、犯人の顔を覚えていた。だから、警察に情報提供しようとした。
しかし、実際に来た警察の顔は、若田が見た殺人鬼と同じ顔だった。
若田は驚いただろう。まさか、女子高生を殺し回っている犯人が、警察の人間なんだから。
しかし、若田は真実の供述を続けようとした。隣にいる和泉は信用できると考えたからだ。
確かに、和泉が伴田の共犯であるという可能性はあるが、若田はその可能性は低いと判断した。
理由として、犯行は単独犯だったことを見ていたことや共犯にする利益が見られないこと、そして、急に伴田が聞き込みに現れたことだ。
この舌切り雀殺人事件の聞き込み捜査は、基本的に和泉が行っていて、伴田はあまり外に出たがらなかった。
おそらくその行動の裏には、現場の周りを犯人である伴田がうろつくと若田のような目撃者に勘付かれるかもしれないと思ったからだ。
だから、聞き込みで顔を晒すことをせずに、警察署から一切出ない安楽椅子探偵を気取っていた訳だ。
そして、若田が捜査線上に上がっていたということは、若田本人にも聞き込みを行っていたということ。
もちろん、その聞き込みを行ったのは、和泉だけ。
だから、簡単に顔を晒すことのできる和泉は、伴田と違って、犯行に関わっていない人間だと判断することができた。
ということで、若田は伴田は犯人であることを和泉だけに伝える必要があった。
しかし、この犯人の伴田が目の前にいる状況で、犯人は伴田ですというと伴田が何をしでかすか分からない。
実際、伴田は若田に犯人の確認をする時、腰に手を当てていた描写があった。それは、腰にある銃をいつでも抜けるぞ。という脅しであった可能性が高い。
だから、和泉だけに、伴田の犯行を伝える方法として、隠し手紙を使った。
まず、若田は【伴田が犯人だ】と書いた紙を作った。そして、机の上にある水を和泉のズボンにこぼし、そのズボンの濡れを拭くふりをして、用意していた密告の手紙を和泉のズボンのポケットに入れる。
こうすれば、和泉がポケットに手を入れたタイミングで、伴田が犯人であることを伝えることができる。
このようにして、若田は和泉に犯人を密告したが、和泉が気が付くタイミングは遅かった。
いや、犯人の伴田が若田を殺すタイミングが早かったというべきかもしれない。
結局、若田は伴田に殺されてしまった。
これがこの舌切り雀殺人事件の真相だよ。」
「なるほど……。」
「他にも、伴田が犯人であると言う証拠はたくさんある。
たとえば、伴田が若田を色覚異常だと気が付いたきっかけだ。
結果論として、若田は色覚異常を持っていたが、伴田が気付くきっかけはなかった。
なぜ、伴田が若田が色覚異常を持っていたことを知っていたのかと言うと、事前に若田を殺すために下調べをしていたからだと言う推測が成り立つ。
また、伴田の推理では、被害者に馬乗りになって、舌を切り取ったとしているが、これもおかしい。
確かに、被害者に馬乗りになる場合もあるが、被害者の頭を犯人が膝枕する場合も考えられる。
こうすれば、向きが反転するわけだから、右利きが右頬を切り取ることもあり得ることになる。
実際、若田の証言では草むらに座ってという表現があるから、被害者に馬乗りになったのではなく、膝枕のパターンであったと分かる。
そして、伴田は右の内ポケットから手帳を取り出したから、おそらく右利きであることが推測されるから、膝枕パターンでの犯行と矛盾しない。
他にも、消去法を使うことで、犯人は容疑者3人の中にいるという刷り込みを和泉に行っていたし、若田が犯人だと何度も和泉に刷り込み、若田の証言の信頼性を揺らがせた。
こういったことから、伴田が犯人としてふさわしいと結論付けることができる。」
梨子は教授の推理に圧倒されてしまった。
「ちなみに、さっき言ったノックスの十戒は、推理小説で守らなくてはならないルールのことだ。
その第7法則に、探偵が犯人であってはならないと言うルールがある。今回はこのルールを大胆に破っている。
だから、少し読者への挑戦状としては、反則気味だと言える。
それに、伴田が若田に罪を擦り付けることなく、舌を切って殺したところも合理的とは言えないから、完璧な作品とは言えないね。
……とまあ、批評はこのくらいかな。基本的には、論理的で面白かった。
君もこんな後輩に負けないように頑張るんだぞ。」
「……確かに、この後輩の書いた推理小説は良く出来てますね。」
「そうだ。そのことを素直に伝えるべきだ。
私はこの小説のミスリードに引っ掛かることしかできませんでした。真相は別の人に聞いてやっと分かりました。
そう後輩に伝えた方がいい。
なぜなら、他人を羨むために起こす偽証は十戒違反の大罪人なのだからね。」
天神教授がそう言うと、梨子は美玖に対して抱いていた怒りは少し落ち着いてきたような気がした。
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