偽証
「ついに伴田さんが重い腰を上げましたか。」
「ああ、細かい捜査はお前に押し付けておけばいいが、犯人が犯人の目撃情報を証言すると言うなら、興味深いだろう。
そうなれば、俺もクーラーの効いた部屋からこんな暑い外に出て行くさ。」
「伴田さん、本当に若田美鈴が犯人だという根拠はあるんですか?
犯人に先入観を持ってはいけないですが、女性が犯人だと言うのは少々信じがたいですね。」
「誰だって、犯人になり得るよ。
それに、証拠はある。消去法だがね。」
そう言って、伴田は3人の容疑者の写真を取り出した。剛田の写真は、右手に赤いチョークを持って、黒板に化学式などを書いている写真で、剛田の高校のホームページから引っ張ってきたものだ。右手には赤いブレスレットを、左手には腕時計を着けていた。
熊田の写真は、かつて務めていた会社のインタビュー記事から引っ張て来たものだ。熊田は会社員としてやり手だったらしく、業績のみで副社長の地位まで上り詰めたようだ。
そのため、写真の熊田の左手には高級時計が写っていた。また、右手には緑の珠が付いた数珠を着けていた。
そして、若田の写真は学生証の写真のままの真正面から撮った写真である。少し笑い、カメラを覗き込むように撮られた写真は、何か挑戦的な態度を感じさせる。
「この3枚の写真が証拠だ。」
和泉は伴田の持った3枚の写真を見つめるが、若田が犯人であるという証拠が分からない。
「……まあ、伴田さんが若田を犯人と思うのは自由ですが、今から若田と合う時は、その思いは隠すようにしてください。」
「……証拠が分からないからって、誤魔化したな。」
和泉は図星だったが、顔には出さずに話を続ける。
「……もちろんまだ逮捕状は出ていませんから、容疑者をすぐには逮捕できません。ですから、例え、若田が犯人だとしても、不用意に刺激するような発言は慎んでくださいね。」
「今頃、警察学校で口酸っぱく言われたことを言うんじゃないよ。一回りも年下の若造に伝えられなくても分かっているさ。」
「どうだか?」
和泉は外国人の様に、両手を上げて、あきれたようなジェスチャーをした。
「で、若田との待ち合わせはどこだ?」
「そこの喫茶店です。」
和泉が指差した先には小さな喫茶店があった。
「まさか、捜査協力代として、コーヒーでもおごらなきゃいけないのか?」
「まあ、そうなるかもしれません。どうやら、家では話したくないそうで、近くの喫茶店で出会うことになりました。」
「家では居心地が悪いのかね。」
「まあ、詳しくは聞きませんでしたが、そのようですね。」
そう言って、和泉と伴田が喫茶店に入った。喫茶店の中は店主と奥に座るセーラー服の女性だけだった。
「先に来ていたか。」
「そのようですね。」
伴田は真っ先に若田の方へと向かい、若田の向かい側の席に座った。
「こんにちは。私は伴田と申すものです。」
伴田は若田の目をしっかりと見て、にやりと笑いかけた。若田は驚いた表情で、伴田を見つめていた。
「ちょっと! あまり脅さないようにしてくださいよ!
……すいません、若田さん。」
和泉は若田に向かって謝ると、伴田の隣に座った。
「いや、それはすまない。
この連続殺人事件の目撃情報がようやく見つかったんだ。警察としてはがっつかずにはいられないだろう。
それに、犯人は彼女のような女子高生を襲い、口を裂いて、舌を切り取っているんだぞ。事件は急を要する。」
伴田はそう言って、若田に同意を求めるように微笑みかける。若田はまだ少し驚いているような様子だった。
「そう言うことを言っちゃいけないですよ! 若田さんはそう言うことに慣れていなかったらどうするつもりですか?」
「……いえ、私は慣れていますから。」
「それはどういうことでしょう?」
「自分なりにこの”舌切り雀殺人事件”というものを調査していましたので、ある程度の免疫はあります。」
「なるほど、自分で捜査を行っている。」
「ええ、最初は自分が襲われないように、犯人の動向などを分析していたんです。しかし、段々とその分析が面白くなってきまして、事件現場近くの目撃情報を聞きまわったりもしました。
そして、前回の鈴木里香さんの事件の際、犯人を現場で見かけました。
私が犯人を見かけた時、現場の草むらには電灯が当たっていたので、草むらに座って、被害者の舌を切り取っている犯人の姿がくっきりと見えました。しかし、犯人は顔をフルフェイスのヘルメットで隠していました。
なので、私は警察に通報するよりも犯行を見守り、犯人がヘルメットを外す瞬間を待っていました。
私は犯人が必ず犯行現場でヘルメットを外す瞬間があると確信していました。
なぜなら、私は犯人が性的な目的で、被害者の舌を切り取っていると思っていたからです。だから、私は犯人は切り取った舌を新鮮な内に何かするのではないかと予想していました。
案の定、犯人はヘルメットを外し、被害者から切り取った舌をなんと口の中に入れてしまいました。
その時、私はしっかりとその顔を見ました。」
若田は少し間をおいて、伴田と和泉の方を見る。伴田は右手を腰に手を当てて、次の若田の発言に耳を傾けていた。
「ちなみに、この中にその犯人はいますか?」
そう言って、伴田は剛田と熊田の写真を見せる。若田はしばらくその2つの写真を見比べた。そして、若田は首を振った。
「どちらも違うようです。」
「本当にそうですか? よーく見てください。」
そう言って、伴田は2つの写真を若田の目の前に押し付ける。
「伴田さん、やめましょうよ! それじゃあ、誘導尋問ですよ!」
「……こちらの男性です。」
「えっ!?」
そう言って、若田は剛田の写真を指差した。伴田はにやりとほほ笑んだ。
「なるほど! ありがとうございます。」
「ちょっと待ってください。若田さん。
今のは本当ですか? 1回目は違うと言ったじゃないですか? なぜ、急に剛田が犯人だと?」
「……思い出したんです。 犯人が右手にこの赤いブレスレットを着けていたこと。」
「ほう!」
「あの時は夜の公園で猟奇的な殺人を行っている所でしたので、この明るく教壇に立っている姿と印象が違いましたが、間違いありません。
この男が舌切り雀殺人事件の犯人だと思います。」
若田はそう言い切った。
「なるほど~、剛田が犯人か。教師にはたまに変態が湧くというが、そう言うこともあり得るんですねえ。
それに、剛田は生物の教師ですから、そういう体の部位に興奮する人間だったのかもしれません。」
「そうかもしれませんね。」
「……今回は捜査協力ありがとうございます!」
「いえ、早く犯人を捕まえてくださいね。」
若田が和泉に向かって、そう言った。おそらく、圧の強い伴田の方へ目を合わせることが怖かったのだろう。
「それでは、私は帰りますね。お代は……?」
「もちろん、こちらが負担しますので、安心してください。」
「ありがとうございます。」
若田がそう言って、席をはずそうと立ち上がる。すると、机に脚が当たってしまい、その拍子にお冷が倒れてしまった。
そして、倒れたお冷は机を素早く伝い、和泉のズボンの上にこぼれた。和泉は咳を離れて、よけようとしたが、かなりの水が和泉のズボンを濡らした。
「ああ、すいません!」
若田はそう言うと、机の上の紙ナプキンを左手で何枚か取って、和泉のズボンの水を拭き取った。
「そ、そんな大丈夫ですよ!」
そう言って、和泉の足に手を当てる若田を手で静止した。
「いえ、すぐに拭かないと染みになりますよ!」
「それって、水だと意味ないんじゃ?」
そう言うと、若田は和泉のズボンを拭く手を止めた。
「ああ、確かにそうですね。」
「それに、私はタオルを持ってますので、お気になさらず。」
「……すいません。」
若田はそう言って、床から立ち上がった。そして、一礼をして、喫茶店から出て行った。
「おい、顔を赤くするなよ。」
伴田は和泉に向かってそう言った。
「そ、そんなことありませんよ。」
「事件関係者ならまだしも、犯人に恋するなんて、刑事として最低だぞ。」
「……伴田さん、本当に若田が犯人なんですか?」
「ああ、今回、直接って確信した。
若田は証言で嘘をついていたし、犯人である特徴も持っていた。
ヒントは若田が剛田を生物教師だと思っていた点と紙ナプキンと取った手だ。」
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梨子はそこまで原稿を読み終えると、机の上に原稿を置いた。
梨子は美玖の方を見ると、梨子の推理を待ち遠しいような表情をしている。
「で、先輩? ここまでの内容で読者の挑戦状として成り立っているでしょうか?」
「……うん! まあ、及第点だけど、成り立っていると思うよ。よくできていると思う。」
「えっ!?
成り立っていることが分かるってことは、この事件の真相が分かったってことですか?」
「もちろん。 一応、推理小説研究会の先輩だから、後輩の作ったトリックくらいは朝飯前で解かないとね。」
「先輩、流石です!
じゃあ、先輩の推理を聞かせてください。」
「ええ、じゃあ、若田が犯人であるという論証を始めましょう。」
梨子がそう言うと、美玖は少しにやりと口角を上げた。
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