第5話 悪代官
翌朝、また声を掛けてきた男がいた。
「昨日のうちに声を掛けたかったんだがな」
そう切り出した男は道中の護衛を依頼してきた。
どうやら宿の主人に相談して俺を紹介されたようだ。俺も宿の主人に仕事がないか頼んだからありがたい。
まずは隣の街まで。方向が合えば更にその先まで。荷馬車での移動で同乗もさせてもらえる。食事は依頼者もち。その分少し安いがそれでもあらかじめ宿の主人に聞いた相場からしたら悪い値段ではない。
急な話になったのはあちらも依頼しようとしていた傭兵が戦の匂いを嗅ぎつけてアムカ国に向かったので困っていたらしい。
俺たちは商業都市として有名なところをめざす。ただすぐには着かないからその途中の街を目指す。その小さな街は男爵が代官をしているのだが、どうもその男爵の評判が悪いようだ。俺としてはその街をパスしたいところだが、残念ながらその商人はその街から仕入れの為に別方向に行く。さすがにそちらに行くのは遠回りだし、おれは行商人とその街に向かうことにした。
道中互いに情報を交換した。アムカ国のきな臭さは商売人にとっては商機でもある。国内で移動してるこの人にとってもアムカ国に持ち込む商品を砦に持ち込めば国を超える商人に売ることができる。だから情報を大切にする。逆に俺にとってこの国の状況を知れるのはありがたい。まぁ、評判の悪い代官だが悪評は主に女がらみ。どうも旅人の女にいろいろあくどいことをしているらしい。
「あんたらは男だから大丈夫だと思うが、なにせあの代官だからなぁ。お兄ちゃんみたいにかわいい男の子も危ないかもしれないぞ」
冗談がらみで言っているが警戒した方が良いだろう。まぁ一晩だけだ。大丈夫だろう。そのときのうかつさを俺は後で思い知ることになる。
行商人を護衛して無事に街に着きお代を頂いて俺たちは分かれる。街に入る時に門番の兵士がリンのことをちらちらと見ていたのが気になったが。
「はぁ、疲れた」
「今日も同じ部屋だが、すまんな」
そう謝るとリンはにかっと笑って言う。
「まぁ、命は惜しいでしょ」
そのセリフと同時に俺の首筋を蜘蛛が叩く。
「あぁ、わかってるよ」
護衛の代金もあるのでウサギの毛皮は今回は売りに行かない。あまり目立ちたくないしな。
早めに夕食をとり酒を飲みながらまったりしていると化粧の濃い女が近寄ってきた。
「ねぇ、どうかしら?」
見るとわざと化粧を濃くしているような雰囲気がある。それにしぐさがどことなく上品だ。こりゃ、どこかのいいところの奥さんかお嬢さんが落ちぶれてというパターンか。美人局もあるからと思っていたら手に紙を握らせる。
『お願いがあります。兎の尻尾亭にて。悪い話ではありません。お礼は十分に』
やばいな。逃げようか。
部屋に戻ったところでリンが言う。
「いかないの?」
「いや、なんで?」
「だってさ、あの人、胸も大きいし美人だし大人だし、がまんしてるんでしょ?」
何言ってるんだ、誰のせいだと思ってるんだ。
俺は頭に血が上りリンを押し倒す。
するとすかさず首筋に蜘蛛が登り足でひっかく。
「くそっ、お前、部屋出るんじゃねえぞ。行ってくる」
俺は捨て台詞を吐いて部屋を出た。
兎の尻尾亭はすぐに分かった。
店に入ると直ぐに二階に案内された。部屋には女性が二人、一人はさっきのけばい化粧の女性、もう一人はいかにも貴族の奥様という女性。そして若い男性が一人。
「来てくださいましてありがとうございます。私はこの街の先代の代官の妻、アマーリエと申します。こちらが侍女のマリア」
「私はブラックツリー侯爵家に勤めています、ロジャー ナインズと申します。男爵です」
「私は、ベッセルと、もうしましゅです」
あ、噛んだ。
「ここでは爵位は気にせず楽にしてください。依頼はこちらのアマーリエ様のご子息、トーマス様を侯爵家まで護衛してほしいのです」
へっ、そんなの侯爵家から人を出せばよくない?
俺の思っていることはあちらにも分かっているのだろう。
「すみません、詳しくは言えないのですが侯爵家の手は使えないのです。なのであなたに。それに同行されている方はアムカ国の魔術師団にいたことがあるとお見受けする。お二人なら大丈夫かと」
「へっ?リンがアムカ国の魔術師団ってなんでわかるんだ」
「なるほど、やはりそうでしたか」
あっ、やべっ、俺ってちょろいな。うまく乗せられちゃって。
「まず一つは着ているフード付きマントは魔術師団の制服です。それにまぁいろいろと見聞きした情報からそう判断させていただきました」
あぁ、白状させられたようなもんだったな、そんだけじゃわからんだろう。
「で? その子はどこに?」
「今は代官屋敷におります。明日の晩にこちらに連れてまいります」
「わかった、で、代金は?」
「このくらいでは如何でしょうか」
提示された金額はふつうの護衛の三倍か? ちょっとつついてみるか。
「なるほどね。でもちょっとやばそうな仕事だからな、特別ボーナスが欲しいな」
「と、もうしますと?」
「そうだな、奥様でもそちらの侍女でもいいや、一晩だけ付き合ってくれないか」
「なっ、何を言う、奥様、こんな男に」
ロジャーは赤く憤怒の表情になる。
「わかりました、あの子が助かるなら」
「「奥様!」」
これ、やばいこと言ったか。
「と言いたいところですが、あまり人を試すものじゃないですわよ、ベッセル様」
はぁ、助かった。
「すみません、あまりに危なそうな仕事なので本気なのかと、試して申し訳ございません」
だめだな、こういう交渉は苦手だ。
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