第18話
『死ね』
出来るなら普段こんな事言わない和香がなんで?と言いたいけれど、そうは言わせてくれない心当たりが一つだけある……。
まあまだ送り間違いの可能性も全然あるし、絶対にこれだとは言えないけど。
一応
「なんて返事したらいいんだろう……」
何文字か打っては消して、打っては消してと繰り返したが、なにもいい言葉が浮かんでこない。
「朱莉としたのバレた?」なんて訊けるわけもないし。
画面とにらめっこすること数分、突然和香からもう一つメッセージが送られてきた。
『お前がしたこと姫川さんに言ったから』
それを見た時、目の前から光が消えていくのを感じた……。
音もなく視界の端から中心に向かって真っ黒く染まっていく。
手汗で滑りそうになるスマホを必死に抑えながらなんとかメッセージを送る。
「待って、ごめん」
『全部朱莉から聞いたから何も言わなくていい』
「違うそうじゃなくて」
自分でも何がそうじゃないのかわからない。
ただあれは私からしたわけじゃないし。
誘ってきたのは朱莉だし、私はちゃんと嫌だって言った。
なんで、朱莉は相手がばらさなきゃばれないって言ってたじゃん。
朱莉から聞いたってことは、朱莉が話したんでしょ……。
『二度と連絡来るな、一生妹と浮気でもしてろ』
和香はこのメッセージが送れられ以降、まったく既読が付かなくなってしまった。
違う、私は朱莉と浮気したわけじゃないし……。
妹ってことは
別にエアコンもかけてないし、外も温かいのに、気が付いたときには体の震えが止まらない。
胃の底から湧き上がってくるような、何かを無理やり抑え込む。
とりあえず志保に連絡する?
けど、和香のあれが嘘かもしれないし……。
もし伝えられてないなら自分からばらすことになってしまう。
それに、まず本当に朱莉が話したのか確認しないと、もしかしたらたちの悪い冗談かもしれないし。
「あのさ、和香にバレたってほんと?」
私が送ってから数秒後、すぐに既読が付いたと思ったら通話が掛かってきた。
「あ、朱莉?」
『この後に及んでまだ私の彼女に手出す気?』
いつも通りなら、朱莉のやわらかな声が聞こえてくると思っていたのに、スピーカー越しに聞こえた声はアイスピックよりも鋭かった。
「和香?」
『ほんとだよ、朱莉から全部聞いたって言ったでしょ? これで満足?』
「なんで……」
朱莉は話さないと思ってたのに……。
自分から相手が話したらバレるリスクはあるとか言ってたのになんで話してるの。
『朱莉は三股してたんだし、監視してないわけないでしょ? わかったらもう二度と掛けてこないで』
そう言われると通話はすぐに切れてしまって、その後何度掛けなおそうとしても出ることはなかった。
てことは志保に言ったってのも本当ってこと?
嘘でしょ。
志保からなにも来てないし。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
志保に何度掛けてもつながる気配がない。
掛けては切り、掛けては切りを繰り返していると、柊那が戻ってきた。
無表情のままの彼女は黙って私にスマホを差し出してくる。
その手は小さく震えており、私にとって良い知らせを持ってきてくれたわけじゃないことはわかる。
私は伸ばしかけた手を引いて彼女に訊いた。
「なにこれ……」
「あの人が
これを受け取ったら志保との関係が終わってしまう。
直感的にわかったが、私が取るのを躊躇していると、柊那は「早く」とさらにスマホを近づけてきた。
「志保?」
『真衣と付き合えて楽しかったよ。さようなら』
それを聴いた直後、スマホはなにも音を発しなくなった。
私の前に立っている彼女は、俯いてただひたすら申し訳なさそうな顔をしていた。
私、志保に振られた?
やっぱり和香が話したってのがほんとなの?
私が悪いの?
志保だって私の知らない人連れ込んでたじゃん。
朱莉だって好きって気持ちがあったわけじゃないし……。
その瞬間、胃から絞られたような痛みがこみ上げてきた。
「うっ……」
慌ててトイレに駆け込むとすっぱい液体があふれ出した。
なんで私が?
私が悪いわけじゃない……。
そのままトイレにうずくまっていると、優しく背中を撫でられた。
「みんな酷いですね。あの人だって浮気してたのに……」
私がなにも言わないと、柊那は黙って撫で続ける。
「大丈夫ですよ、真衣が悪いわけじゃない。酷いですね、真衣だけ悪者にして」
柊那が出してくれた水を飲むと大分落ち着けた気がする。
「落ち着けました?」
「うん……、大分……」
泣いていたのか、目の周りもヒリヒリと痛む。
ただそれでも、気持ちのほうは大分落ち着いてきた気がする。
柊那の力を借りて立ち上がると、力強く抱きしめられた。
普段ならすぐ離れてしまうのに、この日はどんなに経っても終わる気がしない。
「知ってます? ハグすると3割ぐらいストレスが減るらしいですよ」
「そう、なんだ……」
「また辛くなったら言ってください。私はなにがあっても真衣のことが大好きですよ」
今そんなことを言われたら柊那に寄りかかりたくなってしまう。
柊那は私の顔を少しだけ上に向けると、見下ろしながら訊いてきた。
「キスもストレス減らせるらしいんですけど、してもいいですか?」
「……いいよ」
今更キスの一つや二つどうだっていい。
柊那に身を任せていると、何度もキスされた。
「満足した?」
「真衣は?」
「わからない……」
今までのが全部夢だったらいいのにと思う……。
夢なら全部なかったことにして、志保とまた付き合えるのに……。
柊那に体重を預けて立っていると、彼女は言った。
「ちょっと横になりましょうか」
「わかった……」
なんかもう動くのすらめんどくさい。
考えるのも。
「真衣?」
「なに?」
「大好きですよ」
志保にもよく言われたっけ。
好きだって。
結局振られたけど。
目の前に柊那がいるとどうしても志保がちらつく。
志保はもう私のことを好きなんて言ってくれないって頭ではわかっているのに。
「真衣?」
柊那はそう言いながら、私の首元に手を持ってきた。
頭を持ち上げようとしているのか、少し力が入っているのがわかる。
志保にも似たようなことされたっけ。
なんで柊那が知ってるのか知らないけど。
「いいよ、キスして……」
何度も繰り返されたせいで、今私の中にある唾液が私のものなのかすらわからない。
柊那は私を抱きしめて、言った。
「私が全部忘れさせるし、あの人の代わりになります。だから……」
志保に近い体温と香りで包まれると、頭が割れそうなくらい痛くなる。
思考が停滞して、どこか宙に浮きながら自分自身を見下ろしているような気分になった。
それなのに、柊那が何を言いたいかはなんとなくだけどわかる。
別にもう志保にバレるかもとか、申し訳ないとか思う必要なんてなにもない。
彼女と私はもう他人だ……。
「していいよ」
「大好きですよ、真衣」
「私も……」
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