第16話「キジマさん」(フ完全版) 1
昭和30年代後半、交通事故死亡者数は全国で1万人を越え、更なる増加傾向にあった。
流通の拡大、マイカーブーム、爆発的に増える車輌の数に対し、道路の整備が追い付いておらず、また車輌に付属する安全装置も現在に比べるとお粗末だった為死亡事故が絶えなかった。
毎日どこかで悲劇は起こっていた。
これからお話しする物語もそんな悲劇の一つである。
神奈川県F市、国道1号線と県道が交差する一角にその人の家はあった。
主人である木嶋憲史(キジマノリヒト)は、自宅前の交通量の増加による騒音と振動に悩まされており、また国道の拡幅計画もあって、転居先を探している最中だった。
5年前に妻を病気で亡くしており、家族は娘の耀子(ヨウコ21歳)と 息子の剛史(タケシ18歳)の3人暮らしであった。
憲史は某財閥系企業の重役だった為、経済的にはなんら不自由の無い暮らしをしていた。
娘の耀子は大学に通うかたわら母の代わりをよく務めた。また家政婦もいたので日々生活に困る事は無かった。
息子の剛史も姉の耀子に依存しがちであったが、県立高校に通う成績優秀な生徒だった。
彼らの平和な毎日にそれは突然やってきた。
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