第46話 朧月の果て

「とりあえずバグモンは倒せたな……これで、ここまでに起きていたバグは全部直ったはずだ」


 コージー達は無事にバグモン、黒馬騎士を倒した。

 おかげで黒い靄は消え去り、ムーンレス草原に平穏が訪れる。

 頭上を見上げると、霧に溶けていた月が浮かび上がり、朧月は綺麗な満月として浮かんでいた。


「これでログアウトしてもいいな。一旦帰るか……まあ、その前に」


 俺の目的はとりあえず果たされた。

 もうこのゲームの中に滞在する必要性が無くなる。

 肩の荷が下りた気になると、そっと傍らで眠るファインを見つめた。


「ファイン、疲れていたな」


 ファインは眠りこけていた。

 猫のように丸くなると「すぅーはぁー、すぅーはぁー」と寝息を立てていた。

 相当疲れてしまったようで、もはや気力も魔力も残っていない。

 深く目を瞑ると、身動き一つも取らずに、寒空の中で眠っていた。


「全く、圧倒的無防備だな。まあ、俺は欲情などしないけど」


 俺はインベントリの中から毛布を一枚取り出す。

 ここまで頑張ったファインに掛けてあげると、自然と指が動く。

 毛布に手が伸び、体をくるむように持って来た。


「それにしても、勇者は強いな。勇証か。スキルじゃないのか?」

「ううっ……ん?」


 俺が独り言を吐き続けていると、ファインが薄っすら目を開けた。

 瞬きをして、涙を流すと、体をゴロゴロ動かした。

 ボヤけてしまった目でくぐもった世界を見ると、フィアンの寝起きが俺を見つめる。


「ファイン?」

「コー、ジー、くーん? ふはぁー、あ、あれ?」


 ファインは自分の体を見た。

 一体何が起きたのか、何をしていたのか、この毛布は何なのか、キョロキョロ視線を動かす。それから回らない頭でニヤリと笑みを浮かべると、寝ぼけているのか手を挙げた。


「コー、ジー、くーん」

「なんだ?」

「抱っこして」

「はぁ? なんで、歩けるだろ」


 コージーは即刻冷たい顔と言葉を返した。

 甘えてくれる可愛い少女になら、大抵の男性はキュンと来る。

 甘える可愛い少女に手を差し伸べるはずだが、俺は厳しすぎる方だった。


「えー、私頑張ったんだよー?」

「俺も頑張ったんだが?」

「むー。いいでしょー」

「別に構わないが……はぁ。とりあえずこんな所にいつまでもいても仕方ないな」


 俺は頭を掻くと、溜息を吐いてしまった。

 とは言えファインが頑張ってくれたのは本当だ。

 ここはコージーが折れるべき。そう思ったからか、ファインを抱きかかえるのは止め、背中を向いた。


「あれ? 抱っこはー?」

「おぶってやる。それで手打ちだ」

「むーん。それじゃあお願ーい」


 ファインの腕が俺の首に回った。

 それからずっしりとした重みが背中にのしかかる。

 【竜化(鋼)】を解いた反動で全身がガクガクする中、膝が悲鳴を上げつつも、ファインのことを背負った。すると柔らかいものが俺の背中を支配して、「あっ」と声を上げた。


「コージー君?」

「なんでもない。それよりファイン」

「ん?」

「今度から体を任せる時は、同性にしろよ」

「どうして? コージー君じゃダメなの?」

「ダメじゃないが……はぁ、危機管理がなってないな」


 俺は呆れてものも言えなくなってしまった。

 もちろん、男性からしてみれば嬉しいはずだ。

 けれどそれはコージー以外の目線でしかない。

 コージーはファインの身を案じると、些か不憫だとは思いつつも、ファインに助言を言い付けた。


「コージー君」

「今度はなんだ?」

「ありがとう。みんなを救ってくれて」

「……そうか」


 ファインは寝ぼけていたが、言いたいことは伝える。

 芯のある言葉が的を射抜くと、疲れたコージーの中にも伝わる。

 自分達がここまで頑張ってきたこと。その全ては一本の道となり、報われているのだ。


「一つ勘違いしていることがあるな」

「えっ? 私、なにか変なこと言っちゃった?」

「その勘定にはファインが入っていないだろ。ちゃんと自分を大事にしろ」

「コージー君……ありがとう」


 ファインの笑みが表情を見れなくても伝わった。

 おかげで足取りが少しだけ軽くなる。

 毛布を羽織り、まるでマントのように翻すと、寒空が心地よくさえ感じてしまった。


「そう言えばファイン、さっきの勇者の力は……ファイン?」

「すぅーはぁー、すぅーはぁー」

「寝てるのか……呑気だな」


 ファインは再び眠りに落ちていた。よほど安心したのか、ファインの眠りにも深い。

 そのせいで重さも倍になっている気がした。

 まるで子守をする親の気持ちにさせられると、ファインを連れコージーは長い道を帰るのだった。


「まあいいか。明日、俺は戻るんだ」


 この瞬間を噛み締めることにした。

 もちろん後悔なんてものは一切無いし、情なんてものも底まで湧かない。

 全てを個の一瞬に集約すると、月が瞬き輝いている気がした。

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