赤の女王

野守

第1話

 我が家の常識が他家の非常識だった、という衝撃体験は誰にでもあると思う。遊びに行った友達の家で、休憩時間に雑談の中で、彼氏に作ってあげた手料理の味で、『何それ。ウチでは違うよ』と言われるあの瞬間。ああいうカルチャーショックって結構ダメージが残るもので、私はこれを『ウチだけ問題』と呼んでいる。


 さて、そういうものは言われるショックが大きい分、指摘する側も気を遣うものである。

「あのさ。こういうのって、その家の文化だとは思うんだけど」

今まさにウチだけ問題を目の当たりにしている彼は、ちらちらとその花を見ながら言葉を選んでいる。

「にしても、何と言うか」

どんな言い方をするのか聞いてみたい気もするが、人の悪いことはやめておこう。言いたいことは分かっているのだから。

「仏壇に薔薇の花はおかしいって言いたいんでしょ」

「うん」

 私たちの向かう仏壇には、華やかな薔薇のブーケが供えられている。それも昔のドラマでプロポーズに使われるような派手なやつ。黒壇の中で深みのある赤が異彩を放っている様は、確かに他人から見れば引く光景だろう。

 指摘を終えて多少すっきりした顔の彼は、私と並んで線香に火をつけた。お鈴の涼しい音が響き、二人で華やかな仏壇に手を合わせる。

「私も昔、あの薔薇のせいで恥かいたんだよね」


 それは小学生の時だった。遊びに行った友達の家で仏壇を見かけた私は、淑やかな仏花を見て無邪気に聞いた。

「どうして地味なお花を飾るの?」

当然友達はきょとんとして言った。

「仏花だから。他に何を飾るの?」

そこで私は初めて仏花という言葉を知り、友達の母親は薔薇で溢れる仏壇を想像して不思議そうな顔をしていた。帰ってウチだけ問題を訴える私に祖母は何食わぬ顔で言ったものだ。

「好きな花を飾るのが一番じゃないかい」

その前に常識も一緒に教えて欲しかった。


 お茶で一息ついた彼に、私はちゃんと話してあげることにした。

「おじいちゃんとおばあちゃんの思い出の花なんだって」

「はぁ。ドラマみたい」

冗談まがいのその言葉が、まさに二人の思い出話だ。

「それが、ホントにドラマみたいな話なの」

子供の頃に何度も聞いた昔話。さあ、どうやって話してあげようか。




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