第6話 取り巻き男その一
王立学園には三つの科がある。
魔術師や精霊術師といった、魔力を持つ人間が所属する魔法科。
剣の道を目指す騎士科。
そしてそれ以外が所属する紳士・淑女科。この科は一番人数が多く、コースが細かく分かれている。
体を鍛え規律を叩き込まれる騎士科は他の科よりも入学が三年早く、六年制。全員寮に入る。
魔術師や精霊術師は体が完全に大人になる十五~十八歳に魔力が高まる傾向にあるため、魔法科は紳士・淑女科と同じ三年制。
科やコース別に受ける授業もあるけれど、一般教養の授業などは共通で行う。
同じ魔法科であるアンジェラとは、ほとんどの授業を一緒に受けていた。彼女以外に友達はいなかったし。
急に離れては怪しまれるし「ぐぬぬ」を見られないので、今日も一緒に教室に行き、授業を受ける。
授業が始まってすぐに、アンジェラが小さな手紙を渡してきた。
内容は春休み中はどうだったとか、あの店のスイーツがどうとか、どうでもいい雑談。
以前はたしかに、そういった雑談が楽しかった。ちょっとだけ悪いことを一緒にやっているようで。秘密を共有できているようで。
でもそうやって授業中に夢中になって筆談して、私は授業を聞いていなかった。その結果、さらなる落ちこぼれに……。ああ。
その一方でアンジェラは成績が良かったんだから、そこはすごいわよね。
私は彼女が寄越した紙に書き込むと、それを彼女に戻した。
彼女の笑みが消える。
紙には「授業に集中したいからごめんね。遅れを取り戻したいの」と書いた。
あくまで感じが悪くならないよう、少し申し訳なさそうな顔を浮かべてごめんね、というように手を合わせる。
彼女が笑みを浮かべてうなずいたけれど、その顔は少々引きつっていた。
あーもう楽しいったら。
ただ、最初から飛ばしすぎたのか。
授業が少し早く終わってしまい、迎えの馬車が来るまでの時間をつぶすため中庭のベンチに一人でボーッと座っていた私のもとに、男が足早に近づいてきた。
アンジェラの取り巻き男その
四大公爵家「知のトパーゼ」家の次男で、紳士・淑女科の政治専門コースに所属している三年生。
眼鏡の奥の切れ長の目を彩るのは、トパーゼ家の特徴である琥珀色の瞳。そこに宿る嫌悪と軽蔑を隠そうともせず、私を見下ろす。
私はこの男が苦手だった。
いつも理詰めで責めてくるから。私の話など聞かず、いつも私が悪いと決めつけてくるから。
でも一度死んで考え方が変わった今の私にならわかる。
私の話も聞かず一方的に決めつけてくるのが、「理」なわけはないのだと。
「私に何か御用でしょうか」
まっすぐに彼を見上げてそう問いかける私に、少し意外そうな表情を浮かべる。
いつも私はこの男にビクビクしていたものね。大好きなアンジェラをいじめる悪役を責め立て追いつめて、その安っぽい自尊心を満足させていたのだと思うと鼻で笑いたくなる。
彼はふん、と鼻を鳴らし、藍色の前髪をかきあげた。右側は耳にかけていて左側だけ下ろしているそのアシンメトリーの前髪が鬱陶しい。
「お前はまたアンジェラを傷つけたようだな」
「まず、いくら先輩でもお前とお呼びになるのはおやめください。恋人でも家族でもありませんわ。ローゼリア嬢と呼べとは申しませんから、せめて君とお呼びください、デリック様」
「……なんだと?」
おお、むっとしてる。そしてそれ以上に驚いている。
いつもビクビクしていた私に注意されたのが意外だったのでしょうね。
「で、ご用件はなんでしたかしら」
「アンジェラを冷たく突き放している件だ!」
「心当たりがありませんわ」
「なんだと……! アンジェラはカフェテリアで一人寂しそうにしていた。理由を聞いたら、ローズに嫌われてしまったかもと涙ぐんでいたんだぞ!」
早速取り巻き男に愚痴るとは、さすがアンジェラ。
こうやっていつも被害者面して私の評判を落とし、取り巻き男に私を責めさせてきたのね。
そして程よいところで「ローズを責めないでください!」と登場する。それに感動するおバカな私。
今までの私って……。
「きっと私が髪形を変えたことを言っているのですね。でもデリック様も仰っていたではありませんか。似合いもしないのにアンジェラの真似をして見苦しい、と」
立ち上がって、言葉に詰まったデリックとまっすぐに目を合わせる。
この男の何が怖かったのか。一度死を経験した今となっては理解できないわ。
「雑談にも応じてくれないと」
「それは授業中の話ですわ。いつも楽しく筆談をしていましたが、私ももう二年生。デリック様が仰っていた通りあんな成績ではなんのために授業を受けているかわからないと感じたので、真面目に取り組もうとしただけです」
「……」
おお、言い返せる、ものすごく言い返せる!
冷静になればいくらでもできるんじゃない。そもそもデリックの言い分に正当性なんてないんだし。
この男の唯一のいいところは、かっとなって力で相手をねじ伏せるような男ではないところ。
一見ヒョロヒョロなこの男にだって、力でこられたら敵わないもの。
ただ、プライドが高いから言い返しすぎるとさらに敵になるかもしれない。
ほどほどで引いておこう。
「誤解は解けましたでしょうか。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。ただ、アンジェラは私の大切な友達。それは変わりませんわ」
そう言って笑みを浮かべるけれど、自分でも目が笑っていないのがわかる。
そこまでは取り繕えない。でも相手が責める隙は与えない。
おそらく冷笑ともいえる表情を浮かべている私の顔を、デリックは意外なものでも見ているかのようにじっと見つめている。
「迎えの馬車が来る時間ですので、これで失礼いたします」
「……ああ」
意外にも彼が返事をする。
一人で騒ぎ立てたことを少しは反省したとか?
だったらうれしい。
彼に背を向け、中庭を後にする。
どこからともなくデリックではない男性の声で「やるじゃん」と聞こえた気がしたけれど、その声の主を見つけることはできなかった。
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