第5話 アンジェラ
馬車を降りて校舎へ向かって歩き出すと、周囲の視線が集まるのを感じた。
「あれ……ローゼリア・ルビーノ公爵令嬢よね……?」
「今日はスカートも短くないし、お化粧もしてらっしゃらないのね。二年生になって色々と感じるところがあるのかしら」
「あんなに美人だったかな」
「やめとけよ悪女だぞ」
精霊術師は耳もいいということを忘れているのか、みんな好き勝手言ってるわ。
それも仕方がないことなのかもしれない。精霊術師は希少な魔術師よりもさらに少ないから、精霊術師について詳しい人はそう多くはない。
その数少ない精霊術師のトップに立つのが四大公爵家の一つである我が家門、「精霊術のルビーノ」。
お父様もお兄様も例に漏れず優秀な精霊術師で、国のために働いている。
あいにく、私は落ちこぼれだったけど。
「おはよう、ローズ!」
後ろから聞こえる愛らしい声。
出たわね……。
ストロベリーブロンドの髪を風に揺らしながら、息を切らして走ってくる“彼女”。
ああ、今日もとてもかわいらしいわね。
サイドを結ったサラサラストレートの髪、化粧っけのないたれ目がちの優しい顔立ち、ほっそりとした体型。
アクセサリーも花をモチーフにした髪留に、華奢な小指を彩るハート型のピンクの石がついた指輪と、すべてが女の子らしく、庇護欲をそそる。
――ガーネット子爵令嬢アンジェラ。
私の、
ガーネット家はルビーノ家の傍系で、彼女はその血ゆえに精霊術を使える。
彼女と私の家門の力関係が、私が悪女だという噂を加速させた。
私に明るい笑みを向けるその顔を引っぱたいてやりたい衝動にかられたけれど、そんなことをすれば自分が大いに不利になるだけなのでにっこりと笑みをはりつける。
「おはようアンジェラ」
「なんだか、今日はいつもと違うわね。おそろいの髪型、やめてしまったの……?」
彼女が寂しそうな笑みを浮かべる。
やっぱり引っぱたいてやりたい。ううん、我慢我慢。
「ええ、今日から二年生だから気分を変えようと思って。あなたの真っ直ぐで美しい髪と優しい顔立ちにこそ似合う髪型だから、私は私に似合う髪型にすることにしたわ」
「え? そう……なのね。なんだか寂しいわ」
私が陰であなたの真似をしている、似合わないのにと
「ごめんね、アンジェラ。せっかくあなたがおそろいにしようと勧めてくれた髪型なのに。それに化粧もスカート丈も、勝手に変えてしまって」
周囲に聞こえるように言う。何人かが、ヒソヒソと
アンジェラの笑みがひきつる。
「謝ることなんてないわ。今の姿もとても素敵よ」
「アンジェラにそう言ってもらえてうれしいわ、ありがとう!」
そう言ってにっこりと笑うと、口元は笑みの形を保ちつつも彼女の目はすうっと冷たくなった。
いつも何も考えずにあなたの言う通りにしていた私が、あなたのお勧めスタイルをやんわりと拒絶したのが気に入らなかったのかしら?
私が自分の意志を通したら不機嫌になるなんて、普段からいかに私を見下していたかが
ふふ、でもまだまだよ。もっと怒るがいいわ。
私はこれからは一切あなたの思い通りにはならない。そしてあなたが私を陥れていたことをみんなの前できっと証明してみせる。
それまではこうやってこまめに悔しがらせてあげるわ。
それが私の復讐よ。
たくさん「ぐぬぬ」と言わんばかりの顔を見せて私を満足させてちょうだいな!
あー楽しいー! 気持ちいー!
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