第3話 回帰前の記憶


 着替えたあと、コニーに「少し考え事をしたいから」と部屋から出てもらい、ソファに腰掛けた。


 そんなことが本当にあり得るかわからないけれど、おそらく私は、過去に戻った。

 卒業パーティーが三月の半ばだから、一年弱。

 どうしてそうなったのかわからないけれど、私はひとまず記憶と状況を整理することにした。


 まず、今が二年生の始まりということは、私はすでに周囲に嫌われている。

 レイノルド第二王子殿下に片想いするだけじゃなく後をつけ回して嫌われ、同級生に対してもツンケンしていたため嫌われ。

 親友のアンジェラをひそかにいじめているとされて、彼女を慕う生徒にやっぱり嫌われ。

 彼女のことを愛する宰相子息や騎士団長子息には目の敵にされていた。

 アンジェラは他人の目なんて気にしないで、私はあなたにひどいことをされてなんていない、あなたは親友よといつも優しい笑みを浮かべてくれた。

 学園で孤独だった私は、そんなアンジェラにすっかり夢中で――。


 苦い笑みがこぼれる。

 馬鹿だった。彼女のことを、何から何まで信用していた。

 彼女は、私のことが「ずっと嫌い」だったというのに。

 今ならわかる。いいように利用されていたのだと。

 私は彼女の引き立て役だった。嫌われ悪女にも優しい天使のようなアンジェラの。

 ううん、それだけじゃない。

 私が嫌われるようになった背景には、アンジェラにひどいことをしているという噂が立って、責められるようになったということがある。それに対して、私はプライドの高さゆえに意固地になってただ怒りをぶつけていた。

 ローズは本当はいい子なの、誤解よと涙を浮かべるアンジェラは、腹の中では笑っていたのよね。

 具体的にどうやったかわからないけど、アンジェラは私が彼女をいじめているように周囲に思い込ませていた。

 どうして、それに気づかなかったんだろう。


 レイノルド殿下のことだって、積極的にいかなきゃ他の女性にとられてしまうわ、学生のうちの今がチャンスよ、と彼女は言っていた。そそのかされて、馬鹿みたいにそれに乗っかっていた。


 そうやってすべての信用をなくしていた二年生の終わり、全学年が出席する卒業パーティーの日。


 ダンスが終わって歓談の時間、会場のバルコニーでアンジェラと二人で話をしていたら、彼女が突然、バルコニーの手すりを乗り越えて下に落ちた。

 幸い彼女は星獣に守られて怪我はしなかったけど、落ちそうな彼女に向かってあわてて手を伸ばしていた私は、たしかに彼女を突き落としたように見えただろう。


 アンジェラは自分の不注意で落ちただけだと、青ざめた顔で震えながら言っていた。

 けれど、悲鳴を聞いてバルコニーに視線を移した何人もの生徒が、私がアンジェラをのを見ていた。

 私は会場に見せしめのように引きずり出され、騎士団長子息オリヴァーに罪人のようにその場にひざまずかされ、宰相子息デリックに私がいかにアンジェラに嫉妬して彼女にひどいことをしてきたか、今までのを読み上げられた。

 そこで初めて知らされた事実。

 星獣の契約者であるアンジェラとレイノルド殿下の婚約話が出ている。それを知って嫉妬したのだろうと。

 その話は、私が犯人であるということにより一層信ぴょう性を持たせた。


 レイノルド殿下は冷静で、オリヴァーに私を押さえつけるのをやめるよう命じた。

 そして「まだ何もはっきりしていない。詳細に調べる」とだけ言い、私に同行するよう求めた。

 動かない私にしびれを切らした殿下の護衛の騎士たちが私に近づいたその時、私は人々の間をすり抜けるように走り出し、まさにアンジェラが落ちたバルコニーから飛び降りた。

 しょぼい風の精霊術で落下の衝撃をやわらげ、そのまま走って学園から逃げ出し――通りに出たところで、馬車に轢かれた。


 逃げてもどうにもならないことはわかっていた。

 けれど、誰も私の言い分を信じてくれないのが悲しくて、皆から憎しみや軽蔑の視線を向けられている状態に耐えられなくて。ただただその場から逃げ出したかった。

 絶望し、泣きわめき、そして馬車に轢かれて一日ともたずに死んだ。


 思い出すのは、私を見下ろすアンジェラの顔。

 天使のようだと称される彼女の愛らしい顔立ちは、まるで悪魔のようだった。

 あの表情を思い出すとぞっとする。

 でも彼女の裏切りよりもつらかったのが、家族を置いて逝くこと。

 お母様の悲痛な叫びが、耳から離れない。


 よくわからないけれど、私は過去に戻って人生をやり直しているのよね?

 それなら……家族に会いたい。

 私は部屋から出て、食堂へと向かった。

 

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