第7話/夏の猛暑にやられて
暫くして日が長くなり教室や日陰に居たところで茹でられてしまう猛暑が続く平日。忍は屋上に続く扉の前で授業をさぼっていた。理由は特にない。ただ暑すぎる教室の中でつまらない授業を聞くのにうんざりしてしまっただけだ。あまりにも暑すぎて集中力も上がらない。コストパフォーマンスが落ちたコンピューターの動きが鈍いように、彼もまたその調子なのだ。
「はぁ……あっつ……」
だが熱というものは大抵上にくる。つまり、涼むためにその場所を選ぶのは大間違いとも言える。確かに日陰ではあるものの風通しは悪く、温度は外よりは低いが熱が籠る。とても心地いいとは言えないだろう。
しかしそれでも彼は屋上を選ぶ。本当に涼しい校庭の日陰や1階にいては直ぐに気づかれてしまうが、屋上付近ならば誰にも見つかる恐れがないからだ。
やがてチャイムが2度鳴り響き、次の授業が始まる。だが休んでしまっているからか、足から根が生えたように体が動かずにいた。
――まぁいいか。もうこのまま今日全部サボろ。
忍が心で呟いた瞬間、コツコツと誰かが階段を上がってくる音が聞こえる。まさか先生がと警戒する忍だったが。
「暑い……死ぬ……焼ける……溶ける……」
――暑すぎ無理……本当にここに菊城くんいるのかなぁ……。
階段を上がってきてるのは梅花だった。チャイムが鳴っていたのだから梅花は授業を受けていなければおかしい。しかし毎日のように聞いた声が脳に焼き付いており、声の主が梅花だと言うのは間違いない。
「あー……いたー、菊城くんー…………よくこんな所にいられるね……」
――菊城くんって実は変温動物説……。
予想通りの人物の顔が見えた途端に力の抜けた声色が聞こえる。梅花もサボりに来た……のではなく隣の席の忍が1時間以上姿が見えず心配して忍を探していたのだ。
今にも死にそうなくらい顔色が悪く、ワイシャツが汗により肌にへばりついているのがわかる。だが、ピッタリとくっついてるためワイシャツが透けて色々と見えており目のやり場に困る。
露骨に目を逸らして話せば後々馬鹿にされる気がした忍は、見えているのを気にせずに色々堪えながら返事を返す。
「……なんだ空木さんか」
「なんだとは失礼な……あー無理……水……水買ってきて……」
――暑くて干からびそう……まぁ干からびはしないんだけど。
「
「じゃあそれでいいから頂戴! てかよこせおらぁ!」
――水分補給じゃぁぁぁぁ!
「おまっ! そんなとこで暴れたら――」
階段を上がり切る前に忍が自分の飲み物を見せた途端、猛獣のように梅花が襲いかかってくる。
ここは屋上入口前。階段が目の前にあるその場所で襲うものならば、当然つまづいて身体を殴打して転げ落ちてしまう。
だが梅花は転げ落ちることは無かった。身体も階段の角などに殴打していない。というのも梅花が倒れた瞬間に忍が彼女の手を引っ張り助けたのだ。その代わり忍は倒れ、梅花が上に被さっていた。
「いっ……た」
助けたことで自分が倒れ、床に頭を打った忍。まだ階段のところや、屋上入口のドアにぶつけていないだけマシだろう。
彼が自らの頭を擦りながら衝撃により閉じてしまった瞼を押し上げると、梅花の顔が近いことに気づく。
――意外とこいつ綺麗な顔してんだな……。
停止しかけた思考で精一杯思いついたのはそれだけだった。しかしずっとこのままでは困ると、平常心を保ちながら忍は言った。
「……早くどいてくれないか?」
「……ぁ……あ、うんごめん!!!」
――びっ…………くりしたぁ……。
覆いかぶさってるのは梅花。なら梅花が避けなければ何もできないと避けるように言うが、顔を真っ赤にした梅花は少しの間固まっていた。
ワンテンポ遅れて忍の言葉に反応した彼女はすかさず忍の上から避けて、そっぽを向いていた。
「全く、階段で暴れるとこうなるって分からないものか普通」
「あ、あはは……水分欲しさにとち狂いました……」
――落ち着けー。落ち着くんだ梅花……相手は菊城くんだぞ……。
「はぁ……また暴れられたら困るしやるよ。それと一応言っておくけど今は授業中だ。あんまり騒ぐと誰か来るかもだから静かにしてろよ……つかそっぽ向いてんならこれは要らないってことか?」
「あ、えっとぉ……そのぉ」
――欲しい……欲しいけど……うわぁぁん! どうしたらいいの!?
彼女の行動が面倒だと感じた忍は、また暴れないように今が授業中であることを伝え、途中まで飲んでいた飲み物を差し出す。
彼の厚意とは裏腹にあれだけせがんでいた梅花の顔が更に赤くなり目を泳がせる。なにせ差し出されたそれを取り、ひとたび口に運び飲んでしまえば間接キスとなる。
別に気にしなければ問題は無いのだが、先程の件で変に意識してしまい受け取るべきか、やっぱりいらないと断るべきかこんがらがっているのだ。
そんなことはつい知らず、彼女の心の声になにがだよ――とはさすがに言えずにもう一度息を吐く忍。梅花の心の声が聞こえていたとしても、今の彼女を襲っている辛さは何一つ理解していない。
だからかあたふたとしている彼女を、まるでゴミでも見るような冷めた目で見るとこう言った。
「なんだよ、さっきから気持ち悪いな」
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