第10話 花開く

「魔法が使えそう?」


 カフェ・シェラザードにて、「聖獣」ジェラさんと知り合った翌日。

 ランカスター寄宿学校が誇る、「魔法学」の授業が行われる教師の研究室にて。


 丈の高い観葉植物が所狭しと並べられ、天井からはいくつものドライフラワーが吊るされており、壁づけの棚には薬品の瓶が多数。

 教師一人生徒一人は、白塗りされたアイアンの丸テーブルを囲み、揃いのチェアにまるでお茶会のような雰囲気で向かい合って座っていた。


 一見すると学生と変わらぬ若さの新人教師ドロシーは、テーブル越しに向き合い、目を輝かせてリーズロッテに聞き返してきた。


「どうしてそうなったの? ぜひ教えて欲しいわ!」


 ドロシーは、ふわふわの茶色髪に、童顔。授業中は黒のローブという古めかしい魔女衣装を身につけている。小柄で年齢も二十代半ばと、教師陣の中では群を抜いて若い。しかし、前任者の魔導学の教師から直接この研究室を引き継いでおり、実力は国内有数の魔導士に数えられるほどだという。

 なお、生徒はリーズロッテのみ。

 新年度、生徒が一人もいなかった場合は解雇も在り得るとちらつかされていたそうで、生まれたときに「聖女」とまで呼ばれたリーズロッテの入学を心待ちにしていたとのこと。


 ドロシーの熱い期待を目の当たりにしたリーズロッテは、大変申し訳なく思い「魔法は使えない」と謝ってしまった。ドロシーは別段気落ちすることなく「それではひとまず、魔法の歴史を学びましょう」と受け合ってくれて、この日まで座学中心の授業をしてくれていたが、その風向きが変わる。


「昨日、魔法生物というのでしょうか、人間ではない何かに会いました。それからです」

「『人間ではない何か』それは、どこで?」


 突拍子もない言い草を、頭ごなしに否定することなく、むしろ瞳を輝かせて聞いてくる。ドロシーは、リーズロッテがこれまで出会ったことがある大人の中でも飛び抜けて、大人らしくない。


「学校の外です。魔法の……、魔力を使って話しかけてきました。その声を聞こうと耳を澄ませているうちに、実際は耳ではなく自分の魔力を行使していたみたいです。体の中を、力が巡り始めたような感覚が」


「それはすごく、ありえそうな話ね。もともとリーズロッテさんは体内に複雑な魔力回路を持っていたんじゃないかと思うけど、どこかで魔力がせき止められていたのかも。それが、きっかけがあって流れ出した、と。このまま正常化すれば、成長が止まった原因も取り除ける可能性が高いわ」


 リーズロッテは、気さくに話し続けるドロシーを見つめる。


「過去に、何人かの魔導士には会っているのです。でも、大人になれない理由は結局『原因不明』と言われてきました。しまいには、ひとに伝染る病気ではなんて……」

「それで、学校でも他の生徒に近づかないの?」


 さらりと言い返されて、リーズロッテは膝の上で両方の手をきゅっと握りしめた。

 たしかに、寮でも学校でも他の生徒と顔を合わせることはあるが、現状リーズロッテからは極力接点を作らないようにしている。無理をして距離を詰めてくるような無粋な相手もいない。

 結果的に、ジャスティーンをはじめとした旧知の相手とは言葉を交わすが、他の生徒にはろくに近づけないままだった。


「わたくしは見た目が子どもです。誰も、積極的に友達になりたいとも思わないでしょう。それに、選択授業のすべてを『魔法学』にあてているせいもあるかもしれません。他に選択している生徒がいないので……」


 ずしゃ。


 ドロシーが、テーブルに頭をめりこませた。

 そのまま、むぐぐ、と変な呻きをもらした。


「先生が不甲斐ないために……」

「いえっ、先生を責めてはいませんっ。仕方ないです、魔法は失われ行く力であり、『魔法学』は滅びに向かっている学問です。貴重な学生時代をわざわざこんな未来のない勉強に費やそうと思うひとがいなくても……、先生? 先生?」


 起き上がらないドロシーを見つめて、はっとリーズロッテは自分の口を手でおさえた。

 今しがた言い終えた内容を頭でさらって、さーっと顔色を失う。


(父や母、クララのことを責めている場合じゃないわ……! わたくしもひとの気持ちに鈍感すぎる。自分が言われて嫌なこと、ひとにはしないようにと思っていたのに)


 自分もまたあの家の空気を吸って育った人間なのだ、と不意に実感した。穴があったら入りたいとは、このこと。


「先生、大変な無礼を。失礼しました。『魔法学』に関して、わたくしは真剣に学びたいと考えています。わたくしのように魔力を持って生まれてくる人間がこの先もゼロではないとすれば、この学問の火を絶やすべきではないと思います」


 テーブルにめり込んだままのふわふわの茶色頭に向かって切々と訴えかけると、ドロシーは息を吹き返したようにがばっと顔を上げた。

 リーズロッテの手をひしっと掴んで、目に強い光を宿して言う。


「うん。ありがとう、リーズロッテさん。今は二人きりだけど、いずれ生徒も増えると信じているわ。それまで、私たちでこの火を絶やさないように勉強しましょうね!! リーズロッテさんの高い魔力には、すごぉく興味があるの。魔法が使えるようになったら、現代最高の魔導士になれるかもしれない。それこそ、古代の『聖女』のように」


「それはそれで……。あまり注目もされたくないですし、魔法が使えるかもしれないと言っても、いまはまだ使えていないので。できればこの話は、この場限りにして頂きたいのですが」


「そうね。魔法は、万能の力ではないのだから。リーズロッテさんの名前だけが独り歩きし、特別な人間のようにちやほやされるようになっても、困りものよ。寄って来るのが良い人間だけとは、限らないから。先生はもう少し、ちやほやされたいし重宝もされたいけど。主に給料・待遇面で」


 ぽつりと呟いたドロシーに、リーズロッテもこくこくと何度も頷いてみせた。国内有数の魔導士で、せっかく「魔法学」のある研究機関に就職できているのに、解雇をちらつかされていたなんて、浮かばれない。もっと重用され、幸せにもなってほしいと思う。

 気を取り直したように咳払いをしてから、ドロシーが話題を切り替えた。


「ところで、魔法の生き物ってなに? 辺境にはときどき魔力を取り込んだモンスターが生息しているとは言われているけど、街中で出会ったのよね……?」


 * * *


 ひとりでカフェ・シェラザードまで出かけた件は、ジャスティーンにはさほど叱られなかった。

 ジャスティーン自身、男装で寮を抜け出していることも多いので、出かけるのは自分が迎えにいけるときにしてほしい、と約束させられたくらいであった。

 結果的に、カフェ通いは黙認された形だった。

 リーズロッテはもう一度カフェに行き、相変わらずカウンターの上で待っていたジェラさんと食事をした。

 

 ドロシーによれば「封印されるほどの邪悪なものが、そんな杜撰な管理をされているはずがない。本人が聖獣と言っているなら聖獣なんじゃないかしら」とのこと。


 ――私が調べてみてもいいけど、魔法絡みの生き物は特に理屈じゃないから、自分の好きではない相手から興味本位で触られると怒髪天よ。そのくらいなら、いまの時点で信頼関係を築けているリーズロッテさんが担当でいいんじゃないかしら?


 ということで、ドロシーは手出しはしないで、経過を見守るという話に落ち着いた。

 リーズロッテも、ジェラさんとの二人での食事は楽しかったので、何がなんでも調査しようと言われなかったことに、ほっとした。

 そして、三回目に食事を終えて、ジャスティーンに迎えられて寮に帰ってきた晩のこと。


 カーテンのかかった窓が、外から叩かれた。

 すでに寝間着を身に着けて就寝準備をしていたリーズロッテは、聞き間違いかと思った。

 だが、直後に響いた声に、追いかけてきた相手の正体を悟る。


“俺だ俺。力が回復してきて、カフェを離れても平気みたいだ。部屋に入れてくれ。一緒に寝よう”


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