第一章

第2話 聖女(幼女)

「クララに縁談がきている。相手はヘイレン伯爵家の嫡男、デヴィッド・ヘイレンだ。家柄、人物ともに申し分ない。この話を進めようと考えている。異論はないね」


 夕食の席で、父・ランパード伯爵は上機嫌にそう告げた。


(縁談……?)


 銀のゴブレットを手にしていたリーズロッテは、深緑色の目を見開く。

 妹のクララは、頬を染め、ガラスのように透き通った翠眼を夢見がちに潤ませていた。

 母である伯爵夫人も笑みを浮かべながら頷いてる。

 報告の体裁ではあったが、自分以外の家族はこの件をすでに把握していたらしい、とリーズロッテは理解した。

 ゴブレットをクロスの敷かれたテーブルに戻し、軽く咳ばらいをして父へと目を向ける。


「クララはまだ十三歳ですよ。いくらなんでも早過ぎではないですか」

「ああ、それはもちろん。今すぐにどうということではない。まずは婚約だ。以前から話はきていたんだが、これでもクララが十三歳になるまで待ったんだ。そうこうしているうちに他家に話がいってしまうかもしれないからね、これ以上先延ばしにはできない。近く、正式に発表する」


 リーズロッテは、真顔になって黙り込む。

 その反応に気付かなかったように、父は早口に続けた。


「デヴィッドはすでに二十歳だ。これから五年も待たせることになってしまうが、父親の商会を手伝っていればあっという間だと請け合ってくれたよ。実に良い青年だ。手伝うとは言うが、伯爵は領地経営に専念するつもりだというし、実質的には商会の経営はデヴィッドが取り仕切ることになるとか。かなり手広くやっている上に、爵位もそのまま継ぐわけだから、クララも一生安泰だな」


 はっはっは、と朗らかな笑いを聞きながら、リーズロッテはじっと固まったままでいた。


(家同士の結びつきの為に、娘を嫁がせる必要があり、他家には譲りたくなかったというのなら……)


 クララの上には、自分リーズロッテという姉がいる。

 十五歳。クララより二歳上で、この国の法律に従えばあと三年で結婚ができる年齢となる。


 人品卑しからぬ青年とはいえ、身分高く自由になる資産もあるといえば、誘惑も多いだろう。この先、結婚までの五年でどれだけ放蕩に耽るかわかったものではない。女性を囲い、子をもうけているなど当たり前に想定される。

 たとえ相手をリーズロッテとし、二年縮めたところでたいして変わらないかもしれないが、五年はいくらなんでも長すぎるのではないだろうか。


 頭の中ではぐるぐると考えが巡るものの、リーズロッテは自分の小さな手に目を落とし、ひっそりと溜息をつく。

 話が姉を素通りして妹にいってしまうのも、理由無きことではない。

 もし姉妹が並んでいたとしたら、リーズロッテを姉と思う者はまずいないだろう。


 十歳になる前に、成長を止めてしまった体。


 リーズロッテは、生まれたときに「聖女の器」を持つと幾人かの魔導士に祝福された身。

 強い魔力を持つ人間がほぼ生まれなくなった現代においては、稀なほどの素質を持っている

 だが、物心ついてから、どれだけ魔導士に教わっても魔法らしきものを使えた試しがない。

 あろうことか、その「強い魔力」は外に目に見える形では発現されないまま体内に蓄積されてしまったらしく、子どもの姿のまま外見が変わらないという事態に陥っている。


 二歳下のクララはすくすくと育って可憐な令嬢として花開きつつあるのに、やがて輝く美貌の持ち主と言われ続けてきたリーズロッテは、いつまでたっても「幼女」のままだ。これでは、両親がいかに気にかけていようとも、縁談は回しようがない。


(お父様にも、お母様にも、悪気はない。仕方ないのよ)


 リーズロッテはそう思い込もうとしたが、ここで父が口をすべらせた。


「リズは『聖女』と期待されてきたが、その姿だしなぁ。世の中には『魔導士』を信奉する闇の組織があると聞くし、リズは彼らからすれば『不老不死の魔法をその身に宿した稀有な魔導士』かもしれんが、医者に言わせれば病気の一種らしい。実際に魔法も使えないわけだから、まぁそうなんだろうな。この先、嫁ぎ先には苦労しそうだ。どこかの幼女趣味の変態に嫁がせるのは、さすがに父親として気が引けるものがある」


「気が引ける、ですって……!?」


 悪気なんかない。仕方ない。そう納得しようとしていた気持ちが一気に吹っ飛ぶ。


(気がひけるって、軽すぎでしょう、お父様!)


「大人になれば私に似て美人だったと思うけど、子どもで美少女でも使い所がないのよね。誘拐には人一倍気をつけるとして、なるべく家から出さないくらいしかあなたのためになること、思いつかないわ」


「お母様まで。それはつまり、わたくしには監禁がお似合いってこと……!?」


「物騒なこと言わないで。幽閉もしくは軟禁よ。お母様のお友達はね、みんな『魔力異常だなんて大変ですわね』って言っているけど、実際は『なんの病気なのかしら』って噂しているわ。伝染るのか気にしているひともいるわね。たまに言われるもの、『不老不死なら羨ましいことこの上ないですけど、さすがに幼女の姿では物悲しいですわね』って」


(お友達、好き勝手言い過ぎ)


 伯爵夫人、侯爵夫人……と母親のお友達を頭の中に並べて、リーズロッテは奥歯を噛み締めた。

 悪気があったら憎いだけだが、なくても情状酌量の余地がないほどに失礼だ。


(このままこの家にいても、良くて軟禁。その間妹となにかと比較され、差をつけられ、悪くすれば成人した頃に外見がどうであれ幼女趣味の変態に嫁がされるだけ、だなんて)


 貴族の娘と生まれたからには、政略結婚のような扱いも致し方なしとは思ってきたが、これはさすがにあんまりだ。

 家を出るなら、外見はともかく、年齢の上では十五歳になったいまを逃して他にない。


「良い機会だから、わたくし、学校に行きます! 王都に、王侯貴族御用達で、しかもいまどき珍しく『魔法学』がカリキュラムにある寄宿学校がありますでしょう! わたくしのいとこにあたる公爵令嬢ジャスティーンも在学中ですし、わたくしにうってつけのはずです!」


 かねてより考えていたことを、実行に移すときがきた。

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