第五のダンジョンコア
さて、学園の卒業手続きが終わるまでの間の自由時間に、わたしはいよいよ『賢者の石』の制作に取り掛かることにした。
『賢者の石』を作るために必要な材料は、各属性の非常に高品質な宝石であった。火、土、水、風の四属性についてはダンジョンコアの力を自由に使えるので、実験する上で何の問題もないだろう。そうなると、課題は闇と光の宝石をどこで手に入れるかである。
光の宝石に関しては、魔王城の雲の上の塔でわたしに授けられてしまった無色透明かつ真球の宝石がある。四属性のダンジョンコアの本体と組み合わせるには品質が足りないけれど、それでもわたしの先祖が試作したときに使った素材とは天と地との差があるほど魔力の質が高い。ほかの属性の宝石の品質を落とせば『賢者の石』の劣化版くらいは作れると思う。
闇属性については、魔王が司る属性なので、きっと探せば見つかるだろうと楽観視しているけれど、実際に現物を準備する必要がある時期になってきた。
わたしはひとまずアミナに素材を準備するように頼んだ。
「お嬢様、ひとまずこちらがご所望の品質の宝石でございます。もし不足がございましたら、いつでもお申し付けください」
そう言ってアミナは何百個もの宝石を持ってきた。どれも光の宝石と組み合わせるのに十分な品質の輝く宝石で、わたしの手のひらよりも大きかった。
「これって、どういう由来のものなの?」
「各ダンジョンや魔王城において採集された宝石、ドラゴンオーブ、並びに間引かれた魔物の魔石でございます」
なるほど。確かにダンジョンの魔石ゴーレムたちはみんな暇そうだったから、宝石集めには精を出していたに違いない。ただ、そのせいで闇の宝石はやや数が少なく、同じ黒色でも色の違いや形の違いが大きかった。
「とりあえず、作ってみよう」
わたしは本に書かれていた手法に忠実に、光の宝石を核として、そこに各属性の宝石を融合させていく。先人はマナを注ぐのに苦労したみたいだけど、今のわたしにとってはこの程度のマナは使ったうちに入らない。そうして出来上がったのは、中に虹色のマーブル模様が渦巻く真球の宝石であった。
わたしは試しに鉄を金に変化させようとその宝石を手に取ったところで、くらっと
「えっ!?えっと、一応成功、でいいのかな」
とりあえず、先行研究の結果は再現できた。とはいえ、それ以上のことは何もわからなかったので、もっと研究が必要だ。
わたしは宝石の質を微妙に変えてみたり、魔王や聖女の力を注いでみたり、魔法陣を修正してみたりといろいろと試してみたものの、多少変化する鉄の量が変動したくらいで、大きな進歩は得られなかった。
ただ、わかったこととして、もっとも重要な因子は宝石の持つ属性の純度であり、次に貯蔵可能なマナの量が多少影響するみたいだった。それ以外の要素はほとんど関係ないようだ。驚くべきことに魔法陣を刻み忘れても、同じ結果になった。
「これは闇のダンジョンを作るとかして、どうにか高純度の宝石を用意したいなあ」
わたしは思案しながら昼食のデザートのアイスクリームを食べた。とても濃厚なクリームが添えられた酸味のあるフルーツと一体化していて極上の一品だ。うまくいかない研究の疲れも吹っ飛ぶというものである。
えっ?魔王だから疲れることはないだろうって?それはそうだけど、気持ちの問題だよ。
たっぷり腹ごしらえをしたところで、わたしはちょっと気分転換に散歩をすることにした。せっかくなので、この前魔王の力について調べた時に気になっていた魔王城の地下に行ってみることにした。散歩といっても、魔王城のドアはみんな繋がっているので、扉を開けた一歩先は、どこまでも続く地下への階段であった。人工的な直角に削り出された石の階段は、かがり火一つない暗闇に続いていた。
わたしはゆっくりと真っ暗な地下へと降りていく。しばらくすると、階段の終端にたどり着き、どこまでも続く巨大な空間が開いていた。光は吞み込まれ、声を出しても反響すらしない虚無の空間が、いつまでたっても続いていた。
それでも、なんとなく何かがありそうな方向に進んでいくと、やがてぽつんと立派な門がそびえたっていた。暗闇の中にほのかに光る漆黒の門は、わたしがその前に立った瞬間、ゆっくりと重厚に開いていった。
「中に入れ、ってことかな」
わたしが門をくぐると、アミナが後ろでぱあんとなにかにはじかれたような音が聞こえた。
「お嬢様、わたくしは透明な壁にはじかれたため、この先には進めません。こちらでお帰りをお待ちしております」
見ると、アミナはちょうど門の真ん中で止まっていた。わたしは何とも感じなかったけれど、アミナでさえ通れないくらいに強力な障壁が存在していたようだ。わたしはちょっぴり不安も覚えたけれど、それよりもわくわくと好奇心が沸き立ってきた。一体この先に何が待ち受けているのだろうか。
わたしはどきどきしながら闇の中を歩いていく。振り返っても入ってきた門が見えなくなったところで、前方からこちらへ向かってくる人影が見えた。数人のお供を連れてわたしの前にやってきたその少女は、その体の内側からわずかに光を放っていて、この無限の暗黒の中でもその姿が視認できた。
「マスター、ついにこの日がやってきましたね。準備はすべて整っています。どうぞこちらへ」
彼女は透き通るようなつやのある黒髪に、紫に妖しく光る瞳をもち、そしてファーのように瘴気をあしらった黒いワンピースを身にまとっていた。よく見ると体も衣服もほとんど宝石でできている魔石ゴーレムで、体には読めないくらいに細い線で魔法陣が浮かび上がっていた。ゴーレムを何人か侍らせてはいるものの、なんとなく物腰がアミナに似ているなと思った。
わたしは暗闇の中、彼女についていくと、こじんまりした祭壇が現れた。正十二面体の黒い宝石が祀られたその宝石の祭壇は、ちょうどダンジョンの最深部の宮殿にあるものと同じだった。ここまで連れてきてくれた魔石ゴーレムたちは祭壇の直前で止まり、わたしだけが一人祭壇に上がる。
わたしが供えられた宝石に手を触れたとたん、頭の中に膨大な知識が流れ込んできて、その衝撃にわたしは思わず手をひっこめた。しかし、わたしの手の甲にある魔王の紋章が光り、それに引っ張られるように宝石がわたしの胸の中に飛び込んできて、そのままするっと体の中に取り込まれていった。
「うぎゃああっ!」
わたしは堆積された世界の歴史そのもののような暴力的な情報量と、四属性のダンジョンコアの力をも圧倒するほどの爆発的な魔力に、体が破裂しそうなほどの激痛を覚えて悲鳴を上げた。まともに立っていることもできないし、そもそも視覚も聴覚も触覚も全部処理できない。こんなことは、わたしが魔王になったとき以来だ。わたしは流れ込む桁違いの力に意識が
気が付くと、わたしはベッドの中に寝かされていた。たっぷりと羽毛が使われた布団は、少し重みを感じるけれど、それが今はちょうどよかった。天幕のカーテンは厚手のものになっていて、外の様子を気にすることもなく休めるようになっていた。
わたしが体を起こすと、カーテンがアミナによって開けられた。するとベッドのそばにあの黒髪の魔石ゴーレムの少女が立っていた。それを見てはっと現実に引き戻されたわたしは、先ほどの現象について完全に理解していた。
あの黒い宝石は、この魔王城のコアとでも呼ぶべき宝石とつながっていた。この魔王城には、大地そのものを支えるほどの、星のように大きな宝石が埋まっている。そこには絶えず世界を飲み込むほどの膨大な瘴気が流れ込み、加速度的に成長を続けている。そして、この魔王城にある魔力や知識がすべて蓄積されているのだ。そんなものに接触してそのすべてを取り込んだのだから、わたしでも気を失うほどの衝撃を受けたのは当然だ。
いろいろと知識が流れ込んできたおかげで、黒い魔石ゴーレムの少女の名前がジュリミだということも自然とわかる。わたしは彼女にちょっと恨みを込めてぼそっとつぶやいた。
「説明もなしにいきなりあんな場所に連れて行かないでよ。ちょっとくらいは反省して」
そしてわたしがジュリミに魔力を流し込むと、ジュリミは
「やめてください、マスター!私が悪かったです。いくらマスターのためとはいえ、苦痛を伴うことを伝えるべきでした!
伊達にたくさん魔力が流れ込んだだけあって、今のわたしはこれまでよりさらに魔王の力を制御できるようになった。具体的には巨大な魔石を内側から破壊できるほどで、魔物ではわたしに歯が立たないだろう。当然、ジュリミもこのままいけばひとたまりもない。
まあ、わたしはそこまで怒っているわけでもないので、多少すっきりしたところでジュリミを助けてあげた。魔力が止まってほっと一息ついているジュリミに、わたしは一つお願いをする。
「ねえ、ジュリミ。体を半分くらい使わせてくれる?できれば、ジュナリたちほかの魔石ゴーレムの分も欲しいな」
とんでもないことを言っているように聞こえるかもしれないけど、魔石ゴーレムは再生能力も高いので、無理なことを言ったつもりはない。それよりも、意識を持つ高品質な魔石が必要なのだ。『賢者の石』を作るうえで、新たに知識を得て発想が広がったわたしには試してみたいことがあった。
ジュリミはわたしの言葉にうなずくと、すぐさまジュナリたち四属性の魔石ゴーレムをわたしのところに転移させた。いきなり連れてこられたジュナリたちはちょっと戸惑っていたけれど、わたしのお願いだと聞くとすぐにお腹をくりぬいて大きな魔石を準備してくれた。
わたしはその魔石をひとつひとつ丁寧にくっつけて、虹色に輝く魔石を作った。意外なことに、その大きさは魔石を一つ加えるごとに小さくなり、ついには片手に収まるくらいになっていた。しかし、そのサイズに反して内蔵する魔力はすさまじく、午前中の実験で得られたものとは一線を画すものだった。
ひとまず光以外の五属性をの魔石を融合させたところで、ジュリミがどこからか持ってきた鉄の塊にその『賢者の石』をかざした。すると、鉄はすべて金に変わり、しかも『賢者の石』は消滅しなかった。
「マスター、この石は私の一部が用いられているため、私の意志で利用できるようです。ただ、物質変換の能力以外にはうまくアクセスできませんが……」
わたしの想定通り、ジュリミたちは『賢者の石』の能力についてなんとなくわかったみたいだ。ジュリミ曰く、『賢者の石』を使うには相当なマナが必要で、素材の品質が低すぎると要求量のマナを貯蔵できないため、形を保てないのではないかということだった。
ただ想定外だったのは、光属性を追加する前に物質を別の種類に変える効果がすでに得られたことだ。ひょっとしたら、『賢者の石』の本質は物質を作り替えることではないのかもしれない。さらに興味がわいてきた。
わたしは光属性の宝石の品質をさらに高めるため、もう一度あの透明な宝石の塔に行ってみたいと思った。
「でも、確かあそこにはアミナは入れなかったよね?ジュリミたちもそうなのかな?」
魔王城のコアとつながった今は、瘴気の雲の上にあるあの塔がとても奇妙に思えた。というのも、魔王城の中にあるはずなのに、コアの力では干渉できない領域になっているのだ。魔王城の中にあるものについてはなんとなくすべて認識しているし、わたしの意志でかなり自由に操作できるから、制約が残っていることだけでも信じがたいのである。
「残念ながら、私もあの塔には侵入できません。魔王の敵である聖女のための場所ですから」
ジュリミが答えた。確かに聖女に力を与えるためのあの場所に魔王の手の者が侵入できたらかなりまずいし、そうさせないための対策が施されているというのは納得できる。でも、それにしては魔王本人であるわたしがやすやす入れているのは不思議だ。
「それなら一人で行ってくるから、みんなは研究のまとめとか後片付けをよろしくね」
わたしは面倒事を配下に押し付けて、ジュリミたちの魔石で作った『賢者の石』を手に再びあの光の塔に向かったのだった。
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