ラーニヤ視点:豪華なお城

「……あれ?ここ、どこ?」

 私は目を覚ますと、なぜか見知らぬベッドの上にいました。とってもすべすべしたシーツに、あったかい羽毛の布団、そしてベッドを囲む薄いカーテン。まるで、まだ夢の中にいるような気分でした。まだ頭がぼーっとしている中で、私は必死に記憶をたどりました。







 *********







 私の名前はラーニヤと言います。貧しい小さな村の平民の家で生まれた私は、魔法の才能があるということで、学園に入ることができました。でも、ほかの学生さんたちはみんな貴族で、身分の低い私はいつもいじめられていました。闇の属性を持っていることがわかってからは、さらにいじめはひどくなって、毎日のように殴られ、勉強道具を奪われるようになりました。あのときは、本気で私に生きる価値がないのだとさえ思えました。

 聖女ムナーファカさまはそんな私をかばってくれて、私のことを勇者に任命してくれました。そのおかげで直接的にいじめられることは少なくなりましたが、今度は陰口を言われるようになりました。「剣の振り方も知らないくせに、勇者に選ばれて偉そうにしやがって」とか、「きっと、聖女様の慈悲を利用したのよ」とか言われました。

 でも、事実です。私は弱い魔物を倒すこともできませんし、ムナーファカさまが私を勇者に任命したのは、私がいじめられないようにするためでしょう。

 例えば、前回の遠征では、ムナーファカさまから力を授かったにもかかわらず、私は金竜に攻撃することさえできませんでした。ただ逃げ出して、魔物に襲われて、気絶して、助けられるだけだったのです。私ではなく、ファーリスさまが勇者になっていたら、もっと善戦できていたでしょう。そのことは、嫌というほど思い知らされました。

 そんな私にとって、セキラさまは大きな憧れでした。貧乏貴族の生まれであり、闇属性を持っているという、私と似た境遇でありながら、ファーリスさまに信頼されるほどの実力を持っているのです。それなのに、自分の実力を見せびらかしたりしないで、ムナーファカさまやファーリスさまのサポートに回るくらい謙虚なのです。私は、前回の遠征が終わった後もセキラさまのような勇者になろうと訓練を重ねていました。


 しかし、今回の遠征で突然、神聖な泉に魔物があふれ出したときに、セキラさまはその身を挺して私たちを逃がしました。でも、あれほど大群の魔物を一人で相手にするなんて無理です。

 ファーリスさまたち騎士が追ってきた魔物を倒して、小休憩をとっているときも、セキラさまは帰ってきませんでした。セキラさまがそう簡単にやられたりはしないと信じたくても、心の中には嫌な想像ばかりが浮かんできました。

 セキラさまがケガを負っているんじゃないだろうか、セキラさまが強い魔物にやられて動けないのだろうか、それとも、セキラさまは最初からみんなの囮になるつもりだったんじゃないか。役立たずの私をかばって、セキラさまが死ぬことはないのに!

 気が付いたら、私は泉のほうへ駆け出していました。自分の力では足手まといだとわかっていても、セキラさまを助けたかったのです。しかし、私が泉で見た光景は、予想していなかったものでした。







 *********







「確か、セキラさまの周りに禍々しい瘴気があふれ出していて……」

 泉を覆いつくすほどの非常に濃い瘴気が充満していた、あの空気を思い出しただけで吐き気がしそうになりました。あの中心に平然と立っていたセキラさまは、一体何者なんでしょうか。少なくとも、人類の味方だとは思えませんでした。

 ……とりあえず、今は元の場所に戻る方法を見つけよう。セキラさまのことを考えるのは、そのあと。

 それ以降の記憶が思い出せなかった私は、ベッドのカーテンを開けて、周囲の探索をすることにしました。しかし、部屋の様子が明らかになったところで、私は驚きのあまり固まってしまいました。


 優美な花を模したランプが天井から吊り下がり、柔らかくこの部屋を照らしています。壁には大きな絵画が飾られていて、そこにはまるで鏡で映しとったような正確さで絶景が描かれていました。木製のテーブルとイスからはほのかに新鮮な森の香りがただよい、そして厚いカーペットには森の動物たちの躍動感あふれる姿が描かれていました。ムナーファカさまのお部屋に招かれたときでさえ、このような家具は見たことがありません。

 はっと気づくと、私の着ていたナイトウェアは、とてもやわらかくてこすれない細い糸が使われていて、とても着心地がよいのがわかりました。同時に、細かく優美なレースがふんだんにあしらわれていて、裾の部分だけでも額縁に飾りたいほどの美しさがありました。ベッドのそばにそろえられたルームシューズも、私の足にぴったりとフィットしていて、しかもかわいらしくリボンで飾られていました。


 私はベッドを出て、部屋の中を少し歩いて回りました。天井は思っていたよりも高く、そして幾何学的な模様が描かれていました。そして部屋そのものも学園の講堂くらいに広く、あちこちに新鮮な花が生けられた花瓶や銅像が置かれていました。ほかにも、つやのある魔物の革が用いられたやわらかいソファが、ガラスのテーブルの前に置かれていました。どれも、作るのにものすごい時間がかかることが簡単に想像できるくらいに細かい模様が描かれていました。

 窓の外には、学園の庭よりはるかに大きな庭が広がっていて、とてもきれいな噴水が目立っていました。でも、残念なことに、空は真っ黒な雲で覆われていて、どうしても暗い雰囲気になっています。


 ひとまず、私はテーブルの上にいつの間にか用意されていたごはんを食べることにしました。お腹がすいていたのです。料理はスープと肉とパンという、普段食べているのと同じものだったけど、宝石の飾りのついた銀の食器に盛り付けられていました。しかも、これまで食べたことがないくらいにおいしくて、マナーが悪いのにも構わずがっついてしまいました。

 しかも、もっと食べたいと思っていたら、いつの間にかパンが新しく皿の上に乗せられていました。かなり不気味でしたが、パンはとてもおいしかったです。


 食べ終わってまた周囲を見回していると、私は絡み合った植物の蔓のような模様が彫られたクローゼットを見つけました。開けてみると、そこにはカラフルなドレスがたくさん並んでいて、私は目を奪われました。どれも見たことがないくらいにつやがあって、手触りはすべすべで、デザインもひとつひとつ異なっていました。あまりの豪華さに、私は腰が引けて座り込んでしまいました。

 すると、目の前には金色の金具で彩られた小さなタンスがあって、中のアクセサリーを私に見せつけていました。淡いピンクのダイヤモンドがはまった指輪や、大粒の真珠のネックレスなど、私が一生かかってもお目にかかれないものが数えきれないほど入っていて、私は血の気がひく思いでした。

 ……見なかったことにしよう。

 私はバタンとクローゼットを閉じたのですが、突然後ろから手が伸びてきて、クローゼットは勝手にまた開けられてしまいました。私が振り向くと、黒髪のメイドが立っていました。

 そのメイドは黒を基調としたメイド服に身を包んでいますが、その生地は光を吸収して、白いフリルを目立たせていました。衣装だけで思わず見とれてしまいますが、その顔、所作、香りも、どれも目が離せないくらいに魅力的でした。


 私が見とれて固まっていると、メイドは私に話しかけてくれました。

「ラーニヤ様、こちらのお部屋にあるものはすべてお好きにご使用いただいても構いません。気に入った衣装はございましたか?」

 すべて!?いや、嘘ですよね!?

 私にはあれほど高級な衣装を借りることさえできません。学園に入るときに晴れ着を見に行ったことがありますが、あれよりも明らかにグレードが落ちる高位貴族向けの衣装が、数万フィダ、つまり奨学金数年分はかかりました。

「じょ、冗談ですよね?汚したら弁償、とか言われても払えません!」

「ご安心ください。我らが主はこのような下級品には執着いたしません。それよりも、ラーニヤ様が我が主の品格を落とすほうが問題なのです。ご客人に不便をもたらすわけには参りません」

 このメイドの主というのはとても人間とは思えません。この世でもっとも権威がある聖女のムナーファカさまでさえ、私にこれほどの待遇を与えてくれたことはありません。ひょっとして、ここは天国で、このメイドは女神さまに仕える天使なのでしょうか。


 私があっけにとられているうちに、私はいつの間にか着替えさせられ、鏡台の前に座らされ、髪の毛をかされていました。それが気持ちよくてついついうとうとしていると、お花の髪飾りでふんわりと髪がセットされました。

 鏡に映る自分を見ると、私は華やかなパステルカラーのドレスを身にまとい、頭からつま先まで、花園の令嬢にしか見えませんでした。ドレスは見た目ほど重くなく、ヒールも高さの割に歩きやすく、とても動きやすいのが不思議でした。


 しばらく鏡を見てにやにやしていた私は、はっとしてメイドに尋ねます。

「あのっ、ここはいったいどこなんですか?まさか、天国だったりしますか!?私は帰れるんですか!?」

「天国ではございませんが、我々にとっては天国のような場所です。我らが主の都合がつき次第、ラーニヤ様には儀式に参加していただき、それから元の世界に帰っていただく算段になっています。どうぞご心配なく、ごゆっくりここでの生活を楽しんでください」

 よくわからないけど、とりあえず帰ることはできるみたいです。それならひとまず安心です。


 私はそれから本棚を発見したので、そこにあった本を読んでいくことにしました。学園の図書館にはない珍しい本がいっぱい置いてあったので、ついつい読みふけってしまいました。メイドが私好みのリラックスできる音楽を弾いてくれて、広いソファを独り占めしての読書の時間は、とても贅沢でした。お腹が空いたと思ったらサンドイッチと紅茶が準備されていて、それもすごくおいしかったです。

 夜はなんとコース料理でした。話には聞いていましたが、実際に食べてみると想像以上に満足できました。お魚のスープも、トマトのパスタも、鳥の蜂蜜焼きも、どれも見た目からおいしそうで、食べてみるとまろやかな味ながらしっかりと主張があって、思わずほほがとろけてしまいそうでした。デザートのムースは、舌触りのよさとちょうどいい甘さが絶品で、すでにお腹いっぱいだったのに別腹で平らげてしまいました。こんな料理を毎日食べているなんて、貴族のひとはずるいです。

 晩ごはんのあとは、ラベンダーの香りがする大浴場でお風呂を堪能しました。平民の私はいつも体をタオルで拭くだけだったので、とてもさっぱりしました。ベッドはきれいに整えられていて、しかも落ち着く香りがたっぷりしたので、私はベッドに入った直後に眠ってしまいました。




 次の日、私が目を覚まして、パンとコーヒー、ベーコンと目玉焼きのシンプルながら極められた朝食を味わっていると、メイドが私に伝えてきました。

「ラーニヤ様、我が主が待っておられます。すぐに支度を」

 私はすぐに着替えさせられ、初めて開いた扉を通って廊下に入りました。廊下にはたくさんの絵画が飾られ、複雑な形の燭台しょくだいが並び、とても自分が場違いに思えました。

 しかも、私の着ているドレスは昨日のものと比べてさらに豪華でした。布の質も、刺繍の細かさも段違いでしたし、ボタンくらいに巨大な宝石がいくつもドレスに縫い付けられていました。腰には剣がかけられて、その柄の部分を見るだけでもファーリスさまの魔鉄鋼の剣よりも価値のあるものだとわかりました。


 私がおそるおそる廊下を歩いていくと、巨大な扉の先に、大きな広間がありました。真っ白で継ぎ目のない石によって作られた壁と天井には、金色の模様が描かれていて、天井からぶら下がる白金色のシャンデリアの炎に照らされて、とても神聖な雰囲気になっていました。また、道を示すように力強い騎士の石像がいくつも立っていて、私は緊張の中その間を進み、魔法陣が描かれた床の上に立たされました。

 目の前には、長い階段がずっと伸びていて、その頂上には、まるで王様が座るような立派な椅子がありました。そして、その椅子には真っ白な衣装に身を包んだ女性が座っていました。ヴェールで顔を隠し、手袋で腕を隠して、肌を一切露出させない彼女は、たくさんの宝石を光らせていて、その神々しさは女神としか思えませんでした。

 私はそのオーラに圧倒されて、気づいたら跪いて頭を下げていました。すると、頭上から白い光が降り注いできて、私の体に流れ込んできました。その光は私の身体を満たして、体が軽くなっていくのがわかりました。同時に、壇上の女神さまに全身全霊をもって仕えなければという使命感が心を満たしていきました。


「ラーニヤ」

 天上から声が聞こえました。これから受ける命令に心を躍らせながら顔を上げると、予想もしなかったような言葉を浴びせられました。

「わたしを斬りなさい」

「できません!あなたに剣を向けるなんて!」

 私は即座に断りました。命令に背くのは胸が締め付けられる気分ですが、女神さまに傷をつけるくらいならば死にます。


 その答えが意外だったのか、段を重ねた先に座る彼女はすこしうつむいて、それから、顔を隠していたヴェールをまくり上げました。そこには、なんと、セキラさまの顔がありました。私が驚いて目を見開いていると、セキラさまは気安い口調で尋ねてくださいました。

「わたしのこと、どう思っているか教えてくれる?聖女の泉での出来事とか、この城に軟禁したこととかも含めて」

「セキラさまは女神です!このお城であんなに豪華な暮らしをさせてもらったんですから。たしかに、泉であれほどの瘴気に囲まれているセキラさまを拝見したときは、何が起きたかわからず不安でした。でも、あれは泉を浄化していたのですよね?人知れず人々を救うセキラさまはかっこよかったです」

 私の答えを聞いたセキラさまは、少し考える仕草をしたあと、私に命令してくださいました。

「これからも正体を隠すつもりだから、わたしのことはただの貧乏貴族として扱ってね。それから、ムナーファカたちと離れたあとに起こったことは秘密にして、ずっと森をさまよっていたことにしてくれる?」

「もちろんです!」

 私が即答すると、身体が黒い闇に包まれて、次の瞬間には泉にいたときと同じ服装で森の中に立っていました。体内から湧き上がる力と抑えきれない忠誠心が、先ほどまでの出来事が夢ではないことを証明していました。


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