魔王と勇者、そして聖女

 予定通り水のダンジョンコアの力も得たわたしは、今回もダンジョンを管理してくれる魔石ゴーレムを作ることにした。ジュマイと名付けたその魔石ゴーレムは、水色の流水のような髪を携え、青く波打つような衣装と光るサンゴのアクセサリーに身を包んだ、絶世の美少女に仕上がった。足は二本にしたし、肌の色なんかも人間と見分けがつかないようにしたので、ジュマイを世に放った日には、その美貌に国がいくつも滅びそうだ。

 ……美貌なんか使わずとも国をいくつも海に沈められるとか言ってはいけない。事実だけど、事実だけどさ、ジュマイの可憐な印象に合わないよね。


 それはともかく、用事も終わったことだし帰ろうかと思っていたら、アミナが衝撃の事実を伝えてきた。

「お待ちください。現在もファーリスやムナーファカは食堂にてディナーを続けております。お嬢様の普段の就寝時刻と比べると、まだ一時間以上の猶予があるかと」

 思っていたよりも、わたしの進むスピードが速かったようだ。どうも、ダンジョンコアの力を得るたびに、わたしの身体能力も飛躍的に向上しているらしい。今回は観光よりも先に進むことを優先したから、これまでの体感が通用しなかったみたいだ。

「じゃあ、この海の底を見てから帰ろう」

 わたしは、せっかくなのでジュマイに頼んで、面白そうな場所を案内してもらうことにした。ダンジョンコアとわたしは繋がっているから大体のことはわかるのだけど、知識として知っているのと実際に観光するのではまた違うのだ。




 わたしたちはカメの魔物の背中の特等席に乗り込み、ゆっくりと港を離れた。今回のカメはかなり小さく、下のほうまでよく見えるようになっていた。しかも魔法によって空気が常に確保されていながら、揺れは全く感じない。わたし専属のカメらしい。わたしがいないときはどうするんだと思うかもしれないけど、普段はジュマイのペットにするからそれは問題ない。

 宮殿がある洞窟を出て、しばらく坂を上ると、水路のある室内の広場に着いた。そこは壁や天井がサンゴと宝石で作られた大広間で、全体的に青系統の色で統一された印象を与えていた。しかし、サンゴを中心とした自然の装飾は、人工的な絵画や彫刻による装飾とはまた違った趣があった。

「マスター、ここは私の家なんです」

 わたしの隣に立っているジュマイがたどたどしく説明してくれる。この家は、ダンジョンの最深部への入り口を守るための施設である。普段は倉庫や集会場として運用されているけれど、わたしのような賓客を泊めることもできるようになっている。

 特徴として、家じゅうに水路が張り巡らされていて、泳ぐだけでもいろいろな場所に移動できるようになっている。これは、足が魚のしっぽになっている魔石ゴーレムでも困らないようにするためである。

 透明な魔石の窓からは、外の景色が見渡せた。真っ白でさらさらな砂でできた地面に、カラフルなサンゴ礁の豪邸が建ち並び、さらに水中にはサンゴの家を背負ったカメの魔物が無数に泳ぎ回っていた。地面から生えている豪邸は人間の足を持つ魔石ゴーレムの住処で、水中に浮かんでいる家々は人魚型の魔石ゴーレムの住居や移動手段などである。

 ちなみに、窓を開けても魔法の力で水は流れ込んでこない。安心だ。


 家の中を一通り見て回ったわたしは、玄関の水路から庭に出た。庭は砂に模様を描いて水の流れを表現した枯山水というものなのだが、水の中でわざわざ砂を使って川を表現する意味はないんじゃないかってわたしは思う。

 華やかなサンゴの門をくぐると、わたしの乗っているカメは一気に加速して、水は抜いてあるはずなのに、わたしの体が浮くようなスピードで進みだした。

「ねえ、やっぱりこのカメ速すぎない?」

 わたしがツッコんでいるうちに、カメはこの深海洞窟の端までたどり着いたのだった。


 わざわざ船も通らない大海原にダンジョンコアを移動させた甲斐あってか、この深海のダンジョンはかなり広い。具体的には、ガアシュ火山のダンジョンが火山島一帯、金竜の住処のダンジョンが山脈に囲まれた盆地一帯なのに対して、ここのダンジョンは渦潮のある海域だけでなく、その周囲にある島々をも包含していて、国どころか大陸並の広さである。さすがにそのすべてに深海洞窟が広がっているわけではないものの、それでも端から端まで船で丸一日以上かかるほどの距離がある。

 その範囲がずっと白い砂の平地なのもすごいけど、光るサンゴ礁の都市群が点在し、それぞれに何万、何十万という魔石ゴーレムが暮らしているというのもすさまじい。まあ、真にヤバいのはその光景がダンジョンコアの必要とするエコシステムの一端でしかないということなんだけど。


 わたしが降り立った深海洞窟の端は、硬い岩盤の壁が一面に広がる場所であった。その手前にはいくつものサンゴの街ができていて、壁の近くにはたくさんの青い魔石ゴーレムたちが集まっていた。ゴーレムたちはまるで砂山を崩すかのように、騎兵の行軍よりも速く壁を掘り進んでいる。その削られた部分に、島何個分もありそうなほど巨大なカメの魔物たちが入り込み、背中のサンゴを急成長させて岩盤と一体化させていた。そして、巨大な岩盤を新たに背中に乗せたカメの魔物たちは、非常にゆっくりと浮上しながら壁のほうへ進んでいく。

「うへえ、実際に見るとものすごいね」

「マスター、そう言ってもらえると嬉しいです」

 わたしが嘆息すると、ジュマイが同意する。この水晶のように硬い岩盤を削り取るのも、山のような重量の岩盤を持ち上げて動かすのも、見ていると目の錯覚のような気分になってくる。

 しかし、これは現実だ。これはこの岩盤をカメの背中に乗せることで、ジュマイたち魔石ゴーレムの生息域を広げるとともに、地上に小島を誕生させているのだ。こうして生み出された無数の小島は、ダンジョン外の船や魚の侵入を妨げると同時に、海上で大量の魔物を生み出す拠点となる。ゆっくりとではあるが移動し続けているので、地図もほとんど意味をなさないような要塞となるのだ。


 しばらく感心してぽけーっとしていたわたしだが、ふと気になってジュマイに尋ねた。

「ねえ、こんなに魔石ゴーレムもカメも動員しなくてもいいよね?能力的には、この十分の一でもいいくらいだし」

「たしかにそうですけど、私たちはひまですから。仕事と言っても、装飾品を作るか、ペットを愛でるか、壁を掘るかしかありませんし」

 ジュマイの返答に、なるほどと思った。ダンジョンコアの意志であるわたしがダンジョンの拡大に消極的だからか、岩盤を掘る仕事の低すぎるノルマを大人数で分割しているようだ。だからと言って装飾品は余りまくっているし、ペットの魔物の素材も増えたところで困るから、改善しろとも言えないけど。

 そういえば、火と土の魔石ゴーレムのジュナリとジュルディも似たようなことを言っていた。魔石ゴーレムは何もしなくても生きていられるから、与えられた以上の仕事は生まれてこないのかもしれない。そのくせスペックは高すぎるから、労働力が過剰になってしまうのだろう。よく考えてみたら、魔王城の魔物も似たようなものだけど。


 わたしは何か仕事がないかと考えて、現在のジュナリたちの待遇を思い出した。

「そうだ。ジュマイ、よかったら魔王城に来る?そうだな、アミナのところで仕事をしてみない?もちろん、ゴーレムたちも一緒に」

「いいですね。マスター、ぜひお願いします」

 二つ返事で了承をもらったところで、アミナがにっこりと告げた。

「そういえば、城の門に石像が欲しいと思案しておりました」

 どうやら、魔王城に来たところで、ひまなことには変わりないようであった。







 *********







 落ち着いた黒を基調とした部屋に、ぼやけたランプの光が広がっている。その中心には漆塗りのテーブルとイスが設置され、わたしと堕天使の眷属、リーシャが座っている。わたしの背中には読めないほど流暢りゅうちょうなカリグラフィーで何か書かれていて、その下には花が高級な花瓶に生けられていた。

 部屋の雰囲気に合わせたのか、わたしは帯で締める構造の着物を着せられていた。その着物は紫色の、上品な光沢と滑らかな触感の絹の布に、細かい刺繍が施されていて、長く垂れた袖とともに重厚な高級感を醸し出していた。その一方で着心地はとても軽く、それだけでいつもながら魔法効果が付与されていることが理解できた。髪には宝石が実った魔金の枝を模したかんざしが挿され、異国の姫君のような雰囲気に仕上がっていた。

 テーブルの上には漆塗りの重箱が置かれ、また小さな赤いさかずきが準備されていた。その盃にはアミナによって温められた透明なお酒が注がれ、わたしとリーシャの前に提供されている。お米で作られたお酒だそうだ。まあ、異国風のキレがあるお酒だとは思うけど、わたしには大してすごさがわからない。でも多分オークションに出したら青天井に値段が吊り上がるんだろうな、とは思う。


「お嬢様、準備はすべて整っております。あとは、ラーニヤの目覚めを待つのみでございます」

 わたしがお酒を楽しんだところで、アミナがわたしに伝えてくれた。わたしはまずリーシャに言った。

「あのね、リーシャには万が一のときの対処をお願いしたいから伝えるけど、ほかの人には黙っていてほしい。クァザフにもジャーミアにも、今回の計画については話すつもりはないから」

 リーシャがうなずくのを見て、わたしはこれまでアミナ以外には秘密にしてきた計画を話し始める。

「明日、ラーニヤが目覚めたら、聖女のふりをしてラーニヤを勇者にしてみようと思うの。魔王であるわたしが任命した勇者がどうなるのか、気になるから」


 ここで、わたしが不確実性のリスクを冒してまでこの実験をしてみたいと思った背景を説明しよう。まず、紋章によってただ一人選ばれる聖女や魔王と違って、勇者は聖女によって何人も選ばれる。これは人数こそ制約があるものの、なんと誰を勇者に選ぶかは聖女の一存で決めることが可能なのだ。

 聖女もどきのムナーファカの任命した勇者はザコだったので信じられないかもしれないけど、本来、勇者というのはとても強い。身体能力や耐久力を大幅に向上させ、しかも条件付きで死んだ後の蘇生さえ可能にするという、反則的な強化魔法が、聖女によって与えられるからだ。それによって、魔王やドラゴンとも少人数で互角以上に戦うことが可能になるのである。ちなみに、その強化の度合いは聖女の能力に依存する。

 当然ながら、そんなチート魔法は聖女以外には使えない。どれだけ光属性の魔力が強くても、クァザフやわたしに使える理由はない……はずだった。

 しかし、わたしが雲の上の塔で聖女の力を手に入れてしまったため、勇者を任命することができるようになってしまった。もちろん魔物は勇者にはなれないから、これまでは試す機会もなかったけど、偶然ラーニヤという、人間の中でも勇者と認識されている人がこの魔王城にいるのだ。これはもう、やるしかない。


「そういうわけで、リーシャに頼みたいのは、勇者になったラーニヤが自力でこの魔王城を脱出しちゃったときの処理だね。そのときは、なるべく犠牲が出ないように、なるべく穏便にわたしの正体を隠してほしいの」

 正直、このシナリオが起こる可能性はとても低い。勇者の得る魔法の強化は大したものではないので、闇属性の空間魔法を自在に操れるようになるとは考えにくいし、アミナやわたしの妨害をすり抜けることは非常に難しいからだ。ただ、ラーニヤはもともと闇の属性を持っていたから、万が一ということがあるので、政治が得意なリーシャに善後策の用意をお願いすることにしたのだ。


 しかし、リーシャにとっての心配事はそこではないらしい。

「ですが、セキラ様。勇者となったラーニヤがセキラ様に襲い掛かった場合、セキラ様の身の安全が心配です」

「大丈夫だって。歴史を見ても勇者と聖女が一対一で戦ったらまず聖女のほうが勝つみたいだし、アミナもいるから」

 実際、どうも勇者は聖女に精神的な干渉を受けるらしいので、ラーニヤが魔王であるわたしに攻撃してくる可能性は十分考えられる。ただ、リーシャに言ったとおり負ける確率は低いし、もし負けてもそれでいいかなってわたしは思っている。というのも今のまま時が進んでも、わたしが倒される状況が想像できないのだ。よっぽどわたしがうっかり世界を滅ぼしてしまうほうがありえる。そう思うと、勇者に負けて死ぬのも悪くないと思うのだ。もちろん、みんなには内緒だけど。




 リーシャとの話が一段落したところで、アミナが重箱を開ける。中には、炊いたお米の塊に生魚の刺身が乗せられた寿司という食べ物が入っていた。

「お嬢様の夜食として準備させていただきました。こちらの魚は、ジュマイによって先ほど献上されたものでございます」

 わたしはおそるおそる口に運ぶと、次の瞬間、とろけるような脂身と、濃厚な味わいの赤身と、お酢と砂糖で味付けされたお米のまろやかな味が同時に襲い掛かってきて、次の寿司を手に取るしかなかった。なんというか、食の新境地を発見した気分だ。

 ほかの魚も、歯ごたえがあって味が強い魚だったり、逆に淡白な味でほろほろ崩れる魚だったり、いろいろ個性があって、しかもどれも絶妙にお米と合っていた。生魚がこれほどおいしいなんて初めて知った。

 ついつい手が進んじゃったけど、わたしは魔王だからどれだけ食べても体形は変わらない。こういうときは魔王になってよかったなって思うのだった。



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