ダンジョンコアを手に入れた!
ガアシュ火山に作ったダンジョンに潜って二日目。このあたりの魔物は、みんなマグマで体が作られている。カバも、ワニも、ゴーレムも、みんなである。まあ、その分魔石は大きくて透明度も高い。五十階層を超えて、ようやく素材が魔王城の小物に使われるくらいの品質になってきた。
壁や床は、まるで人工物のようなきれいなものに変わり、複雑な模様が描かれていた。そして、くぼみにはたまに宝石が埋まっていることもあった。
歴史的にみると、実は五十階層を超えるダンジョンは今まで存在しなかった。ふつうは二十階層もあれば大きいほうで、三十階層を超えるダンジョンは、長い年月をかけて成長したものか、あるいは魔王が拠点としていた場所くらいしかなかったのである。そう思うと、このダンジョンはすでにかなり成長しているといえよう。
『賢者の石』の作成に使われたのも二十から三十階層くらいのダンジョンのコアであり、それでも人間ほどの大きさがあったという。この地下にあるはずのダンジョンコアがどんなものか、楽しみである。
「あっ、スライムだ。かわいい!」
進んでいると、マグマで作られたスライムが現れた。うにょうにょしていて、とてもかわいい。結構レアな魔物だから、うれしいな。
わたしはスライムに近寄って、つんつんとつついてみる。マグマの熱さとぽよんとした感触が、なかなか心地いい。
「へっ?」
しかし、わたしがスライムをなでようとしたところで、スライムはいきなり巨大化した。周囲に溶岩を吐き出し、たくさんの魔物を一気に仕留めている。スライムはそのまま、わたしにすりすりとすり寄ってくる。
次の瞬間、スライムがものすごいスピードで吹っ飛ばされて、壁の染みへと変わった。アミナが平手打ちでスライムを叩いたのである。
「お嬢様、ペットをかわいがるのは結構でございますが、あのような無礼は許せません」
そう言ってアミナが頭を下げてくる。ついでにクァザフも一緒に頭を下げた。
これは、あれか。嫉妬か!?大人げない!まあ、アミナにお世話になっているのは事実だし、あのスライムを魔王城に連れて帰るつもりもなかったから、別にいいけどさ。
わたしはアミナとクァザフの頭を優しくなでてあげた。それだけで二人とも感無量といった表情になっている。
「なんたる至福……このアミナ、これまで以上に全身全霊をもってセキラお嬢様にお仕えいたします!」
「わたしも、役に立つから!」
まあ、喜んでくれたなら、いっか。
それにしても、いきなりスライムが巨大化したときはびっくりした。ちょっと触ってただけなのに、あそこまで力をつけるなんて。魔王の力って、思ってた以上に強力なんだなあ。まあ、その超強化されたスライムを一撃で倒したアミナも、相当すごいんだろうな。スライムって、物理攻撃ほとんど効かないはずだし。
そんな感じで眷属たちとの仲が深まったりしながら、わたしはこのダンジョンのさらに深層へと向かっていった。
*********
「ねえ、ドラゴンって、こんなに湧いて出るものだったっけ?」
わたしはアミナに愚痴った。それもしょうがない。ここ二十階層分くらい、ずっとドラゴンが現れ続けているのだ。
最初は、ほかの魔物とともに、一体だけの赤竜が現れた。でも、その次の階層からは赤竜が何体も湧いていて、さらに進むと、黄竜や黒竜なんかも出てくるようになった。気づけばドラゴン以外のモンスターはいなくなっていた。
さらに進んでいくと、単色の竜だけでなく、赤紫と黒の炎禍の竜だとか、金色と紅の雷火の竜だとか、そういうドラゴンばっかり現れるようになってきた。しかも、サイズもどんどん大きくなって、知能まで上がっている。
本来、ドラゴンというのは魔王の誕生と同時に一体だけ生まれるもののはずだ。新しいドラゴンが見つかるということは、すなわち新しい魔王の存在を意味する。しかし、わたしは今日だけで十種類以上のドラゴンを新たに見つけてしまった。同種を含めてよいならば、優に数百を超える。さすがに、ヤバい。
現在、わたしは八十五階層を超えたところなのだが、白い稲妻の翼をもつ白金のドラゴンや、紫の炎の翼をもつ赤紫のドラゴンたちが、一斉にわたしにひれ伏していた。
「えっと、わたしたちを次の階層まで送ってくれる、のかな?」
このやりとりも、もう何度も繰り返されている。というのも、八十階層のあたりから、普通に言葉が話せるくらい知能が高いドラゴンが現れたのだ。彼らはナチュラルにわたしの配下としてふるまい、これでもかというくらいわたしに尽くそうとしてきた。わたしはただ流されているだけで、次の階層に進めるのである。
あっという間に下への階段にたどり着いたわたしは、ドラゴンたちのオーブを次々にプレゼントされていた。これもいつもの光景だ。大量のマナが凝縮された巨大な宝石がぼろぼろとタダで手に入る状態に、わたしは内心冷や汗をかいていた。
ドラゴンは首元やしっぽなどにオーブと呼ばれる宝石を作ることがある。魔物からとれるから魔石の一種だという人もいるけど、諸説あるので宝石と呼ぶことにする。オーブは真球の形をしていて、膨大なマナをため込み、扱うことができる。本体の魔石と比べると小さいものの、その魔力的な純度や透明度は高く、宝石としては超一級の品である。
ちなみに、時間はかかるが、取っても再生するらしい。だからもらうアイテムとしては、一番マシである。というのも、以前の階層では、わたしに献上するためだけに仲間を殺すとかいう、とんでもないことをやらかした奴らもいたのだ。さすがにそれは勘弁である。
直径一メートルを超えるオーブまでもらっちゃったわたしは、またどんどん次の階層へと進む。そろそろお昼だ。お昼ご飯が食べたいな、とつぶやくと、運の悪いことにそれがアミナとドラゴンたちの耳に届いてしまっていた。
「では、せっかくですから、ドラゴンの肉などはいかがでしょう?」
「魔王様、食べてくださいませ~!」
これはひどい。わざわざ自分から食われようとするやつがいるか。わたしが断ろうとしていたところ、ほかのドラゴンも俺も俺もと食われにきた。どうしよう。あっ、そうだ。
「わたし、アミナの実力がよくわかってないの。だからドラゴンとしっかり戦って、その実力を見せてほしいな。もし、それで相手が死んじゃったら、そのお肉をいただくことにするから」
さすがに九十階層に近づいてきたし、いくらアミナといえども勝負にならないほどの実力差はないだろう。このときのわたしは、そんなことを考えていたのだ。
アミナはこの中で最も大きい、赤青金の模様が入った白いドラゴンを相手に指名した。
「それでは、はじめ!」
わたしの合図と同時に、ドラゴンが白い炎のブレスを吐き出す。バトルフィールド全体を焼き尽くさんとするその攻撃は、金属を蒸発させるほどの威力があった。しかし、アミナは影をにゅるんと壁のようにしただけで、その攻撃を防ぐ。
そのまま、アミナはものすごい速さでドラゴンに接近すると、影で作り出した剣をぱっと振るい、鱗ごとドラゴンのしっぽを切り裂いた。
あの鱗、ほかのドラゴンの爪だと傷ひとつつかなかったんだけど。
アミナはそのまま一瞬で四肢を切り落とし、最後にドラゴンの首を切り落とした。完全にワンサイドゲームだった。アミナ、想像以上に強かった。
「申し訳ございません。お嬢様にお渡しするはずの鱗が割れてしまいました。わたくしの力不足ゆえの落ち度です」
いやいやいや、気にするところそこ!?素材に完璧に傷をつけずにドラゴンを倒すつもりだったの!?
どうやらドラゴン程度ではアミナの実力を測ることなどできないらしい。で、クァザフはそのアミナでも歯が立たないくらい強いんでしょ?わたしの戦力、ヤバすぎない?あとジャーミアともう一人いるんだよね?聖女ムナーファカで勝てる?
わたしはこの世界の行く先を案じてため息をついた。正直、魔王であるわたしを倒すなんて不可能だと思う。でも、それが人々に知られたら大パニックになってしまうだろう。やっぱり、わたしが魔王だってこと、というか、わたしの戦力は秘密にしておかないと。そう思わざるを得なかった。
余談だが、ドラゴンのお肉はしっかりとした赤身の肉ながら、絶妙に柔らかく油が乗ってて非常においしかった。ドラゴンさん、いろいろとごめんなさい。でもおいしかったです。
*********
そこからさらに降りていって、九十階層を突破すると、全身が赤い魔石でできた魔石ゴーレムが現れるようになった。その体はとても頑丈で、ドラゴンの攻撃が降り注ぐ中でも傷一つつかず、逆に炎と雷の魔法でドラゴンたちを次々に焼き殺していた。まあ、知性があってわたしに接待してくるところは同じなんだけど。
魔石ゴーレムはみんな銅像のように精密な顔、五本に分かれた指を持っていて、人間をそのまま魔石に変えたような姿をしていた。下の階層に行くほど、装飾はどんどん複雑になって、魔石でできた鎧や武器を身に着けるようになっていく。ついには風の動きさえ感じさせる、ひらひらした衣服を身に着けた人間の石像が動いているような状態になった。
そうなると、ダンジョンの一部というか、もはや町だ。宝石が溶けた川沿いにいくつもの黒曜石の家々が建てられていて、ゴーレムたちは、まるで人間のように社会生活を営んでいた。とは言っても、壁や床を掘ったり、川の宝石を冷やして固めたりして、宝石をため込んでいるだけなのだが。
ちなみに、魔石ゴーレムには核がない。正確には、魔石自体に意識が宿っている。そのため、魔法陣を刻んでやると、意識のある魔道具になるのだそうだ。それでわたしはゴーレムたちに魔道具に作り替えてくれとせがまれたけれど、さすがに倫理的にヤバいので却下した。それでも不満そうだったので、何人かは魔王城に移動することになってしまったのだけど。
「いよいよ、次で百階層目だね」
魔石ゴーレムたちの案内もあって、わたしはあっという間に百階層への階段にたどりついた。その階段はこれまでと違って、赤く透き通るような宝石で作られていた。
わたしは、その階段をゆっくりと降りていく。一段一段に、ものすごい量のマナが蓄積されていることがわかる。この先になにが待っているのか、期待が高まる。
壁や天井が一面、透き通った宝石へと変わっていく。そして、階段の出口の先に見えたのは、すべて赤色の宝石でできた巨大な宮殿であった。
これまでのどの階層よりも広く、大きな街一つ分はあろうかというその宮殿は、城壁も、庭も、建物も、すべて真っ赤な宝石であった。それも、組み上げたのではなく、まるで削り出されたかのように、一切の継ぎ目が存在しなかった。噴水の代わりに火が噴き出している前庭を通り抜けて、わたしはその宮殿の建物の中に入る。
宮殿の中は、巨大なシャンデリアの炎に照らされた、とても明るい空間であった。そして騎士やメイドの恰好をした宝石の石像が、みんな来客を出迎えるような姿勢で無数に設置されていた。だが、ここまでと違って、その石像はぴくりとも動かない。
壁や天井には、火山や雷を象徴するような抽象的な絵画が緻密に彫り込まれていて、床や調度品、石像にはびっしりと模様が描かれ、それぞれ巨大かつ精密な魔法陣を形作っていた。その内装は、魔王城、それも本城のわたしの部屋が、そのまま宝石に変わったかのような印象を受けた。
わたしは石像に導かれるように宮殿の奥へ向かっていくと、教会の聖堂のような場所にたどり着いた。その中央には、この宮殿の中でも特に装飾的な祭壇が誂えられていて、わずかに色の異なる透明な魔石を光がとおり、ステンドグラスのようにその祀られているものを照らしていた。それは、この場所のどの宝石よりも赤色の、わずかなゆがみもない完璧な正四面体の形をした、きれいな宝石であった。
あれが、ダンジョンコア?でも、小さい……
しかし、その宝石は、わたしが両手で持てるくらいの大きさであった。常識的にはとても大きな宝石なのだろうけど、この宝石の宮殿を見たあとでは、あまりにも小さく思えた。訝しながらも、わたしは祭壇をゆっくり上がり、そしてその宝石をそっと持ち上げた。
「っ!!」
その瞬間、わたしの体に、桁違いの莫大な魔力が流れ込んでくる。魔王であるわたしが圧倒されるような、そんな魔力。この地にため込まれた膨大なマナだけではない。深く広がり、魔石を生み出し、溶岩と魔物で体を満たす、ガアシュ火山の、このダンジョンの力そのものが、わたしに注ぎ込まれているのだ。
あまりの力に、わたしは思わずよろめき、目を閉じる。すると、まぶたの裏に、地の底まで届こうかという大きさの、完全な赤色の、完全な正四面体の宝石が見えた。
それは、この下に存在する、ダンジョンコアのイメージであった。この世のどの宝石よりも美しいその宝石は、際限なく力をため込み、純粋な火の魔力を放ち続けている。目を閉じていても、その存在ははっきりと感じ取れる。
手に持った宝石が、わたしの体にするりと入ってくる。ダンジョンのすべてがわたしに委ねられる。わたしの意志が、ダンジョンの意志になった。コアの力も、生まれた魔物も、ぜんぶ、わたしのものになった。
「どうなさいましたか!?何かお体に不具合はありませんか!?」
ようやく意識が現実に戻ってきたわたしは、珍しく血相を変えたアミナに抱えられていた。わたしが大丈夫だよとにっこり笑うと、ようやくアミナもほっとしたようだ。
落ち着いたところで、アミナとクァザフが聞いてくる。
「何が起こったのか、説明してくださいませ」
「わたしも、知りたい」
そう言われても、説明しづらい。ひとまずダンジョンがわたしの支配下になったと説明してみたけど、あんまり理解されてないようだ。まあ、わたしの眷属は、全世界がわたしに服従するべきだと思っているみたいだしね。
困ったわたしは、手に入れた力を試してみることにした。さすがにヤバすぎて全部は無理だけど、その一部でも使う練習はしておいたほうがいい気がしたのだ。
わたしは、ぱっと手をかざすと、そこに赤い魔石が生み出される。それはあっという間に修道服を着た少女の姿をとり、そして人間らしい色合いへと変わっていく。きれいな宝石の面影は、その透き通るような赤い髪とその瞳だけだ。
わたしが生み出したその少女は、ひとりでに動き出し、わたしに言った。
「マスター!何をすればいいですか?」
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