異刻操局

つづきさくら

第1話 #連休最終日×渋滞×初恋

俺は驚いていた。

車の助手席に美沙(みさ)が座っている。

緊張で震えそうになる手でなんとかハンドルを握り込んだ。

「な、なぁ、どうして来てくれたんだ?」

美沙は応えてくれない。

あの頃と同じように、長い髪を弄りながら不機嫌そうに窓の外を眺めている。


連休最終日の道路は混んでいて、車は渋滞に巻き込まれていた。

「…このままじゃ今日中は無理そうだな…」

前の渋滞を見て俺は呟いた。

まぁ、また日を改めれば…

『だめ』

美沙がこっちを向いて睨んでいる。

怖い。

『もう先延ばしにしちゃだめ。相変わらずのヘタレだね』

ごもっともです。

『はぁーあ』

美沙がわざとらしくため息をつく。

『まぁ、あたしも人のこと言えないんだけどさ』

俺は振り向いて美沙に向き直った。

「どういうこと…」

『危ない!!前見て!』

怒られてしまった。

仕方なくハンドルを握り直した瞬間だった。


ドン!!「っ!」


ブレーキを踏み込む。

「何があった?」

「どうしたの?」

「なにやってんだ!!」

怒号と悲鳴とクラクション音が響いた。


『玉突き事故よ。』

美沙が冷静に言った。

「…みたい…だな」

冷や汗が止まらない。

さっき、美沙に注意されてなかったら、ブレーキが間に合ってなかっただろう。

前方、数台先の車がぶつかったらしい。


『あたしみたいに交通事故なんかになるなよ』

美沙がまた、窓の外を向く。


「もしかして、俺が事故に合わないように戻ってきてくれたのか?」

『…違うわ』


外は相変わらずパニックが続いていた。

でも、車内は時が止まったように静かだった。


「じゃあ、どうして?」

『あんたがちゃんと言いに来たから、あたしもちゃんと言わなきゃって思っただけ。あんたの結婚を邪魔する気はない!』


そうだ。俺はこれからプロポーズをしに行く。

美沙の次に好きになった女性に。

だから、あの時の約束を果たしに行ったのだ。


美沙とは高校の同級生だった。

お世辞にもパッとしなかった俺は、ハッキリした性格の美沙に憧れた。

惹かれていた。


無視されることを覚悟で、初めて声をかけたときも、意外とよく話してくれたことも、『一緒に帰ろう』と約束したことも、よく覚えている。

話したいことがあるから、と。


「ごめん、美沙…」

『あんたが謝ることじゃない。あたしが勝手に死んだだけ。』

「そうじゃない!俺が約束を破ったから!一緒に帰っていれば、あんなことには…!」


俺は、下校直前に先生から頼まれた委員会の仕事を断れなかった。

だから、美沙は先に帰って…交通事故にあった。


『でも、あんたはちゃんと会いに来てくれた。』

車内には線香の匂いが残っている。

俺はプロポーズの前に、美沙にあの日、言いたかったことを伝えに行ったのだ。

美沙の墓前に花を添えて。


『だから、あたしもちゃんと言っとかないとって思って。あんたのこと、あたしもー』

今まで見たことのない、安心したような、寂しげな表情だった。


クラクションが鳴る。


はっ、としてハンドルを握ったが、前方は混雑したままだった。

助手席に美沙はいない。

誰が言ったんだろう。

初恋は実らないと。

あの時、すでに2人の願いは叶っていたんだ。


やっぱり、この渋滞を抜けたら、すぐに彼女に会いに行こう。

大切なこの時を逃してしまわないように。

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