第37話 秘密の部屋(九)
恐る恐るゆっくり振り向くと、部屋の入り口付近にパジャマ姿の主が立っていた。小さな体で遠くから見上げているはずなのだが、ヴァルラにはすぐ間近に巨大な姿で立っているように感じられた。氷のような視線で、遥か上から見下ろされているようにすら感じる。
金色の瞳の瞳孔は細く小さくすぼめられて、その顔からは一切の表情が消え失せていた。ただ全身から激しい怒りだけが感じられた。
「聞こえなんだか。何をしている、と聞いておる」
声までも掠れているのは、やはり怒りのためだろう。ヴァルラは自分があの極度に温厚な主の逆鱗に触れてしまったことを改めて実感した。
「ええと……俺はただ……」
うなだれ口ごもるヴァルラの言葉をじっと待ちながら、ただその目だけが答えを催促するように細められる。
「俺はただ、その……隠し部屋があるのが気になって……」
ヴァルラが曖昧に答えると、主は僅かに眉根を寄せた。
「好奇心は猫をも殺す。余計な詮索は身のためにならぬぞ」
それを聞いたヴァルラは、それまでの神妙な態度をころりと変えた。
「──んだと? 何が余計な詮索だ。隠し事をされて主従の信頼関係なんぞが築けるもんかよ!」
啖呵を切って傍にあった机を拳で殴りつけると、鈍く重い音が部屋に響いた。その音とヴァルラの態度の豹変に、主の眉間の皺はますます深くなる。
「時が来れば教えぬこともなかった。それを待てぬお主の何を信頼せよと言うか」
そう言われてしまうとヴァルラも返す言葉が思いつかない。かといって頭を下げるのも癪だった。彼は黙って主が立っている部屋の出口へと歩を進めて、そのままその横をすり抜け部屋を出ていく。
隠し部屋を出て書斎へと戻ったヴァルラは、背後で主が動く気配を感じて立ち止まった。もしかしたらいつもの寛容さで、
しかしヴァルラの背後で微かに音がして、隠し部屋の扉は閉じられていく。振り向いた時にはもう主の背中が扉に隠れて見えなくなるところだった。
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