ブランチ with ヴァンパイア

千石綾子

第1話 ゴーストバスターの憂鬱(一)

 その古めかしいダイナーにふらりとやってきたのは、細面で切れ長の一重の目をしたアジア系の少年だ。年は15,6歳と言ったところだろうか。カウンターにぴょこんと飛び乗った。


「ちーす。マスター、俺オレンジジュース一つね」


 ビア樽のような腹のひげ面のマスターが、不機嫌そうにオレンジジュースのはいったグラスを少年の前にドン、と置いた。


「おいラウ、前にもらった妙な紙、効果ないんだがどうしてくれるんだ」

「えっ、そんなはずないんだけど。あれはちゃんと本山から発信してる、ありがたーいお札なんだけどな……」


 ラウと呼ばれた少年が首をひねった途端、マスターの背後の扉が全部同時に開き、中に入っていた乾物や缶詰などが派手に飛び出してきた。

 所謂ポルターガイストというもので、人目もはばからずに暴れまわる霊の類だ。


「それ見ろ。この通りだ。相変わらずここは化け物屋敷呼ばわりで客も来やしない」

「──うーん、おかしいな」


 ラウはカウンターに膝乗りになって、件の扉を開いて内側を検めた。そうして小さくうなる。


「あー。これはあれだ。ダメなやつだ」

「ほら見ろ。やっぱり不良品じゃないか。金返せ」


 体の大きなマスターが、やせっぽちのラウをつまみ上げると、ラウは足をばたつかせて抗議した。


「違……っ、お札の扱いがダメなんだよ! ほら、見てくれよ」


 ラウが差し出した細長い短冊のような紙は、油にまみれている。紙も黒ずんで、元は何か描かれていたであろう文字や模様がほとんど消えてしまっている。


「これ、感熱紙だからさ、油とか熱とかに弱いんだよ」


 マスターは憮然としてその汚れた札を眺める。


「料理するのに油と熱は不可欠だろうが……感熱紙なんてもの使わないで普通の紙に描いてくれよ」

「俺まだちゃんと習う前に情報屋に転向しちゃったからさー。自分じゃ描けないんだよね」


 そうして氷が溶けかけたグラスのジュースを飲んで、ふぅーと息を吐く。


「ところでさ、マスター。俺……ヴァルちゃんにガセネタ売っちゃったかも」


マスターのぎょろりとした目が大きく見開かれた。

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