第2話 secret base

 会社をクビになって2日後。


 俺は実家のある栃木県の田舎に帰ってきていた。


 東京では家具付きのアパートに住んでいたため、退居もそこまで苦労せずにできた。


 しばらくはこっちにいて、今後のことをじっくり考えるつもりなのだが……。


 朝食をとっていると、母さんが小言を言ってきた。


「光一、あんた、これからどうすんのよ?」


「どうするっていわれても……」


「ほら、宇都宮に出るとか、このへんで働くとか」


 ……ああ、この感じ。早く宿題をやれと急かされ続けたイヤな記憶がよみがえる。


「うーん、ちょっとすぐには決められないかな。やりたいことを改めて考えるよ」


 そう言うと、母さんは、


「事情はわかったけど早く仕事を見つけなさいよね。とりあえずハローワークに行ってきなさい。東京じゃなくて、こっちで働くんでしょう? 父さんも母さんも嫌だからね。働かないプー太郎を抱えるのは……」


「わかった、わかった。だから考え中なんだって。ごちそうさま!」


 俺は逃げるように子供部屋に移動した。


「はぁ……」


 働きたくないなぁ。


 本当に、今回の件で働くことにほとほと嫌気がさした。


 善良なおばあちゃんをだまして商品を売りつけることが正義なら、そんなことは一生したくない。


 よく探せば、もっとまともな働き口はあるのかもしれないけど、俺なんかを採用してくれるだろうか?


「あーあ、生きるのってつらいなぁ」


 ニート一直線の思考回路だと自分でも思うが、考えは止まらなかった。


「……マンガでも読むか。何も考えなくていいやつがいいな……」


 俺は小学生のときに買った『ドローンファイターTAKUMA』を手にとった。


『ゴロゴロコミック』で連載されていたホビーマンガで、主人公たちが街の命運をかけて、なぜかオモチャでバトルするマンガである。


 ペラ……。



『クハハハ、たかがオモチャぐらい壊れても買い直せばいい!! 行け、100台の捨て駒ドローンたちよ!!』


『お前は間違っているぜ!! エアロコプターはただのオモチャじゃない!! ともだちだ!!』


『タクマぁぁ!! お願い、勝ってぇぇ!!』


『まかせろ!! リオちゃん!! うおおおおおおおお!! 風間ハカセ、見てくれ!! イーグルハリケーン!!!』


『な、何!? 急にエアロコプターにこんな力が!? うわああああああ!!!』



「はは……」


 そうそう、この感じ。


 なぜかわからないけど、操縦者が気合を入れるとドローンのパワーがアップするんだよな。


 もっとも現実世界では、俺が叫ぼうと無改造のエアロコプターは強くならないし、金持ちが使う追加パーツもりもりのやつはやたらと強かった。


 だが、あのときはそんな現実など知らなかった。


 そして、遊ぶことがただただ楽しかった。


「俺もドローンファイターで暮らしていけないかな」


 もちろんそんな職業がこの世にないのはわかっている。


 ドローンファイターじゃなくてもいい。


 遊ぶことが仕事になり、ストレスなく暮らしていける生活。


 そんなのが実現できないかな……。


 そんな妄想にふけっていると、


「光一ぃー! お母さん、イーヨンに行くけどあんたも行くー!? 留守番してるー!?」


 1階から大きな声が響いてきた。


 ……うーむ。


 今さら親とイーヨンなんか行きたくないが、家にいて近所の人に来られても面倒くさい。


「……しばらく散歩でもしてくるか」


 俺はコートを羽織り、階段を降りていった。



 ☆★☆



 2月下旬の空気はまだ冷たかった。


 俺は通学路だった道を歩いていく。


 風の匂いが懐かしい。


「いろいろ思い出すなぁ……」


 友達とふざけあった通学路。


 先生に怒られた思い出。


 そして、日が落ちるまで遊んだ放課後。


「……ん?」


 ふと思い出した。


「そういえば……秘密基地ってどうなってるんだろ?」


 俺の家は、金はないが、山を持っている。


 おじいちゃんの代までは細々と林業を営んでおり、山から切り出した木材を出荷していた。


 俺は、その山の一角を使って、子どもだけの秘密基地を作り、友達と遊んでいたのだ。


 秘密基地の建物自体は、おじいちゃんが間伐材かんばつざいとかいういらない木材を使って建築してくれたので、かなり本格的なつくりになっていた。


 今になって考えると違法建築物だし、長らく誰も手入れしていないから荒れ放題だとは思うが……。


 俺は方向転換し、山の方へと向かう。



 ☆★☆



 友達と繰り返し登った懐かしい山道を進む。


 今ごろ、あいつら何してるのかな。


 女の子だけど、一緒に虫取りをした「おタマ」こと思川おもいがわたまき


 いつもプリティアのコンパクトを持ち歩いていた「まなみん」ことみやはらまなみ。


 本を読んでいるのが好きだった「しーちゃん」こと笹良橋ささらばし志帆しほ


 そして、「こーちゃん」と呼ばれていた俺、夏目光一の4人で遊んでいた。


 近所に男の子がいなかったとはいえ、女の子3人とよく遊んでいたものだな。


 女っ気のない今では信じられない。


「あのころが人生のピークになるとはなぁ……」


 荒れた山道を進むと、あっという間に秘密基地の跡地に着いた。


 子どもの頃には、だいぶ山を登らないとたどり着けない場所にあると認識していたが、実際はそうではなかった。


 幼いころの思い出などそんなものなのかもしれない。


「ん……?」


 違和感があった。


 秘密基地の本体は、予想どおり風雨にさらされて崩れ落ちていた。


 しかし、その入り口には、新品にも見える鉄製のドアがつけられていた。


「なんだあれ……?」


 どこかのホームレスが住むために改築した……?


 しかし、肝心の秘密基地本体は人が住めるような状態ではない。


 ドアを設置する前に天井を整えるのが素直な行動だろう。


 しかも、ドアには顔のついた太陽が細工されるなど、かなり凝ったデザインとなっている。


 森の中に不釣り合いなドアだけが、魔法でもかかったようにピンと直立している。


 ……魔法?


 ……まさか。


 ふと気づいた。


 


 よく見ると、ドアの上には薄むらさき色のモヤが蜃気楼しんきろうのように立ち昇っている。


 ニュースで見たダンジョンゲートと同じ特徴だ。


 まさか俺の家の私有地内にゲートができるとは。


 そういえば、聞いたことがある。


 数多あまたの冒険者を受け入れている宇都宮や新宿、秋葉原などのダンジョンはすべて国指定のダンジョンだ。


 だが、世の中には、そのほかにも規模の小さいダンジョンがいくつも存在しているという。


 階層の深さや、モンスターの強さなどを国が調べ、公益性の高さが認められると一般に公開される指定ダンジョンとなる。


 しかし、そうでない場合は管理は土地の所有者が行うことになる。


 なんでも、小さなプライベートダンジョンを魔法の「打ちっぱなし」として公開し、収入を得ている地主もいるとか……。


「ちょっとのぞくだけなら大丈夫かな……」


 うちのダンジョンも何かに使えるだろうか。確認したい。


 なあに、モンスターがいたらすぐに戻ればいい。


 俺は鉄製のノブに手を伸ばした。

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