凡人×現代ダンジョン×夏休みライフ=成り上がり!? 〜こどもの頃の秘密基地跡にプライベートダンジョンができました〜

渡良瀬遊

第1章 探索者人生のはじまり

第1話 会社をクビになる。実家に帰る。

「夏目、もう明日から来なくていいよ」


「え……?」


 会社の会議室で、俺――夏目光一なつめこういちは課長にクビを宣告された。


「ど、どうしてですか!? 営業成績もそんなに悪くないのに……」


 まったく思い当たるふしもない。


 すると、課長は大きくため息をついた。


「はぁ……、自分でわからねぇのがお前のダメなところだよ。思い出してみろよ、社長に言われたこと」


「社長……? もしかして、この前のおばあちゃんのことですか……?」


「当たり前だ、バカ」


「あ、あれは……」


 先日、築40年の家にひとり暮らしするおばあちゃんが、うちの会社を屋根の修理業者と間違えて訪ねてきたのだ。


 ちょうど社内にいた俺は、おばあちゃんに対し、1時間かけて「うちは修理屋じゃないよ」と丁重に説明し、最後は近場の優良業者を紹介してあげた。


 その後、俺はその対応についてひどく


「オレも社長と同じ考えだよ。本当に、お前はバカでグズで意識が低いよな。売れよ、うちの商品を。あのババアなら買っただろ。社会人として最低の仕事すらこなせないのな」


「し、しかし、あのお客様にはうちの商品は不要かと……」


 俺が反論すると、課長は急に机をバンッ!と叩き、立ち上がった。


「死ね! このクソ無能がッ!! 商品が必要かどうかは客が決めるんだよッ!! ボケたババアだろうが、明日死ぬジジイだろうが、欲しいと言わせて金を払わせるのがオレらの仕事なんだよ!!」


「…………」


「金を儲けることが正義なんだよ! テメェの給料はどこから払われてると思ってんだ! 3年も働いていまだにわかんねぇのかよ!!」


 ……俺は反論できなかった。


 気持ちとしては納得できないが、課長が言うことも会社としては正論だとわかる。


「テメェのせいでオレの査定まで下げられるんだからな!! 死ね! テメェみたいな無能はどこの会社でもやってけねェんだからな!! 社会人失格だよッ!!」


 ……存在の全否定か。


 あーあ、なんでやりたくもないことをさせられて、こんな思いしなくちゃいけないんだろ。


 急にバカらしくなってきた。


 子どもの頃、俺が思い描いていた未来はこんな下らないものじゃなかったのに。


「会社の業績もラクじゃねぇんだよ! 取れるところから取れよ!! このカスがッ!!」


「…………」


 潮時なのかもしれないな。


「……わかりました。辞めます」


 もう何もかもどうでもよくなった。もう関わるのも面倒だ。


「おう! 辞めろ辞めろ、カス!!」


 課長の罵声を背中にうけながら、俺は会議室から外に出る。


 自分の席に戻り荷物をまとめていると、同僚の井矢田がニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。


「よう、外まで聞こえてたぜ。残念だったなぁ。夏目くん」


「なんだよ、お前には関係ないだろ」


 こいつはいつも俺を小馬鹿にしてくるイヤなやつだ。


 営業成績はトップだが、客を半ばだますような形で契約に持ち込んだり、不要なオプションをつけたりするなど、あくどいことを山のようにやっている。


「明日から有給消化だろ? うらやましいなぁぁぁ。オレなんか、年始から休みもロクにとれてないからなぁぁぁ」


「知るかよ」


「つれないねぇぇ。ああ、そうだ。辞める前にこの前のババアの受付シートよこせよ。俺が立派なお客様にしてやるから」


「お、お前、あのおばあちゃんからも契約をとるつもりなのか!? あのおばあちゃんは認知症気味で、まともな判断なんかできないぞ」


「そこまでわかってて契約できないのがお前の無能さだよなぁぁぁぁ。ほら、出せよ。ま、出さないってんなら、共有ドライブからコピーすりゃいいだけなんだけどよ」


「お、お前!!」


「ハハハ、ありがとな! 最後にオレに案件を残してくれて! 最高の気分だぜ!!」


「くっ……」


 会社のデータは定期的に差分バックアップが取られている。俺がデータを消しても復元される。


「…………」


 せめてもの抵抗として、俺は井矢田に書類を渡さず、会社を後にした。


「これからも元気でなぁぁぁぁぁ!」


 井矢田の白々しい見送りの言葉がやたらとシャクにさわった。



 ☆★☆



「はぁ……」


 ブラックな勤務状況だったため、お金をつかうヒマがなく、当面の生活費くらいはある。


 しかし、都市部の高い家賃を払い続けていては、あっという間にスッカラカンになってしまうだろう。


「実家に帰るしかないか……」


 俺はテレビをつけながら、荷物をまとめていく。


『ダンジョン探索のおともに! TEPPEKIのヘルメット!』


『政府からのお知らせです。ダンジョン探索にあたっては、必ず参加者全員が講習を受けてください。やめよう、無茶な探索』


『――自分の力で、生きていく。ダンジョンチューブ』


 ダンジョン関係のCMが多いな……。


 10年前。


 突如として、世界各地に異世界につながるゲートが出現した。


 日本も例外ではなく、東京都・秋葉原駅前、京都府・平安神宮敷地内でゲートが発見された。


 その後も年に数か所ずつ新しいゲートが国により整備・公開されている。


 ゲート内の異世界は通称「ダンジョン」と呼ばれ、未知のエネルギー源である「魔石」や、いろいろなドロップアイテムなどが採取できる。


 トップランカーたちは、こうしたアイテムを売りさばき、ダンジョンからとてつもない大金を得ているらしい。


 ダンジョン発見当時、中学生だった俺も当然のごとく探索者に憧れた。


 ダンジョン内では、電気回路や火薬が使えなくなる代わりに、魔法やスキルといったファンタジー小説じみた能力が使えるようになる。


 こんな情報を聞いて、俺は心をときめかせた。


 俺も魔法を使いこなして、ダンジョンを攻略してみせる!


 そして、政府による一斉「ダンジョン適性国民検査」を受けることになったのだが――。


「……思い出すたびミジメな気分になるな」


 俺には【童心】とかいう、なんの役にも立たないクソスキルしか適性がなかった。


 そして、周囲の結果を見て愕然がくぜんとした。


 頭がいいやつには魔法関係のスキル適正があり、運動神経がいいやつには武術系のスキル適正があった。


 みんなの盛り上げ役には支援系のスキル適性があり、手先が器用なやつには生産系のスキル適性があった。


 なんてことはない、生まれつき才能があるやつは何をやってもできるというだけの話だ。


 俺が持っていたのは【童心】だけ――。


 この事実には、勉強も運動も苦手だけど「まだ何者かになれる」と信じていた俺の幼さを暴露されたような気がして、ひどくショックを受けたことを覚えている。


 もちろん俺のステータスも下の下であり、政府が定める最低基準をクリアできないため、一生大型ダンジョンには入ることすらできない……。


 ぽた……、ぽた……。


「はは……」


 手元のダンボールに水滴が落ちてきた。


 いつの間にか泣いていたらしい。


 ぽた、ぽた。


 小さいころから、ひとつひとつ、可能性を否定されながら生きてきた。


 そして、今日、あのクソ課長から社会人としての資質すら否定された。


 いまの俺には何もない。


「う、う……」


 バン!とダンボールを叩く。


「ああああああああ!!」


 涙が止まらない。


 もう嫌だ、仕事なんかしたくない。


 何をしたらいいのかわからない。


 俺だって自由に生きてみたかった。


 でも、できなかった。


「う、う……」


 ひとしきりわめいたあと、俺は実家の母親に電話を入れた。


「母さん? あのさ、今度しばらく実家に帰るから……」

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