第58話 飛ばないヒッポグリフ~納屋でストライキ~

 納屋に閉じこもり、ちっとも出てこないヒッポちゃん。

 タビー&オセロさんの訪問で人見知りを発動したのか、それとも猫幻獣のケット・シーであるオセロさんに、半分鳥であるヒッポちゃんは恐れをなして逃げてしまったのか……。


「ヒッポちゃあん、出ておいでよぅ」


 固く閉じた納屋の戸を叩き、声をかける。シーン……。反応なし。もしかしてお茶しているあいだに他に移動したのかな、と思ったけど、足元にいたピクシーのぴーが「ぴぴぴっ」だって。まだここにいるみたい。


 世話係としてずっとここで見張る?いや見守る??、まあ、ヒッポちゃんは納屋に入ったまま、ぴーが話しかけても無言で、ずっとこの状態でいるらしい。


「ちょっとわたくしが話しかけてみましょうか」


 いそいそと前に出るオセロさん。きゅきゅっと直ネクタイを整える。元々大きなケット・シーさんで二足歩行しているから、猫というより熊っぽいオセロさんだけど、「では」とぴんっと背筋を伸ばすとますます大きく見える。2mはありそう。


 それだとヒッポちゃんより大きいだろうな。あの子もすくすく育ってるけど……自分より大きな猫を見て、ますます怖がらないかなあ。心配。


「ヒッポさんヒッポさん」


 トントンとリズミカルにノックするオセロさん。


「わたくし、チョコさんのお友達のタビーさん宅で執事をしております、ケット・シーのオセロと申します。好物はニボシのクッキー、愛飲するのはマタタビ茶。日向ぼっこが日課の安全な猫幻獣でございます。けっして鳥をいたぶる趣味はありません。ご安心ください」


 聞いていてほっこりする声音で語りかけてくれるオセロさん。これならヒッポちゃんも出てきてくれるかな——と思ったけどシーンとしたままだ。ハア。


「ヒッポさんヒッポさん」


 トトンッとまたノック。


「わたくし、鳥は愛でるタイプです。空を飛ぶ鳥、尊敬に値します。タビーさんも証言してくれるでしょう。ね、わたくし、タマゴから孵化してこの方、一度も鳥を捕獲したことなんてありませんよね?」


「……そうね」


 タ、タビーさん、その間はなんですか!?


「わたくし、捕獲、してないですよね、タビーさん?」

「成獣になってからはね」


 タ、タビーさんっ。


「……わたくしにも若気の至りというものがございます。しかし鳥をいたぶる時代は終わりました。今は若いケット・シーに礼儀を教えるのが使命と心得、タビーさんと共に穏やかな生活を営んでおります」


「ええ、そうね。オセロは鳥より魚が好きだし」

「そうです。わたくし、チキンよりフィッシュ派です」

「ヒッポちゃん、せっかく来てくれたお客さんなんだし、出てきて話をしてみたら。あっ、オセロさんなら人語が話せるから、普段思っていることを通訳してもらえるかも」


「いたしますよ、通訳。わたくし、だいたいの幻獣と会話できます。そちらのピクシーさんの言うこともおおよそわかりますし」


「わあ、すごい。ねっ、ヒッポちゃん。出ておいでよ。不満があるなら聞くからさあ。ほらほらー」


 シーン……ゴトッ。


 おっ、何か動く音がした。ヒッポちゃん、出てくるかな!


「ほげっ」

「ほぅ、なるほど」

「えっ、何て言ったんですか!?」

 あの「ほげ」にどんな意味がっ。

「うーむ、そのまま表現しましょうか?」

「ぜひとも」

「おれは鳥じゃねえ」

「はい?」

「おれは鳥じゃねぇ、とのことです」


 ……鳥じゃねえ。っていうか「おれ」なんだね。そうかそうか。

 もしや反抗期かな。育ったねぇ。この前までタマゴだったのにさ。


「ほげほげ、ほげげっ」

「おれは鳥じゃねえ、だから飛ばねえ、わかったかっ。とのことです」

「ええっ」


 ガーンですよガーンっ。

 でも仕方ないです、大会があろうと、賞金が欲しかろうと、それ以前に馬にまたがり空を飛ぼうって夢があろうと、本人が嫌がっていることを無理強いはできません。


「そうか、わかったよ。ヒッポちゃんは空を飛びたくないんだね。大会はあきらめるよ。しつこく飛べって言ってごめんね」


「チョコちゃん……」


 良いんです、タビーさん。わたし、新たな幻獣、見つけます!


「ヒッポちゃんの出場は無理でも大会まで時間あるから、急いで新しい鳥類系の幻獣を探すよっ。その子とレースに出場して目指せ優勝!!」


「ほげっ」


「それは良い考えね」

「賛成です。ヒッポさんは馬成分が多いようなのであの羽ではお尻が重くて飛べないのでしょう。次にお探しになるのは、もっと確実に飛べそうな幻獣がよろしいのではないでしょうか?」


「だよね。出来たらペガサスが良いんだ、わたし。タビーさん、ペガサスのタマゴってどうやったら手に入るかなあ」


「ほ!? ほほほっ、ほげほげ!??」


「コミュニティで探してみるといいと思う。ペットショップもあるし、ブリーダーになってるプレイヤーもいるから。きっと引き取り手を探してる幻獣の情報も手に入ると思う」


「そっか、タマゴから育てるより、そっちのほうがいいかもね!」


 最近ケット・シーだと思ったらスフィンクスだった件を経験した身としては、確実性を取りたいと思います。

 念願のペガサスちゃん、わたしを空に連れてって!


「ほげえーーーーーッ!!!」


 ピロンッ♬


【ヒッポちゃんが納屋を破壊する勢いで激怒してします】


 ええっ!?


「大変なお怒りようですね。『おれをなめんじゃねええええ、飛べるしっ、ぜんぜん飛べるしっっ、ペガサスとかいらねっしっっ』と叫んでおります」


 そんなっ、ヒッポちゃん。ちょっ、ドカドカ音がするけど中で暴れてんの!? 

 納屋が! 納屋が壊れるっっっ。落ち付いてえええ!!!!

 

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