第51話 スフィンクスのママ
それでもせっかく誕生して来てくれたんだ。
出てきたのが思ったのと違うとしても。
待ちに待っていたケット・シーじゃなかったとしてもっ。
けっして「人面コワッ」みたいな台詞をうっかりこぼしてはいけない。表情にも出さないようにしなくちゃ。
キュッと唇に力を入れてなるべく感情を悟られないようにする。よく考えたら人面だとしても赤ちゃんだし……って思ったけど、あの縞々の頭巾みたいなのはしっかり被っているし、目力もアイライン効果抜きにしても濃ゆい顔立ち。あと顎。ナスみたいなのが生えてる。もしかして髭? 赤ちゃんじゃないの??
でもとりあえずインパクトが強すぎる顔面は置いとくとして、残りの胴体は猫みたいなものだ。毛色は砂色で、手足が太くむっちりしていてカワイイ。スフィンクスだからライオンか。ライオンの赤ちゃんなんて素晴らしい。わたしは猛獣使いになるんだ。
想定と違うものが誕生したとはいえ、預かった命、責任もって飼育せねばっ。立派なスフィンクスに育て上げようじゃないか、あっはっはっ!!
「ねえダーリン」
自分を鼓舞していたら、まだ肩に乗っていたサラマンダーさんが、コソコソ耳打ちしてくる。
「スフィンクスってトカゲ食べるかしら。口は人よね?」
サラマンダーさんとしたら、その点はまず重要なんだろう。
「そうですね、食べないと思いますが、胃のあたりはライオンですから、どうなんでしょう」
「ライオンちゃんって肉食よね。あたし、ヤバいかしら」
「大丈夫ですよ。相手は赤ちゃん、飲むのはミルクですって」
「そうね」
じーっと二人でスフィンクスさんを見やる。そのスフィンクスさんは、誕生してからのここ数分、ずっとウンディーネさんを凝視している。そしてウンディーネさんはというと声も出せずに壁に張り付き硬直していた。
生まれたばかりのスフィンクスの目にも、あの動くゼリー、水人間のウンディーネさんは摩訶不思議物体なんだろうか。エジプトって乾燥しているイメージだしな。あれがオアシスに見えるのかも。
……なあんて思っていたけど。
「ママ」
スフィンクスさんが喋った。「ばぶー」でも「ほげー」でもなく、「ママ」って!!
「坊や」
エッ、ウンディーネさんっ。壁に張り付いていたボディを立て直して、ぶるるんっと全身を震わせると、ウンディーネさんはわたしを見た……と思う、身体の向き的に。
「お嬢さん、えっとチョコちゃんだったかしら?」
「そ、そうです。チョコと申します」
「この坊や……その、ケット・シーじゃなかったわけだし、落胆しているようなら」
「……落胆が出てましたか?」
「とても。焦りも見えたわ、どうしよっ、ヘンなの出た、コレ飼わないといけないの?」
そ、そんな露骨に失礼ないことは思ってませんよ、か、勘繰りすぎだなあ。
「ダーリン。もしかして、もしかするかもよ」
コソッとサラマンダーさん。にじり寄って耳にくっつくほど近づく。
「ウンディーネちゃんのあの気泡のきらめきを見て。情熱に沸き立ってるわ」
「そうですか?」
気泡は湧いてますけど情熱に沸いてるんですか?
「あたしにはわかる」
硬くうなずくサラマンダーさんは真剣なトカゲ顔だ。ボディの炎もなんだか凛々しく燃えている。
「ウンディちゃん、あなた、ついに見つけたのね」
「サラちゃん。わたし、決めたわ。でもチョコちゃんが許してくれるかしら」
「えっ、何をですか?」
二人がこっちを見てくる。
戸惑うとさらなる視線を感じて。ポケットからピクシー三匹が顔を出してこっちを見上げていた。背後からも「ほげっ」とまるで背を押すような一声が。
「チョコちゃん。もしよかったら」
「は、はい」
「この子、わたしに育てさせてもらえない?」
エッ。
「ママ」
「坊や」
ウンディーネさんが進み出て、テーブルの上にいたスフィンクスさんを抱き上げる。ぎゅっと大事そうに抱き、頬を寄せた。
「ママ」
「そうよ、わたしがママよ」
するとどうだろう。ウンディーネさんの動くゼリーだったボディが、ほにょにょにょーんっと振動して姿を変えていく。現れたのは見たことないけどたぶんこんなイメージだよね、っていうクレオパトラ的な美人さんだ。
「チョコちゃん、頭を下げるわ。絶対責任もって育てるから、わたしをこの子のママにならせて」
「ダーリン、あたしからも頼むわ。ウンディちゃんの情熱を応援してあげて欲しいのよ」
「ほげっ」
「ぴっ」「くっ」「しー!」
いや、そんな全員で言ってこなくても。
そりゃあレア幻獣かもしれませんが……。
「どうぞどうぞ。ママって言ってますし、本人の望みでもあるんで。そうでしょ、スフィンクスさん?」
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