第46話 オナラじゃなかった

 しくしくしく……

 ひっく、ひっく

 しくしくしく……


「あのー、バンシーさん? いらっしゃいますかー?」


 夜空に星はあるけれど、今夜の月は目立たないらしく。薄暗い中、そおっと露天風呂に近づく。泣き声はするけど、声をかけても返事はなし。うーん、困ったなあ。ちょっと不気味になってきた。


 ポケットの中にいるピクシーのしーを布越しにそっと押さえる。生き物の存在を感じると少し落ちついた。


 しかし一緒に付いて来てくれていたはずのぴーとくー、そしてヒッポちゃんは、風呂から聞こえてくる泣き声に怯えたのか、脱衣場の戸口から動こうとしないんだよね。ねえ、ちょっと一緒に来てよー。


『……ううっ、悲しい。泣ける。悲しすぎる』


 おおぅ、しっかり声が聞こえた。こ、怖い。バンシーさん、落ち着いてきたのか、泣きつかれも休憩できたのか。嗚咽はなくなってブツブツ話し始めてる。


 でもなあ、誰もいるようには見えないんだよねぇ。暗いなあ。どこにいるんですかー? ……ハア、仕方ない。


 ウインドウを開き、ショップを見る。オシャレなランプに目がいったけど、お高めの値段だったから、最安値の懐中電灯にして。パッとライト、オン!


 ぼわんぼわん……ぶくぶく。


「?」


 見間違いかな。ライトを露天風呂の水面に当てる。ぼわんぼわん……ぶくぶく。やっぱり!


「オナラしてる!!」


 って、またノームのおじいちゃん——は、帰ったし、いないよね。バンシーさん、お風呂入ってるの? 勝手にもー、どいつもこいつも。


 懐中電灯で水面の端から端まで照らしていく。でも不思議。誰もいない。

 だけど。


 ぼわんぼわん……ぶくぶく。


「またっ」


 大きな気泡が水面まで上ってきて弾けていく。だ、誰か潜ってるのかな? ば、バンシーさん?


『ひどいわ、オナラなんて。悲しい。つらい。オナラじゃないのに』


 ぐすんっぐすんっ。

 う、うう、うわあああああんっっ!!


 ヤバい、また大声で泣きはじめた。後ずさりするとボヨンとしたものが背中にあたる。わっ!!……って、ヒッポちゃんか。


「ほげー」

「ぴぴっ」「くー?」


 ピクシーたちもいるね。さすがに様子が気になって戸口から出てきたか。っていうか、ヒッポちゃんの鷲頭のてっぺんに二人ともしがみついてる。何それ、しーは噛むおもちゃになってたのに、あんたたちはずいぶん良いご身分してるのね。


 しーが気の毒だわ……って、また、ぼわんぼわんぶくぶくだっ。


「バンシーさん? そろそろ顔出さないと息苦しいのでは?」


『……ぶくぶく。わたしオナラじゃないのに』


 まさか。泣いてる理由ってオナラって言ったから?

 もしかしてノームのおじいちゃんの時もそうだったの? それが理由??


「ごめんなさい。バンシーさんが潜ってるとは知らなくて。てっきりノームのおじいちゃんの仕業だと……」


 ノームの真っ赤になって否定してたもんね。てっきり恥ずかしがって誤魔化してんだと思ったけど、冤罪だったか。


『わたし、バンシーじゃない』

「ん?」

『バンシーじゃないし。どうしてバンシー?』


 しくしくしく……って、あちゃー、また泣きはじめちゃった。露天風呂の水面では、ぼわんぼわんぶくぶくっと気泡が弾けていく。


『オナラじゃないし。バンシーでもないのに……』

「す、すみません。泣き声でバンシーさんなんだと思い込んでしまいました」


 っていうか、この人?か何かしらないけど、泣いてるのってわたしのせい?

 ええー……、いやオナラと間違えたのは申し訳ないけど、人んちの露天風呂に勝手に潜ってたらそりゃあわからないっていうか、そっちが悪いっていうか……。


『つらい、かなしい。傷ついた、胸がいたい』

「申し訳ございませんでした」


 直角90度で腰を折る。隣ではピクシーたちもヒッポちゃんの頭上で土下座してた。……ヒッポちゃんは「ほげー」と片側の蹄に体重かけてダルそうにしてるけど。


 ともかく。いろいろ思うことはありますが。

 とりあえず謝りますんで、潜ってないで出てきてくれます?

 のぼせますよ、っていうか、呼吸どうなってんの? 

 バンシーじゃないなら、もしかして……人魚?

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