ロリ部長と最後の夏休み

松本まつすけ

8月 9日:緊急招集と嘘

 こんなにも暑い日だというのに、夏休みもど真ん中だというのに、部活動だとかで我らが部長から鬼電による呼び出しを食らってしまったのは実に遺憾である。


 今頃冷房のガンガン効いた部屋の中で配信サイト三昧だったかもしれないと思うと許せないという気持ちがふつふつと湧き上がってくるというもの。

 だからといって「緊急事態だ!」とあれだけ急かされて無視などできようか。


 そして、私は悲しくもブレザーに着替えて校舎前までとぼとぼとやってきていた。

 普段が普段、部屋着が下着みたいな夏を満喫していたせいもあって、スカートすら暑く感じてしまうのは人間として退化してしまっている気がしないでもない。


 立っているだけで汗がだくだくと流れ、アスファルトにポタリと落ちてくる。

 大した染みになることなく、見ている間に乾いてしまう始末だ。


 このままでは私までもカラッカラに干からびて骨すらも残さず消えてしまいそう。呼び出した部長本人は一体いつ現れるというのだろう。


「やあ、美紅さん、早いね。準備してたんだよ。あはは」


 酷く小柄で中学生と見間違えるような、なんなら小学生と間違えられたこともあるそんな部長がにこやかに登場してきた。本当にこの人は高校三年生なのだろうか。

 まあ、そんな些末な疑問よりも、今は優先すべき事項がある。


「部長、突然の緊急の招集って一体なんですか。あんだけの通知ラッシュってことはよっぽどのことなんでしょうね?」

「うむ、そのことなんだがね。部活というのはだね――」


 ロリロリ顔でニヤケ面を見せる部長。もう既に嫌な予感がしてならない。


「真っ赤な噓なんだ」

「はぁ……」


 どうツッコミを入れていいのやら分からない。

 何がどう嘘だというのかを聞く気力もないくらいだ。


「折角の夏休みだからみんなでパァーっと遊ぼうと思ってね!」


 だったら最初からそのように連絡してくれればいいものを。あれだけ急かすように電話もチャットアプリも「早く早く」と「急いで急いで」と連打しておいて。


「じゃあ、何処か行くんですか? まだ部員全員集合してないんですけど」

「ああ、他の部員はキャンセルだって。だから美紅さんだけ」


 あんな迷惑な連絡ボカボカと入れられたらキャンセルする方が当たり前か。

 逆に私はなんで来てしまったのだろう。


「で、場所は?」

「部室だよ、部室。こんな災害級の暑さの下を出歩いたら命にかかわるよ」


 だったらこの災害級の中で部員を呼ぶなよ、と強く言いたい。許すまじロリ部長。こんないい顔してるからみんななんやかんや許しちゃうんだけどさ。

 私はもう三年も付き合ってるからそろそろ限界突破してしまいそうだ。


「エアコン直ったんでしたっけ?」

「夏休み始まってすぐ、部費のあまりぶち込んで修理しておいたよ。えへへ」


 ほぅら、またこの顔よ。みんなこの顔で悪ふざけもなんでも許しちゃうんだから。普通は夏休みに部活使う用事なんてないから直すタイミング狂ってるんだけど。


「さぁさ、こんなとこにいたら溶けちゃうよ。部室に避難しよう」

「へいへい」


 この無邪気っぷりを傍から見れば、本当に小学生並みのピュアオーラを放ってる。さすがに私もここからとんぼ帰りするのも勘弁被りたい。

 仕方なく、あくまで仕方なく、私は部室へと向かうのであった。


 ※ ※ ※


 汗が一瞬で引っ込むような冷気が身体を包み込んでいく。

 どうしてこういう場面で生き返るという言葉が使われるのか、今は理解できる。


 私たちの部活は何かといえば文芸部という名の付いたマンガアニメ同好会である。旧校舎の図書室の準備室が余ったので部室として使わせてもらっている。


 図書室の中身は全部新校舎に移動したので空っぽの本棚があるだけの部屋だったが今となってはマンガ本とアニメ観る専用のチューナー無しテレビが置いてあるというオタク部屋と化している。


「暑かったっしょ? 色々と用意しておいたからくつろいでよ」


 そういって部長はお盆の上にきびだんごを乗っけて持ってきた。

 ぷるんぷるんのもっちもちとした見た目だけで何故か食欲がそそられる。

 色も味もとりどりだが、市販ではないことを私は知っている。部長の手作りだ。


「ちょっと量が多くないですか?」

「だって美紅さん以外にも来ると思ってたんで」


 山盛りのきびだんごを見ればまあそうなんだろうなというのは伝わる。

 さっき言っていた準備というのはこれのことだろう。また家庭科室を借りて一人でコツコツと作っていた様子が目に浮かぶようだ。


「大体、みんなで遊ぶったって、いつもの部活じゃないですか」

「そんなこたぁないよ。エアコンも直ったしさ、新しい本も仕入れたんだよ」


 だったらなおのこと、あんな真っ赤な噓をつく必要もなかったのでは。

 みんなできびだんご食べながらマンガ読んでアニメ見るだけで十分じゃないか。


 何が緊急事態だ。何か緊急招集だ。頭の上からストーブを突きつけられてるような猛暑の中、学校に行く方がよっぽど緊急事態だ。


「といいますか部長。ちゃんと部費は足りているんでしょうね。変な使い方してたら先生からまたギャンギャン怒られますよ」


 いくら来年卒業だからといって大盤振る舞いするわけにもいかない。

 来年は後輩たちがこの部活を引き継いでいくのだから。


「分かってるって。部費はエアコン修理にぶっぱしたけどバイト代で補填したから。もちろん、新しい本もバイトから出してるよ」

「よくそんな金ありましたね」

「なんというか話すと長いんだけどこの暑さでバイトばっくれたのが何人かいてね、おかげで白羽の矢がたっちゃったもので、先月二倍シフト入れてたのよ」


 全容短いよ。だとしても貯金しようよ。本当見た目のまんま子供っぽい部長だ。


「はぁ……、まあ、体壊してないならいいですけど」

「もう一度部員に招集かけようかな」

「今度は嘘つかないでちゃんと呼んでくださいよ。鬼電はウザいだけなんで」


 エアコンに冷やされて、美味しいきびだんごを頬張ったら、許せない気持ちも少しスゥーッと引いてきたような気はする。まあ、許せないけど。


「あ、そうそう、ゲームも買ったんだ。テレビに繋いだらみんなと遊べる奴ね」


 ま、許してもいっかな。

 こうして、こんな無邪気なロリ顔にまた私は流されてしまうのだった。

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