⑥  ユニローグと本能・エシド





 ぺたぺたぺた。


 靴を履く習慣のないキペには暗足部の消音底の柔らかすぎる感触も、濡れてぬちゃぬちゃになる感触も初めてだった。


「おーい、リドミコー。あぁ、なんか足がふにゅふにゅするなぁ・・・

 あ、リドミコっ! どうしたの、みんな心配してるよ? 特にアヒオさんが。」


 裸足で歩くリドミコの濡れた足跡を追って薄暗い神殿を進むと、壁の前で佇んでいる小さな影を見つける。


 キペは不快な靴を引き摺るようにしてその影に駆け寄ると―――


「・・・。確かキペといったか、ハウルドの男。」


 びくっ、となって振り返り話し始めたリドミコを覗き見る。

 今までのように目は閉ざしたままだったが、とにかく、びっくりだった。


「リ、ドミコ? しゃべれるの? え、え? あ、どうしよう、アヒオさんに教えなきゃ。」


 あたふたしちゃって変な所に気を配る。

 確かにリドミコがしゃべれるようになって一番に喜ぶのはアヒオだった。


「・・・リドミコ?・・・ああ、この巫女のハウルドの名前か。なるほど、いろいろワケありな娘のようだな。」


 なおも落ち着き払ってキペを見上げながら話すリドミコ。


「え? あの、どうしちゃったのリドミコ。なんかこう、雰囲気が違うような。」


 勘の鈍いキペもそこでようやく気付いてくれる。


「お前も来るか? どうやらその目的でここへ来たわけではないらしいが。」


 そう呟くと、ぽかんとなるキペを置いてリドミコは壁を手で確かめながら右奥の暗がりへと進んでいってしまう。突然の出来事に戸惑うキペは何をどうするなど考えられないままその後をついていった。


「ね、リドミコ。・・・きみ、本当にリドミコなの?・・・ねえっ!」


 だんだん恐くなってきたキペは語気を強めて詰め寄る。神殿の中の湿った沈黙はその不安を煽るように肌にまつわりついて離れなかった。


「ん? お前はハウルドでは・・・まさか・・・

 いやしかし、そんな細工ができるなど「いれぐら」か語り部くらい・・・よもやメタローグが直々に手を下すはずもないしな。思い過ごしか。」


 立ち止まり口を開いてもそれは意味不明なことばかりだった。

 リドミコの話し方など知らなかったキペとはいえ、あの人懐っこくニコニコ笑顔を振りまいていた少女の正体とはとても思えない。


「何を言ってるの? ねえ、きみは誰な――――」


 どっかーんっ!


「な、え? 何?」


 ぐごごご、とそこで神殿自体が身震いする程の衝撃が正面入り口あたりから轟いてくる。

 たぶん、ニポだろうとキペは思う。


 そこへ。


「んリドぉぉぉぉぉっ!」

「んチペぇぇぇぇぇっ!」

「んカネェェェェェっ!」


 最後のはダイーダだ。


「みんなー、こっちーっ!」


 とりあえずリドミコは置いて正面から一直線に行った突き当りの壁まで戻ってキペは皆を呼ぶ。


「うおおっ、キペっ、リドはど、こだっ!」


 体の痺れもへったくれもなくなったアヒオが火の玉のように飛んでくる。ただ、顔は真っ青なままだった。


「それが・・・」


「おふん、チペ。なんであんたは無傷なんだ?・・・まあいいや、とりあえず調査するよ。」


 エレゼにおんぶされながらヘトヘトになったニポがキペに目をやる。そしてキペの無事を確認したからか、安堵のため息をひとつこぼして完全にエレゼの背中に体を預けた。


「あれ、元気そうですねキペさん。なにはともあれよかったです。」


 それらを追いかけてきたシクロロンとダイーダ、ヤアカ、サムラキが続く。


「そうだね、僕も大丈夫みたい。・・・えと、なんかおっきい音がしたけど、いいのかな。」


 ニポたちに言われて健康極まりない体調に気づいた。

 あの屈強なアヒオも跪いた《膜》の影響を自分たちはまるで受けなかったらしい。


「入り口、が狭いってん、でぶっ壊してきたんだ。それよりキペ、リドはどこだ?」


 そうだ、そのことを言わなきゃ、と思い手招きして右奥に続く回廊を急ぐ。


 そしてリドミコを見つけると、


「リドぉっ!」


 むぎゅうん、と飛びついて抱きつくアヒオ。病傷人とはとても思えない。


「アヒオさん、あの、リドミコが・・・」


 ううん、もうそんなんどうだっていいべした、とでも言いたげに頬ずりするアヒオに、笑みを浮かべないリドミコが声を発する。


「どうやって《膜》を抜けてきたのかは知らないが、これはこれでおもしろいな。」


 キペには見えなかったが、その声を聞いたアヒオの瞳は線になっていた。


「誰だ、おまえ。」


 どこをどう見てもリドミコだったものの、声のあるなしに関わらずそれはリドミコとは違う存在だった。


「この巫女はどうも目だけは開けたくないらしいのでな、誰が誰なのかはまだ感覚として掴めないが、お前がアヒオか。このハウルドの巫女がずいぶん世話になったようだな。」


 そこでアヒオたちに追いついたエレゼの背中のニポが、びくんとなって再び目を覚ます。


「やい、ちびっこっ! なんだかまだ要領得ないけどさ、あんた何か隠してるだろっ!

《オールド・ハート》は何を意味してるんだいっ? あんたとウチのチペが《膜》を無害化したのも何か関係あるんだろっ?」


 しょっぱなから畳み掛けるニポ。しかし相応の思索はあったらしく、その疑問には場当たり的な要素は微塵もなかった。


「あわわ、ニポまでわかんないこと言って。えと、それよりリドミコがなんだかさっきから変なんですよ。ハウルドがどう、とか語り部がどう、とか。」


 エレゼの耳元でがなり立てるニポに泣きつくキペを差し置き、リドミコはついてくるよう指で促し再び奥へと歩き出す。

 天井や壁から注ぐわずかばかりの陽の灯りではその表情までは読み解けなかった。


「ったく、だから今それを訊いてるんだよチペっ! 

 ダジュボイじーさんの言ってた「ハウルドの傷」ってのがずっと引っかかってたんだ。村へ行く途中、辞書で調べてやっとわかったんだよ。


 チペ、あんたにもある《オールド・ハート》ってのが「古の傷跡」なんて誤訳されてたから誰もそれを信じて疑わなかったんだ。んでも発音じゃなくて表記で考えれば別の翻訳ができるんだよ。」


 そして人差し指をぴんと立てて偉そうにニポは解説を始める。

 錘絃を担いで旅をすることに慣れていたはずのエレゼは一人、その陰で真剣に苦しんでいた。


「なるほどっ、表記上「ハウルド・ハート」になるものも発音上は「オールド・ハート」になりえますなっ!

 神代文字での「ハート」の綴りは「心」の意味しかないですが、神代文字を基礎にした上代文字では綴りが違う「傷」も同じ発音です。そして「h」音は後記の翻訳本でも発音する場合としない場合がありますから「ハウルド」を「オールド」と耳で聞けば、先天的な症状を「古い」と、そして体に現れる斑を「傷」と解釈し、ハートを「傷」として「古い傷跡」などと誤訳されてもおかしくない、と。

 してみると本来の神代文字で翻訳すれば・・・」


 言語に関してほぼ無関心のキペ以下数名はニポとヤアカの間に飛び交う言葉をただただぼんやりと眺めている。エレゼはといえば「重いから下りて」の一言を呑み下すので手一杯だった。


「意味はよくわかんないけどねえ、「心の扉」とかってそんなトコじゃないのかい。そしてそれはたぶん、ただの斑の呼称じゃない。」


 ぽにゅぽにゅと相変わらず可愛らしい足音で進むリドミコがそこで、ふっと立ち止まる。

 高い天井のその一角は実に殺風景だったが、壁面には文字の書き連ねられた石碑の板が部屋をぐるりと囲んでいた。


「たどたどしいところもあるが、まあ正解といっ――――」

「どにゃーっ! こ、これは古代文字の総出演じゃないのさっ! ほら、ちょ、学者、これなんか伝説のやけっぱちパングラム「イロホータ」じゃないかい?」

「ひゃっほう、これはすごい。保存状態が尋常じゃないですな。はっはっは、こんなところではダブレット遊びの落書きが見られますよお譲さん。」


 あははははー、あははははーとそのまま二人はお花畑か常夏のビーチにでも駆け出して愛を育みそうな雰囲気に包まれてゆく。ちょっと口惜しいキペだったがといってかかずらいたくはないので陽気に無視した。


「あの、リドミコ? きみの背中のその跡はえと、僕にもあるみたいだけど、その、何? それときみが変わってしまったことにどんな関係があるの?」


 ニポとヤアカはまだ浮かれているので話を先に進めるキペ。

 磁石のようにくっついて離れなかったアヒオも、今は距離を置いてその返答を待った。


「その前に尋ねたいのだがなハウルドのキペ、やはり会っていないのか? どうにも胸騒ぎがする。」


 何をどう疑われているのかさえさっぱりながらも、答えが欲しくてキペは口を開く。


「あの、えと、わかりません。語り部なんてそもそも何なのかもよく・・・アヒオさん、大丈夫です?」


 ニポほど元気になれなくなったアヒオは壁に寄りかかり、シクロロンに肩を借りた。


「ああ・・・だが、何を言ってんのかまるでわからないな、うっく。」


 尋ねなければならないことが突如群れとなって襲いかかってきたような心境だ。毒の抜けていない体では立ち眩みも仕方なかった。


「お兄さまはあまり動かないでくだ・・・え? 語り部、って・・・メタローグの意思を継ぐ者のことですよね? 


 慣例では古来種のヒトがその役について各地に言葉を伝える、とかって聞いたことがあります。


『ファウナ』がメタローグのひとり、大白樹ハイミンを掌中に収めたのも語り部を探し出すより、あるいはファウナ系メタローグの大白狼サイウンを見つけ出すより手っ取り早くユニローグに近づけるからだ、と。」


 アヒオを座らせ背中をさするシクロロンが間に入る。


「うおう、『ファウナ』事情に詳しいお嬢さんだなや。今度情報を分けてほしいもんだに。それよりも遺跡に眠るお宝はどこだなや? まずはそれが先なんだに。」


 ただでさえややこしいのに財宝の話で混ぜっ返すものだからキペの頭脳は崩壊寸前だ。


「貨幣価値のあるものにしろユニローグにしろ、には存在しない。それにまず菌界に護られているとはいえ、こんな場所ではあまりに無防備すぎるとは思わないか?

 大事なものなら「護られるべくして護られている」と考えるのが道理というものだ。」


 ふふ、とリドミコは不敵に笑んで体を確かめるように歩き出す。謎の数をかぞえるだけで指がいっぱいになりそうだ。


「おい待て。まだキペの問いには答えてないぞ。」


 横たわるのが嫌なのか、青ざめながらも上体を起こしたまま壁にもたれるアヒオが声を飛ばす。

 謎かけのようなやりとりを経てなお、その疑問はまだ払拭されていなかった。


「尋ねる相手を間違えているようだ、ハチウのアヒオ。

 ふぅ・・・なぜそこまで頑なに正体を明かそうとしないのだ、〝音〟を違える者。」


 子どもの声とは思えない低くくぐもった声で言葉を投げかけた先で、ニポが壁際に下ろされる。


「あは、やっぱりバレてたんだねぇ。・・・もうちょっと様子を見たかったんだけどなぁ。」


 すむ、すむ、と不思議な足音を滲ませてエレゼがリドミコに近づく。


「エレゼさん?・・・どういう、ことなんですか?」


 出会いから何から、思い起こせば不思議なことがいくつもあった男だ。

 その全てを偶然や成り行きと曖昧にかわしていたことがこの瞬間への懐疑の道を閉ざしていた。


「えー、話すと長くなっちゃうよキペくーん? もうとりあえず一回『ファウナ』の足取りとかに場面展開した方が気持ちが切り替わっていいんじゃないかな、ってくらい長いよ?」


 一部聞き取れなかったが、ケツのフェイドアウトが面倒だということで続ける。


「構いません。ケツのフェイドアウトが面倒ですから。」


 というわけでとりあえず皆あっちの方を向いて聞こえないことにする。


「うーん。といってもどこから話せばいいやら。ユニローグは知ってるのかな?」


 ちょっと手ぇ貸して、とヤアカに掴まりその傍まで歩くニポがキペの代わりにそれに答える。


「詳しくは知らないけどさ、《統一神話》のことだろう?

 開闢以来創世の歴史を記したもの、あるいはそれを知る者、だったっけ?

 そしてそれに続く道をいくつかに分け携えているとされるのが大白樹ハイミンをはじめとした「世界の四冊本・メタローグ」だとか。


 ただ、大白樹ハイミンの他はファウナ系だから姿を見せることなんかほとんどありゃしない。目立つほど大きいって話だけど、寿命もあるしねえ、とうに絶えたとも伝えられてるから真偽の程はあたいも知らない。」


 やはり素性を隠していたことを訝っているのだろう、ニポはエレゼから離れて今度はキペに肩を回した。


「そんなところだねぇ。それに続きを加えるならロロンちゃんの言ったとおり、メタローグの意思を伝える語り部が存在するってところかなぁ。


 多くの時代では『ヲメデ党』党首にして三神徒であったモクくんのような、あるいはそこにいるサムラキくんのような古来種がそれを継承してきたんだよ。


 でもね、古来種はたとえば聖都を見渡せばわかるだろうけど、もうほとんど絶滅してしまったんだ。理由の中には悲しいものもあるけど自然の淘汰と考えていいだろう。」


 エレゼは、その実年齢はわからないものの決しておじいさんという姿ではなかった。

 そんな三十、四十からまりの男だったが、その寂寥のまなざしは歴史を物語れるほどに深く憂いを湛えていた。


「そんな中であなたが選ばれた、ということですか?」


 キペには理解できないそれらを、今はひとつひとつを飲み込むしかないようだ。


「うん。ボクは大白狼サイウンの意思を継いだ者。

 今はまだ細かいことは言えないけど、その使命の中でキペくん、きみに出会うことになった。そしてニポちゃん、にもね。」


 解った、とは言い切れないながら、エレゼの素性の一片が見られただけでもその奥行きに目が眩んでしまう。


「おまえさんが旅の楽器弾きってんじゃないのはわかった。キペにおまえさんが語り部であることを伏せていたことも、まだなんか隠してるってのも咎めない。

 だから頼む、説明してくれ。リドはどうなったんだ?」


 ただひとつの疑問。

 切望にも似た目が、怒ることも悲しむこともできずに焦点を探していた。


「わかったよアヒオくん。

 ふぅ。・・・さて、ボクたちはヒトというものが「七つの人種に分けられる」と認識しているはずだ。ユクジモ、シム、ホニウ、ハチウ、ローセイ、チヨー、ギヨに。

 でも、もうひとつあるんだ。名前を持たない「見えざる者」と呼ばれる種族が。


 彼らはボクらのように手足も持たなければ顔も頭も無い。しかし彼らは言葉を持つボクら「ヒト」とは異なる形で言葉や意志を持っている。

 今のボクたちでは鵜呑みにするしかない、体の芯の中に組み込まれた「エシド」という本能に命を委ねる者たちなんだよ。」


 言葉に出して説明するたび、エレゼは悲しそうに微笑んで静聴を促した。

 キペがその意味を知るのはもう少し先のことになるだろう。


「それって、菌類や微菌類などのことですか?・・・はっ! じゃ、じゃあ、《オールド・ハート》は第八の人種に寄生された反応ってことですか? 

 見えざる者って、顔も手足もないって、そういうことですよね? 


 そして原種とでも言えるような古来種であるは、リドミコちゃんの中にいる第八人種は、生まれながらにして語り部である、と。」


 鋭く切り込むシクロロンの一言でキペの頭もさすがに醒める。


 つまりそれは、《オールド・ハート》を持つ自分もまたリドミコのようになってしまう、ということを意味していたから。


「キペくん、キミは心配いらないよ。ロロンちゃんのは半分だけしか当たっていないから。

 第八人種が外の《膜》のようなひとつひとつが目に見えない存在であるところは正解。


 ただ、《オールド・ハート》についてと生まれながらに語り部、ってトコはちょっと違う。これはこんがらがっちゃうからまたにしようねぇ。


 で、アヒオくん。簡潔に答えるならばたぶん、そこにいるのは第八人種の語り部だね。」


 そう、素っ気なく答えが言い渡される。

 だがその分だけ不安は複雑に絡み合う。


「・・・じゃあ、リドは?・・・リドはっ、どうなるんだっ!」


 真っ青から真っ赤になるアヒオ。

 たとえその命を燃やし尽くしてもまだ吠えたりなかった。


「ずいぶん切り捨てて説明したものだな、サイウンの語り部。まあ詳細まで一度に解説したところで理解が得られるかは甚だ疑わしいがな。

 安心しろ、ハチウのアヒオ。我々が休眠する間は意識をこの巫女に委ねることになる。記憶や思考活動を我々が支配することもあるが、間借りしているようなものだからな、乗っ取るのが目的ではない。そして我々のエシドが達成すれば自己消滅するよう組み込まれている。」


 安心していいのか判らないキペとアヒオはエレゼを見遣る。

 もはやいま置かれている状況を把握することもままならなかった。


「えっとねぇ、使命を果たせばいなくなるって。それにリドミコちゃんの人格自体は失われるわけじゃないってさ。」


 とにかくリドミコは無事だ、ということなのでやっとため息がつける。


「それとハチウのアヒオ、これだけは言っておく。我々はこの巫女の中にある記憶を繋いで言葉に代え、経験を引きずり出して事象に備える。個体の人格が抑え込んだ記憶であっても我々にとっては例外ではない。

 こう警告できるのも、我々が既にこの巫女の記憶に干渉しているから――――」

「リドに伝えてみろ。おまえを引っぱり出して噛み殺してやる。」


 そうリドミコに詰め寄る姿は初めて出会ったその場面のようだった。


「・・・無論だ。無益な言動や行動でエシド成就を阻む愚かなことはしない。ただ、我々はそういう存在なのだと言っておきたかったのだ。」


 誰の目にも初めてとなるアヒオとリドミコの睨み合いに決着をみると、そこへ今までずっと黙っていた者が言葉を発した。


「ほしのきのこがめざすのは、ひのきのたねか?」


 ナナバの村のローセイ人たちと大きく違わない外見の古来種の男は、感情の伴わない声でそう尋ねる。


「語り部の末裔か何かか、ローセイのサムラキ。月星信仰の古い言葉なのだろうな。まぁそんなところだ。

 だがそれを知ってどうする? 古来種ゆえなのかは解らんが〈時の契約〉の呪縛から逃れられるとは限らんぞ。語り部の我々であっても手を貸すことさえできん。桎梏の者たるそこのハウルドのキペですら希望となるかどうか。」


 幼く思えるサムラキにもその意味は理解できたらしく、残念そうに目を落とした。

 ただ、その問答に呼び起こされる疑問がひとつキペに浮かんでくる。


「ちょ、ちょっと待ってリドミコ。・・・いや、エレゼさんもだ。

 エレゼさん、カミンの町で会ったとき僕を同じように呼びましたよね、「桎梏の者」って。いったい何のことですか? 


 それにあなたもダジュボイさんとの会話の中で「キノケイヤク」について耳にしていたはずです。・・・本当は知っていたんですね、〈契約〉についても。」


 うーん、と唸るエレゼは助け舟を求めるようリドミコへ目を遣るも、つれない返事が鼻息で返されるだけだった。その説明はお前の仕事だ、とでも言うように。


「なんだチペ、あんたまさか〈契約〉してたってのかい?」


 訝るのではなく案じての言葉だ。


「わかんない。でも、儀式のようなことはしたことがあるんだ。ずっと前だけど[打鉄]の見習いになる時に。真正の鉄打ちになったらなったでまたやるらしいし・・・


 ともあれはっきり言えないんだけど、僕とリドミコに共通してるのは《オールド・ハート》でしょう?

 そして二人の語り部が同じ名前で、たぶん僕のことを呼んだから。何か関係があるんじゃないかなって。」


 キペにしては上出来な設問だった。だがだからこそ虫の食ったような謎が明かされなければその先へ進むことはできない。


「なるほどね。やい語り部、あんたそろそろ全部話したらどうなんだい。あたいはあんたなんか信じてやんないけどね、このままダラダラとあんたらの手の上で踊るのはまっぴらなんだよっ!」


 まだめまいがするのか、キペの左肩をむんずと掴んで言い放つ。

 そんなニポを支えてあげたいキペはキペで痛む左肩をいたわるだけだった。


「気が合うな、露出女。おれもだエレゼ。置かれた状況を知らなかったが故に一度エラい目に遭ってるんでな。説明してもらおうか。」


 シクロロンやダイーダ、ヤアカもそれに同調する。

 危険を察知したというより、やはり腑に落ちないまま主導されるのが気に入らないのだ。


 そして語り部・エレゼは言葉を紡いでいく。

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