ものがたり 3

山井 

第三章 未知と既知  ① モクとろぼ





 聖都オウキィを北に進んだ山間に、それはヒトの声と物の音とを包んで佇んでいた。


 これほど大規模な建造物を築き多くの労働力を駆使できる組織など統府しかないところだが、それは同様に一人の男の指示によっても叶うことを意味している。


「見ての通り躯体部は八割がた製造できています。問題は動力である「伝気えなぎ」をどう組み込み、そして〔こあ〕からどう引き出すか、なのですよ。」


 ロウツ教皇その人は雑務と、息抜きなのか趣味なのかわからない「所要」での遠出で足を運ぶことができなかった。その代わりに腹心のチヨー人が『特任室』の研究所兼実験製造所へと遣わされていたようだ。


 他方その隣を歩く小柄な古来種の老ユクジモ人は案内される施設の充実ぶりに目を奪われるばかりだった。


「ほぉー。のぅ、あれは高炉かの?」


 低い屋根の続くずっと奥に真っ赤な火の覗く石積み高炉が半裸の男たちに見守られている。躯体部の形成や調整に携わっているこれらの労働者もきっと、教皇の一声で呼びつけられた者たちなのだろう。


「ええ。窯元を呼んで作らせました。やはり餅は餅屋ですね、土焼より高温を要する高炉を失敗なく短期間で建ててくれましたよ。大きさも性能も安全性も申し分ない。」


 そうして息を合わせて部品を運ぶ者や指示を飛ばす者たちを過ぎ、少し離れた小屋へとミクミズ族の老翁はかつて「知の神徒」と呼ばれた男を促した。


 がざん。


「お待ちしていました、モク殿。」


 引き戸を開けると、そこでは各分野の学者が大きなテーブルに就いて入ってきた二人に目を向けている。テーブルの中央では上等な座布団に載せられた〔こあ〕がきらきらと輝いていた。


「ふん。それより頼んでおいた〔れけぷてる〕はどうなったかの? あれがなけりゃ〔こあ〕の説明もへったくれもないわい。」


 まだふて腐れてはいたものの、神徒の中でも学術に長けていたモクとしては興奮を禁じえないものだった。

 これだけ人材も設備も揃っている場所でもう一度〔ろぼ〕が作れるとなれば、それは学者としての側面を持つモクにとってまたとない好機だから。


「はい、これに。しかしこのような物に〔こあ〕を据えて駆動するのでしょうか。我々にはこの〔れけぷてる〕が必要だということすら分からなかったものですから、その、解説をしていただかないと・・・」


 透き石のような硬材に包まれた球体の〔こあ〕を、三片で支えるそのバファ鉄の装置がどう関係するのかはク=ア学者でなくとも興味を抱くところだろう。


「だからその説明をするために来たんだというに。ウルア、おぬし「伝気えなぎ」については話しておいたかの? あ、そ。簡単に言えば動力のことだの。

 で、その動力を発生させるのが〔こあ〕であり、無駄なく伝えるのが精製し純度を上げた常温超伝導物質「バファ鉄」の〔れけぷてる〕なのだ。そんなことも分からずにロウツのアホウは〔こあ〕ばかり欲しがりおって。


 そして加えておくがの、〔こあ〕は生き物だ。変な気を起こして解体しようものなら取り返しがつかなくなるのでの。無論さすがのワシとて〔こあ〕を再現することはできんから気をつけるのだぞ。」


 学者たちにはもうそれだけで衝撃だった。


〔こあ〕が生き物、ということが比喩でないのはモクの言葉であるだけに疑う余地はない。


「概要は理解しましたモク殿。しかしその、もう少し仕組みの詳細を説明いただけないでしょうかな?」


 それだけにこの小さな球体がこれから出来上がる巨大な金属の人形を動かす、という確信に近い予測は学問に生きてきた者たちをひたすらに昂ぶらせてしまうものだった。


「・・・ま、そうなるの。ウルア、なんか書くものあるかの。あ、ありがと。での、えーと・・・」


 そう言ってモクは白い石版に膠で固めた炭練り棒で〔こあ〕の解剖図を描きはじめる。その分解図も実に分かりやすい三次元の描き方だったためいちいち学者たちは感動してしまう。

 そうして別に覚えなくても物語に不都合のない説明がはじまった。


「――――とまあ構造と名称はこんなトコだの。

 中央にある大雷核が共鳴信号を認識して赤王体並びに回扇体に生殖・運動開始の刺激を送るのだ。すると回扇体は胞滑液内から養分を、また内膜皮・外殻皮を貫通している伝筒体を通じて外界より空気を摂取し「えなぎ」に変換、そして胞滑液内に供給し〔こあ〕内部細胞に分配させ活性化を促すんだの。

 で、赤王体は伝筒体から挿入されるバファ鉄を触媒としてえなぎを産生し〔こあ〕内部の温度を上げ、大雷核、回扇体をさらに活発に動かし自身も驚異的な速度で増殖を始めるのだ。そうして赤王体による温度上昇と養分低下を受けると緑王体が覚醒するんだがの、同時に光に反応して死滅した赤王体を摂取することで別枠としてそこでまた伝気えなぎが産生されるのだ。

 その後えなぎの変換を終えた緑王体は細胞を分解させ回扇体により攪拌され赤王体の養分となる。で、この際の熱えなぎも内膜皮・外殻皮により摂取され、ほぼ完全に密閉が保たれ内部温度の上昇が加速する。だが超高温状態でも生命活動の維持が可能なこれらの細胞の防衛反射活動によりまたぞろ伝気えなぎを産生するといったところだの。 

 で、この一連の循環を「テイフォ回路」というのだがの、そのえなぎ変換効率はほぼ十割に達するだけでなく先の〔れけぷてる〕により分配・通伝においても熱消費・摩擦消費を極限まで低減させることでムダなく行使できる仕組みなのだの。空気と光の供給だけでこの圧倒的なえなぎを急速に生み出すことができるのは一重に〔こあ〕の構造と我々の知りえぬこれらの生命のおかげなのだ。

 だからこそこの古の上級機関〔こあ〕は過去に幾度も消滅の危機を迎えたのだろう。ワシらが確認しただけでも、もうこれを含め五つしか残ってはいなかったからの。」


 これがこうであれがああ、と畳み掛けるようにモクは説明し終えると、よっこらと椅子に腰を下ろす。


 しかしそれを聞いていた学者もさすがに引き抜かれただけあってモクの解説に誰一人取り残されることなく喰らいついてはふんふんと頷いていた。


「ふん? ではモク殿、この上級機関は太古の遺物であり、そしてまだもう一つあるということかな?」


 その指摘に学者一同はぴりりとなる。

 今作が成功した暁にはより精度を上げた〔ろぼ〕第2作を開発することができるから。


「・・・あ、すまん。一個は壊してしもた。解読した資料をもとに緻密な実験を繰り返してバファ鉄に辿り着くまでにはの、へへ、どうしても失敗はついてきてしまうものなのだ。」


 てへ、と照れてみるものの一同の失意はもう底なしだ。

 本来なら失敗が一度で済んだことを讃える場面なのだが稀少な遺産であるため仕方がなかった。


「しかしモク殿、この上級機関の作動、というのか起動というのか、そのためにはまだ何か必要なのではないだろうか。それに駆動の中心を担う大雷核が「共鳴信号を認識する」とはどういうことなのだ?」


 確かに、何かの音や声に、あるいは振動や気圧、または温度・湿度変化に反応してしまうようであればその太古からの永い歳月の間に誤動作してしまうだろう。

 いくら想像を絶する超高性能の機関とはいえ維持の手入れや保全なしに遺されていたとは考えにくかった。


「それはの、我々の生きた断片に答えがあるのだの。

 我々の体を解くと眼には見えぬもので構成されている、と〔こあ〕を作った時代の者たちは考えていたようだの。そしてその中にはそれぞれ個体を識別する記号があり、その中に「個体に特有の波長」というものがあるとそれは伝えておる。


 今現在のワシらが知るク=アの論理で説明のつかぬ機関であるゆえ明朗な断言はできんがの、〔こあ〕の大雷核に植えつけた断片を持つヒトそのものの、また声の波長や波形に共鳴するようできているのだ。


 ただ、この大雷核を中心としたテイフォ回路には少なからず欠点がある。


 ワシらのク=ア学技術が進歩すればこれは解決できることなのだろうがの、バファ鉄を使わねばならぬ以上は避けて通れぬものなのだ。」


 未だにコマ号やヒマ号、ヤシャ号を見たことのない学者にはにわかに信じ難いことではあったが、〔こあ〕の駆動にしろ〔ろぼ〕の誕生にしろ、信じたいものには違いなかった。

 またこれらが根も葉もない机上の空論であったならこのような大規模な研究に大枚を投じて敢行することもないだろうという確信がそれに拍車をかけていた。


「なるほど、バファ鉄と来れば「破振効果」が気になるところですな。

 バファ鉄内部で反響する音の波が人体に多大な影響を与えることは我々ク=ア学者においても周知のことです。それと何か関係があるのではないでしょうかな?」


 物性相関系の学者がここぞとばかりにしゃしゃり出てくる。頷くばかりではやはりおもしろくないのだろう。


「その通りだの。共鳴を阻害する破振効果はないようだが、〔ろぼ〕が駆動する際にはどうやら断片を〔こあ〕に植えた者、「おぺれった」にジワジワと効いてくるようだの。


 そして「おぺれったに共鳴する〔こあ〕を介しての破振効果」だからかの、他の者にはこれといった体調の不良や異変は見られないのだがのう・・・」


 その口惜しい報せにうつむく者は少なからずいた。

 自分の断片を植えたのなら〔ろぼ〕を自在に操ることができるのではないか、と目論んだ者たちだ。

 そしてだからこそ改めて背筋を寒くさせてしまう。


 話に聞くほど強力な兵を、言ってしまえば無敵の「力」を手にできる機会になぜ、モクが己の断片で実験しなかったかの理由がそこにあったからだ。


「おぺれったは・・・どうなるのですか? そんな呪われた機関を誰が用いるというのですか?」


 伝導解式系の学者の問いかけにウルアは答えることなく、それを聞くに留めた。

 そんな、この研究の本質へ静かにモクは、細くとも確かな針を突き立てる。


「無条件で無敵になろうと思うが驕りなのだ。労せず犠牲も払わず力を欲するが汚れた欲なのだ。

 おヌシらもこの上級機関の性能にしろ〔ろぼ〕の能力にしろ、湧き上がるものを感じたことだろうの。


 だがの、これが現実なのだ。一足飛びの理想を望むのなら己の覚悟だけにすがらねばならんぞ。誰かに責をなすりつけるなど叶わぬものと腹を決めよ。」


 自らの意志で『特任室』へ来たわけではない学者たちとはいえ、わずかでも学術的興味から空恐ろしいものを己の意志で作ろうとしていた自分を恥じた。

〔こあ〕という上級機関を、このとき工業製作機や灌漑設備に転用できないかと考えた者は残念ながらそこには一人もいなかったのだ。


「一人の娘にそれを押し付けておいて言えることじゃありませんよねモクさん。

 皆さん、ご心配なさらずに。現に〔ろぼ〕を三体も同時に動かしていた娘はまだ健全ですよ。少なくとも死んでしまうということはないようですから、妙に罪責感にさいなまれなくても結構です。

 ふふふ、いけませんよモクさん。彼らのやる気を削いでしまっては。」


 手練手管を使ってこの研究を潰したいモクだったがなかなか上手くはいかなそうだ。


「・・・もうなんていうか、おヌシ邪魔だの、ウルア。」


 だのでもうダイレクトに言っちゃう。

 涼しく笑ってかわすウルアも実はしっかり傷ついている。ただ、学者たちはそれには関心を示さなかった。


「ふぅ。ではモクさん、誰の断片を用いるかはさておくとして〔れけぷてる〕と伝気えなぎの伝通管の組み込み作業に入るとしましょう。


 あなたの設計とは異なる私たちの〔ろぼ〕にはク=ア学の粋が結集されることになるのです。平和的に利用するこの〔ろぼ〕に皆さんの知識が反映されれば、それはまさに学者冥利に尽きることではありませんか。さあ、善は急がねば。」


 そう急き立てるウルアに従い、一人また一人と部屋を後にして持ち場に戻った。寸法の修正や部品の強度の算出、製造する技術者への細かな指示などやることは山ほどあるのだ。


「・・・もう罪は、すぐそこまで来ておるぞウルア。」


 視線を合わさない老執官史に、モクは囁く。


「あなたたちの、でしょう?」


 そう意味ありげに微笑むと、ウルアはモクを置いてトコトコと研究所を去っていった。

 止まない大きな声と音に掻き消されもせず、記憶は良心に爪を立てる。


「・・・ワシたちの、か。」


 そして誰にも聞こえぬため息がひとつ、戸惑いながら風に消えた。


 老いても止まらぬ時の中でモクもその一歩を踏み出していかなければならないのだ。

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