第20話〈死相セ〉
※お祓い済みです。
我々は心霊確認班。
怪異と現実の狭間で過ごしている我々人間。
そんな避けられぬ懐疑スタッフのもとに、一本のDVDが送られてきた。
「この苦悩を皆様にお伝えしたくて」
とだけ書かれた文章とDVDが封筒と共に我々の元へ残された。
その映像の中では一人のライターと思しき人物が、楽しそうな表情を浮かべながら呻き声を上げているものだった。
これは、『幸せ』を手に入れた人間の本当の姿なのだろうか?
◎はまれない
私はネット配信が市民権を得始め、収益化が一般化されてから愛想笑いを振りまいて稼いでいる。
私が産まれた頃はインターネットが盛んで限定的なテレビ番組への否定が
刺激的な内容かつ禁じられた人類の闇。 読書も安価で買えるモノは今で言う啓発本や誰でも書けるレッテル張り…今では古い表現かもしれないがそればかりだった。
物語の世界に浸りたかった頃もあったけれど、それだけでは現実の残酷さを乗り越えられなかった。
それから年月を経て、私は配信者になったのだ。
省略した私の人生は全て過去のもの。 他の人からすれば私は『インフルエンサー』と呼ばれる存在で軽い言葉しか受け入れてもらえない。
しかも、私の発信は全てビジュアルによるものだ。
バーチャルに頼るというのは思ったよりも簡単だった。
整形費用も浮くし、他にハマれるジャンルが無くてガワだけ欲しかった私にとってインターネット世代であることだけは産まれてよかった事実だ。
けれど、皆が求めるものは綺麗なものばかり。
いや、汚さも作り物ばかり。
それは別にいい。
好かれる生き方というのはそういう事だ。
私はきっと
セックスと金以外興味がなさそうな男性とばかり出会って、女性の友達が私の理想以上の紳士と大学卒業と共に入居した。 今時珍しい金持ち。
同性愛に嫉妬した時もあったが異性愛と大して変わらない上にそれならボヘミアン・ラプソディーでも描写された恋人ではなく親友として生涯を支えてくれたある登場人物のような関係を許容して欲しかった。
要するに。
みな思う通りに誰かに動いて欲しいわけだ。
なんて分かりやすくて、あり得ない…。 言葉で表現し切れる程度の欲望なのだろうか。
「それなら動植物になってしまえばいいのに」
配信を切った後にいつもこんな呟きばかり。
更に言えば特定されたのか、ストーカーにも悩まされている。
こんなの、事が起こってから動く警察に頼ってどうにかなる案件じゃない。
誰にも言えなくて、どうすれば良いか分からなかった。
その時に、ある動画を観ていた。
◎みたす
「頼む…もう充分恵まれた。だから…」
いつもそうだ。
満たされているのにまだ求める。
願いを叶えてもオレが感謝される事はない。
「イッタロ?ヌシノコウフクガオレノチカラダッテ」
「それは…こちらの…問題だ…もう…用はない…」
そうか。致死量の幸福に達したらしい。 どうりでオレの腹が膨れたわけだ。
「フルイ時代デハ、リタリンガオレノ役割ヲ担ッテタラシイ。ソンナモノト違ッテオレノワタシタリターンハ理想ヲ超エタ宝ノハズダ」
「だ…だか…ら…」
また、笑顔で死んでいった。
求めるからそうなったのでは?
「スクナクトモ地獄デアルコノ世デジブンノシアワセヲオレトトモニ手ニ入レタンダ。イイカンジデカイホウサレタナ」
さっきの悲鳴とは違って死体の表情は正直だった。
全てに勝った!と言いたそうな笑顔で。
いつもそうだ。
オレが腹を空かせた時に、手っ取り早く生活する為に必要なのは『人類の幸福』だった。
既に満たされていると思い込んでる奴を見つけて追加でシアワセを渡す。
オレの役割はそれだけだ。
それなのに、オレはいつまでも人間に憎まれている。
だが、オレによってシアワセを手に入れた奴らはお礼も言わずに『満たされた』と言って死んでいく。
別に感謝して欲しいわけじゃない。
オレが復活して、腹が減って、無い物ねだりのシアワセ好きを見つけて肥料を与える。
どいつもこいつも裏の顔まで満足していたのに、死ぬ時に限ってオレを憎む。
オレは人間じゃないから分からない。 エサを渡して喜ぶ動物を見る人間と変わらない事をしているだけ。
だから、不幸せを感じている人間程オレを避ける。
そこまでこの地獄で生き続ける事に拘る人間の底力には感謝している。
オレの役割は…出来るだけ頼られない事を目的にしたい。
◎ぞうす
私が調べた送られてくる動画の歴史。
犠牲の上で成り立つ幸せを手に入れた者は、抽象的で誰にも当て嵌まらない成功を宣う。
その現実は、私達Z世代なら誰もが知っている。
偏差値による選定。
その次は家庭の経済事情。
残酷な社会への入り口。
抜け道と選択肢の無い国。
その事実がインターネットや現実で培われ、電子空間との融合の元で『シアワセ』を主食とする生命体が産まれた。
私が配信を始めた時に形を変えて復活した00年代の妖怪…いや、クリーチャーと呼べば分かりやすいかもしれない。
名前はゾース。
ただ、元のデータには平仮名で『ぞうす』とだけ記された成功者のブログがあった。
多分、高尚な表現を考え過ぎたのかもしれない。
ゾースはシンプルに『シアワセ』を主食にしている。
しかも人間の。
啓発本で売れた人間の大半はこのクリーチャーによるものだと仮定している。
しかし、ゾースが復活してからある破片が知れ渡る。
そこからはただ、他者を攻撃する霊体があちこちで動き回ってるらしい。
そう世の中上手くはいかないか。
ゾース自身もそう思っている事だろう。
私のファンが送ってきた動画は全て、ゾースによるシアワセを味わっている者ばかり。
何も高額なスーパーチャットを渡してくれる太客だ。
それら全てのファンがゾースの餌だった。
そして、ゾースと共に復活した欠けらは理不尽を振りまいている。
新聞で公表されているのはゾースによって満たされて亡くなった人達ばかり。
後の謎の変死事件は優秀なライターが調べているのかもしれない。
しかしゾースの欠片だとは私しか知らない。
「やっと…君に逢えた…」
ここまで追ってきたか。
何のための金だ。
距離感を大事にできないから成功したのかもしれない。
この人はゾースによる幸福ではなく自分の力でここまでやってきた成功者だ。
もうすぐ地の底に堕ちるのに。
私は死を実感した。
収益で暮らせるようになってから薄々寿命が尽きそうだと知っていた。
だって、ハマれたものはゾースの歴史だけ。
しかもゾースの歴史はここ16年しか経っていない。
更に、富じゃゾースは満たされない。
私もゾースによってシアワセに成ればこの世と別れる事が出来る。
もう冷たい人間の煩い文章や声を聞かなくて済む。
こんな
何故、ここまで運命による結末は最悪なものばかりだろう。
「な、何だお前は! 」
急に相手の声色が変わった。
「永遠ニ満タサレナイ人間カ。スリルニ
ナイフを構える相手の恐怖が唐突に笑顔へと変わった。
「こ、これが…ゾースの与える…幸福か…」
「罪ヲ犯サズニシアワセニナレル。オレニ頼ラズニシアワセニナッタセメテモノ
そう言って笑顔で息絶えた相手の身体は段々と透明になり消えていった。
「ゾース!これが、あなたの力」
何故ここにいるのかなんてどうでもいい!
「お願いゾース!私も幸せな人間なんだ!あなたに食われるのなら光栄。ずっと仮初めの女性でいるの、もう飽きちゃった。それに、どの趣味も規制が厳しくて楽しめない。 だから! 」
するとゾースは私の身体を持ち上げた。
「モウ腹ハ減ッテナイ。オレハ鬼ジャナイ! 獲物ハ自分デ見ツケテキタ」
そういって私を連れて空を飛んだ。
あり得ない現象。
そしてしっかりとゾースは私を抱えている。
ゾースは不幸や不運なんてどうでもいいと思っていた。
もっと攻撃的な存在だと、破片の主だからと思い込んでいた。
「オレハイイヤツジャナイ。ソレヲ証拠ニオレノ細胞ハ陰湿ナ関ワリ方デ人間ヲ苦シメテイル。セメテ、オレクライハリターンヲ渡サナイトナ」
律儀なクリーチャー。
本人も知らない事が多そうだ。
けど、今は理屈をこねてる場合じゃない。
「助けてくれてありがとうゾース。けど、もう戻りたくない」
私は非日常な空の景色より、元の日常が嫌で仕方なかった。
「ナラ、共ニ過ゴソウ。オ互イニコノ世ノ
幽霊とも今までのフィクションにいた生物とはかけ離れたデザインの私のナイト。
いや、人間と動植物でなければそれでいい。
私達は…共存を目指す事にしたのだった。
◎サケカイにて
避けられぬ懐疑トップの
他のスタッフが取材していた時の情報も交錯して捜査は難航している。
ぞうす。
『幸福を与えるぞうす』と『破壊を繰り返すぞうす』
出版業界が衰退してから産まれた安いだけの図書を作成していた作家の虚言だと思っていたのだが、実害がこうして表に出始めるとは。
恩恵に預かれなかった人間の恨みを感じる。
それは霊現象による恨みとは次元が違う。
小口は研究生として採用した高校生格闘家兼スタッフの彼らに打ち明けるか暫く悩む事になった。
新種族の影の暗躍だけでなく、怪異が全てを襲おうとしている時代の変化を恐れる事になった。
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