人鬼乱戦

まにゅあ

第1話

 深い森の中を、娘は母とともに息を切らして走っていた。

「はぁはぁ――もうすぐよ――頑張って」

 母が励ましの言葉をかけてくるのは何度目だろう、と娘は思った。

 ずっと走り続け、もはや足の感覚すら薄れてきている。それでも娘は懸命に足を動かしながら、手を引く母の横顔に目をやった。

 母の頬には、涙を伝った跡が残っている。

 やっぱり、夢じゃなかったんだ……。

 娘は先ほど見た光景を思い出す。

 体を真っ二つに斬り裂かれ、血を噴き出して倒れる村長。

 戦いを挑んだものの、一撃で胸を貫かれて絶命した大工のおじさん。

 逃げる背中に刃を突き立てられた駄菓子屋のお姉さん。

 そして、娘たちを守ろうとして、犠牲になった、父……。

 父の殺される瞬間がフラッシュバックして、吐き気が込み上げてくる。

 吐くのを我慢しようとして、走る呼吸が乱れた。

 足元への注意がおろそかになってしまい、気づいたときには何かに躓いていた。

「大丈夫!?」

 転んで母の手を放してしまった。母が引き返してくる。

「まだ走れる?」

 擦りむいた膝が痛かったけれど、娘は立ち上がって頷いた。

「いい子ね」

 再び手を握って、二人は走り始めた。

 けれど、歩幅の小さな娘に合わせて走っているのだ。走る速さはお世辞にも速いとは言えない。

 あの「死神」に追いつかれるのは、時間の問題だった。

 どれくらい走っただろう。

 遂にそのときがやってきた。

「――っ!」

 行く手に、一人の少年が立っていた。黒装束で、顔の右半分を覆う仮面をかぶっている。歳は十代後半くらいだろうか。

 ブンッ!

 少年は、手に持っていた巨大な鎌を片手で軽々と振るい、戦いの構えをとった。

 大きな鎌に、黒装束。

 まさに「死神」である。

 少年は、何の感情も読み取れない、空虚な眼差しを浮かべている。あれほど多くの村人を殺した人物だとは思えないほど、静かな雰囲気を纏っていた。

 まるで殺すことを何とも思っていないような……。

 それがますます恐ろしく娘には感じられた。

「逃げなさい!」

 母が握っていた手を放して告げる。

 娘は首を横に振った。母と離れたくなかった。

「大丈夫よ。後で迎えにいくから。これまでママが嘘をついたことあった?」

 娘は首を横に振った。

「……いい子ね」

 母は娘の頭を撫でると、そっと背中を押した。

「さあ行って! 遠く、できるだけ遠くへ走りなさい! 絶対に振り返っちゃダメよ!」

 母は娘に背を向けて、少年と対峙する。

 娘は母の背から視線を切って、走り出す。

 母との約束を守り、後ろを振り返ることはしなかった。

 ただただ――走り続けた。

 どれくらいの数、木々の間を抜けただろうか。

 視線の先に、白い光が見えた。

 暗い森をようやく抜ける――。

 ふっと緊張の糸が切れて、木の根っこに足を取られた。

 転んだ先は、下り坂になっていた。

 声を上げる間もなく、坂を転がり落ちていく。

 転がる勢いがどんどんと増していく。

 恐怖で目を固く閉じていると、ふっと体が宙に浮く感覚がした。

 ――死ぬ。

 断崖絶壁から落下する光景が頭をよぎり、身を固くした。

 それからドンッと全身に大きな衝撃が加わって、娘は意識を手放した。

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