紀元2998年
スノスプ
第1話 虹色の世界と少しの誘惑
「だから言ったんだよ、そんなにうまくいかないって!」自分に言い聞かせるようにDlはつぶやいた。数年前から気になっていた超高度大学院8課のDlは顔を真っ赤にして怒っていた。端的に言うとフラれたのだ。
彼女との出会いは数年前、ふらっとよった喫茶店でのことだった。自分は友人とコーヒーを飲んでいた。その時、1人の女性が店内へと入ってくる。歩く姿勢が良いなと思った。顔立ちが良く褐色の肌が似合っていた。初めて彼女に会った瞬間から、触れたいと思っていた。
しかし、それは高嶺の花をつかみたい気持ちに似ていた。本来なら触れることができるはずも無いのに、本能が脳裏を掠める。美しい女性と出会った時にしばしば訪ずれる感情で、よくある事だった。人は繋がっていくたびに離れていく。だが、俺はその女性と会うたびに惹かれていった。
それから数年間何度も彼女と出会った。それは単なる偶然ではないだろう。会話も何度かした。彼女のことがどうしても頭から離れない時は、その素性を調べもした。簡単なことを調べて深くは探求しなかった。ストーカーではない。だが、その一歩手前ではあっただろう。成績は中の下だった俺は彼女の優秀さを知った時は嫉妬した。そして、なぜか激しく動揺してしまう。おそらく恋慕のレッテルを張らなければこんな苦しさなど感じなかっただろう。ただの美人として尊敬か、もしくは気にもしていない存在だったはずだ。
どうしても彼女が欲しくなった。彼女の横顔を見るだけでまるで光って見える。変な話だが本当にオーラが見えるのだ。それはまぶしく、長く見続けると視界を歪め、自分の心を委縮してしまう。その光ごとすべてが欲しいと思った。彼女との接近を企てる、とにかく一日に一度でも近づきたい、顔を見たい、顔を見ると少し心が落ち着く。そして少し経つと今度はもっと長い時間見ていたくなるのだ。砂漠で水を渇望し、それを飲むと、ある段階で欲求は無くなる。しかし、この激しく尽きない欲求は、まるでとめどなく流れこんでくる湧き水のようであった。
彼女と会話した時は、まるで普通であった。特に緊張する雰囲気もなく、他愛のない話をした。彼女のほほえみを見た時はドキッとしたが、平常心を保ちながら違和感なく他愛のない会話はすぐに終わった。もう少し長く話したかったが、妙な沈黙にはなりたくなかった。
それから彼女のことを考えない時は無かった。時には乱暴な妄想もした。または、平和に美しく触れ合い、お互いに心が満たされていく……そういう考えも出来た。彼女はいつも俺と一緒にいたのである。
……その時は突然来た。何度か話していくうちに沈黙というぎこちない時間を経験する。すると、この会話の意義が見いだせなくなってくる。なぜ会話が続かないのに話しかけてくるのだろうかと思われているかもしれない。そして、それの理由は単純で、彼女はうすうす気が付いているだろう、俺が好意を持っていることに……。しかし、俺はとうとう見つけられなかった。自分への好意を。
これ以上この不自然な関係を続けても、好意を向けてもらうのは難しかった。悩んだ……日にちにして数日だっただろうか。だが、彼にはそれは長い時間に感じた。直接言おうと覚悟を決めた。綿密な計画はすぐに実行された。彼女と2人きりの場面を作り、そして、緊張の空気が流れる中で彼女の顔を見る。彼女は優しかった。優しすぎたのである。賢く可憐、それでいて相手を思いやる気持ちが強かった。もちろんこれから告白が来ることも容易に想像できていただろう。
俺が話す前から、彼女は断る理由を探す表情をしていたのである。それに気が付かなかった。いや、気が付いていた……しかし、全てを楽観的な受け方にとる感情が出来上がっていた俺には、どうでもよかった。ただ、彼女の顔はいつものオーラのある美しい笑顔ではなく困っている表情というのが正しかった。
「いつも見ていました、心から大好きです。あなたのことをもっと知りたい」などと用意していた、心に届きそうな言葉を伝え、そして少し抑揚をつけて「付き合ってください!」と言った。彼女はまるで最善の"間"を考えていたように少し時間をおいて「ごめんなさい」と謝った。それから、彼女の美しい口から心の傷を癒してくれるような響きが彼を覆い、この時、俺はまるで告白成功の喜びでも感じているかのような気持ちでいた。
傷口がどっと開いたのは、彼女が去ってから数分経った後であった。まるで彼女の甘い言葉の回復魔法がすうっと解けたかのように、心の傷が大きくなる。
歩く度に傷は広がっていき、それは家についてからもとどまらなかった。寝ても覚めても彼女のことばかり考えるのは変わらなかった。数か月も経ち、大学院を卒業するまでそれは続いた。あの喫茶店や彼女が通う学園の中にわざわざ用事をつくらないと、それから彼女と出会うことは一度もなかった。実は偶然でも出会いたかった。告白をもう一度とかそういうことではない、とにかくただ笑顔や横顔を見たかっただけだった……。
兵役というものがある、とりあえず素行指数を徐々に上げることが出来る職業だった。特別なこともせずに痛みも無く、特に能力も必要としない。兵隊という集団主義の中では逆に個性がないということが理に適うこともあるようだ。特に将来に対する考えは無かった……。やりたいことがなかったというか、やりたいことを考えるのを忘れていたといった方が正しいかもしれない。最後には兵役への志願一択になっていた、ある意味夢を持っている青年達よりも意思が固いかのように感じる程であった。
志願した時には彼女のオーラのまばゆい光以外はっきりと覚えているところは無くなっていた。胸の中の大きな傷は古傷となりいつのまにか気にならなくなっていた。ただ、毎晩彼女を求めていた、それはいつのまにか寝る前の習慣となっていた。益々とその想像は濃くなる。
時折、彼女は俺に抱きしめられ、見知らぬ男性たちが手伝う中、彼女をもっと近くに感じたくてたまらなかった。彼女の甘美な susurro(ささやき)に心がときめき、2人の愛情はますます深まっていった。彼女のささやかれる言葉は、愛と情熱が込められていて、まるで心と体の奥深くに響いてくるようだった。そんな妄想の中の彼女の言葉のやさしさに心を打たれ、2人の絆はより一層強固になった。幸せそうな笑顔が彼女の顔を飾った。彼女の笑顔は純粋で輝いており、周囲の厳しい現実を忘れさせるような魔法のようだった。彼もその笑顔に心を奪われ、彼女の幸せを自分自身のものとして感じていた。
彼女の胸には俺の手が優しく重なり合い、2人は温かなキスを交わしラストを迎える。彼女の胸に触れる俺の手は愛情に溢れ、まるで彼女の心を包み込むようだった。2人のキスは情熱的で深い絆を感じさせ、この瞬間が永遠に続くかのように思えた。
その瞬間、現実の俺も同じ時を感じ取っていた。想像の世界と現実の世界が交錯し、心の中で喜びと幸せが融合していた。心の中で、彼女との愛情と絆がより一層強固になっていくのを感じながら眠りにつく。
時には彼女から強引に、これは甘美で更にエロティックな妄想だった、顔はうろ覚えで行為に発展する時には消えてしまう儚い妄想であったが、それだけでどうしようもなく満たされていった。
そんな日が続き、時間が流れ、とうとう俺は兵役に就く日を迎えた。
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