藍色人魚
宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中
恋する人魚のフカヒレさん
現代の高い技術力をもってしてもなお、未だに人類が踏み込むことの出来ていない深海の更に奥深く。
暗く冷たい水が辺りを支配し、体にいくつもついた目玉や鋭く狂暴な牙などを持つグロテスクな造形をした深海生物たちが蔓延る、恐ろしく狂気的な海の底。
そこでは、美しい人間の上半身に巨大な魚の下半身をくっつけた生物、人魚が里を作って集団で暮らしており、独自の文明を築き上げていた。
物語では可憐な美しい少女として描かれることが多い人魚であり、おとぎ話の影響によって人間たちからは、悲恋の末に泡となって消えてしまう儚い存在として認識されていることだろう。
あるいは八尾比丘尼の伝説で見られるように、食べれば不老不死を叶える肉体を持つとして物語の中ではしばしば乱獲されたり、残酷な最期を遂げたりする悲しい存在として認識されることが多い。
しかし、実際の人魚は創作の世界で見られるような儚く繊細な生き物ではなく、体長三メートルを超える怪魚や巨大なタコの化け物などと互角に渡り合えるだけの力を持った海の化け物だ。
大きな水かきのついた手からは分厚く鋭い爪が生えているし、口元からはズラリと並んだ鋭利な牙を覗かせる。
サメやシャチを思わせる下半身の魚部分はドッシリと重量級で、背中から尾の先にまで生えたヒレもギザギザと凶暴だ。
スパスパと海藻を裂くヒレはまるで黒曜石である。
水深何千メートルといった酷い水圧を平気で泳ぐ肉体がやわであるはずもなく、水面に上がるまでの激しい負荷にもあっさり耐えることができる。
基本的に深海から出てこないのに水中でも空気中でも呼吸をできる特殊な呼吸器官は他の生物に類をみないほど稀だ。
その他にも真っ暗な海を見渡す眼球や小型でありながらも決して水の侵入を許さず超音波や水中に漂う微細な音を拾う耳、武器の使用によって跳ね上がる戦闘能力に文明を築き上げた確固たる知能など、その優れた性質は挙げればキリがないほどだ。
そんな深海の暴君、人魚だが、基本的に彼らは海の底に集団で引きこもって人間の領域には出てこない。
理由は簡単で、太陽がギラギラと幅を利かせる地上や水面近くよりも穏やかでヒンヤリとした深海の方が住み心地が良いからだ。
それに、夏のビーチは観光客がゴミと騒音をまき散らしていて騒がしい。
いくら単体では異常なまでに強い人魚とはいえ地上で武器を持った人間に囲まれてしまえば簡単に捕らえられてしまうし、仮に逃げられたとしても面倒なことになるのは目に見えている。
別に人魚たちは人間の領域へ侵入することを禁じられているわけではないが、大抵の者にとって地上は特別に行きたいと思える場所ではなかった。
しかし、それでも好奇心旺盛で人間の世界を見てみたいと悟を飛び出す人魚が毎年、一人は現れる。
ここ一ヶ月の間、人魚の男性、フカヒレが田舎のとあるビーチへやって来てコッソリと人間たちの様子を観察していた。
そして、さらにここ一週間は、人気の少ない陰鬱な岩場の砂浜で涼を取る風変わりな人間の女性を熱心に眺めていた。
フカヒレは彼女に恋をしていたのだ。
『かわいい子だな』
ふわりと潮風に揺れる真っ黒な長い髪を目で追って、遠くの海を見つめるほんの少しぼやけた、しかし奥底ではシッカリとした芯の宿る黒い瞳に心臓を射抜かれる。
真っ白いワンピースをまとった純真無垢な女性にフカヒレは心と思考、瞳を奪われて周囲の海水をボコボコと沸騰させるほど体温を上げていた。
『どんな声で笑う子なんだろう。話しかけてみたいけれど、でも……』
フカヒレは人魚だ。
上半身は人間だが、下半身はまるっきり魚でイルカやサメなどを連想させる肉体にビッシリと鱗が生えている。
青っぽいソレは水に沈んだ光の反射で藍色にも見え、深い紺色の大きな尾びれも相まって異様なほどに美しいが、人間の目には魅力的に映らないだろう。
人間部分の容姿はなかなかに美しいが攻撃的な肉体が恐ろしく、おぞましい化け物として拒絶されるのがオチだ。
フカヒレは女性に嫌われてしまうのが恐ろしくて、彼女に見つからないよう、いつも遠くからひっそりと眺めるだけだった。
だが、そうやってポーッと女性を見つめている内に油断してしまい、不意に女性と目が合ってしまった。
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