02.聖者の平穏2
そして二人で王都に暮らしていたら、討伐から帰ってきたアーフェンは心痛を隠さない今にも泣きそうな顔で真柴に告げた。
「騎士団をやめてきた」と。
当然のように真柴に荷物を纏めろと言ってきた。
神殿に戻されるのだろうとあまりない自分の服を渡された鞄に詰めたら、ここへと連れて来られたのだ。
「ここだったら、お前は好きに暮らせる。もう隠れなくていい」
この地にて一人で暮らせと言われているのかと思った。
頷くしかできなかった。
だが、アーフェンは当然のように一緒にいてくれた。この家と小さな畑を買い、今は二人慎ましく暮らしている。
なぜアーフェンがそこまでしてくれるのか分からない。
そして聖者であることをとにかく隠せという。
理由を教えてくれないが、真柴はこの世界に来てからずっと肩にのしかかっていた重たい荷物が下りたように思えた。
そう、聖者という言い知れない重荷は重圧となって真柴の心を押し潰そうとしていたのだ、あの頃のように。
すべてから解放され、畑の世話に熱中していれば、自分がどうしてこんな生活をしているのかなんて疑問に思うことなく、すべてをありのままに受け入れ楽しむことができた。
この穏やかな日常が、今は何よりも大切だ。
スープが煮立つと、鍋を上から吊されたフックに掛け、次の料理に取りかかる。
「ベルマンさんが兎を穫ってきてくれたから、ストックしてある兎肉は全部使っちゃおう」
真柴は前庭に出ると、あちらこちらに群生しているハーブからローズマリーに似たものを摘んだ。それを塩やニンニクを合わせた調味料の中に入れ一緒に兎肉を漬けてしばらく置く。味が染み込んできたらフライパンで焼けばできあがりだ。
付け合わせの蕪を焼いて、冬の間に穫った人参と芋もストッカーから出しバターで炒める。
これで今日の夕食は完成だ。
朝焼いたパンと一緒にテーブルを並べれば、水浴びを済ませたアーフェンが戻ってきた。
「お疲れ様です。今日は随分と大きな兎でしたね、春になって猟が上手くいってますね」
「そうだな。そろそろイノシシも出てくるだろう。そうしたらまた、干し肉を作ろう。好きだろう」
真柴は笑みを浮かべ頷いた。
兎のように一日二日で食べきれるものなら干したりする必用はないが、どうしても日持ちさせたい肉に関してはハーブや塩をまぶして干し肉に加工する必要がある。
こんな小さな村ではすべてが自給自足で、どの家も自分たちで獲物を狩ったり野菜を作ったりしている。時折大猟の際には互いにお裾分けをするのだが、まだ春になったばかりで野生動物の動きが活発すぎて捕まえるのが大変なようだ。
「その時には手伝います」
「いや、お前はいい。野菜の方を頼む」
「でも……」
いつもそうだ。肉を捌いたり加工したりといった作業の時は決まってなにもさせてくれない。もうこの世界に来て二年以上、真柴だってできることは増えているのに。
(最初に悲鳴を上げたからいけないんだろうな)
だからアーフェンは気を遣ってくれているのだろう。
騎士団を退団してから、あんなにもガミガミとうるさかったアーフェンは、落ち着いた青年へと変貌している。物事に動じないし、荒事も無表情でこなしてしまうから、村の皆にも頼られている。
なんでも一人でできてしまうアーフェンは尊敬に値する人だ。騎士団でも副団長という重役を担うほどの実力を持っていたし、真柴が随行していたときはキビキビと皆に指示を出しては慕われているのを何度も見ている。
こんな凄い人がどうして退団したのだろう。
真柴より十歳も若かったら絶対に次の騎士団長として活躍を期待されていただろうに。
だが訊けない。訊いてはいけないような気がして未だに口にすることができない。
アーフェンも自分からはなにも話してはくれない。
二人でテーブルに着いて、夕食を始める。
春になったばかりでも日が沈むのが随分と遅くなったが、電気がないこの世界は眠りに就くのが早い。だから夕食も日が高いうちに済ませる。
夕暮れの茜色が広がる空を窓の向こうに見ながら蝋燭を灯した部屋の中でゆっくりローズマリーで臭みがなくなった兎肉を頬張り、少しだけ硬くなったパンを口に放り込んだ。
「お前のいた世界の話をしてくれ」
同じように骨の付いた兎肉を豪快に食べるアーフェンが、いつものように訊ねてきた。真柴がするあちらの世界の話に興味があるみたいだ。
「そうですね……学校の話はしましたよね」
「ああ……、ここでは考えられないくらいに勉強をするんだな……俺は無理だ、勉強は嫌いだ」
まずいものを口にしたときと同じ顔をして、昨日の話を思い出したのだろう。なんせ昨夜はお化けに遭遇したかのような悲鳴を上げたくらいだ、十六年勉強し続けたと話したら。よほどの勉強嫌いらしい。あまりにも大きなリアクションに真柴は大笑いしてしまったくらいだ。
「学校を卒業したら……また研究のために学校に残ったりする人もいるんですけど、ほとんどは仕事をしますね」
「そりゃそうだろうな。どんな仕事があるんだ? お前の話からすると俺の知らない仕事ばかりだろうが」
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