07.岩獅子討伐4

 仲間の方に気を向けすぎて、こちらに向かっている岩獅子の確認を怠っている間に距離が縮まり、そのうちの一頭が低い姿勢から後ろ足で土を蹴って飛びかかってきた。

 後退しなければ覆い被さられる。

 分かっていても疲れをたっぷりと含んだ足は、最初の頃のような俊敏な動きができなくなっている。

 鋭い爪と牙がアーフェンに襲いかかる。


「今だ、水を放て!」


 ローデシアンの声が響き、すぐさま木の上に待機していた団員から大量の水が放出された。

 突然の滝のような水を浴びた岩獅子は、先程以上の悲鳴を上げドシンとアーフェンのすぐ傍に落ち、のたうち回る。


「もっと水を掛けろ! 手が空いている奴はアーフェンを回収しろ!」

「回収って……俺はまだ動ける!」

「黙れ! バカをやっている暇があったら後ろに下がれ!」


 怒号が岩獅子の悲鳴に混じり周囲に響き渡る。地面に転がってのたうち回っていた一頭にローデシアンが剣を突き刺した。硬くてどうすることもできなかった岩のような肉が、衝撃と共にボロボロと崩れ始めた。何度も剣を打ち付けていき、ついには心の臓が見え、躊躇うことなくそこに剣先を突き刺した。


「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」


 断末魔の悲鳴を上げ、その岩獅子はついに動きを止めた。


「鎚で打て! 砕けたら心の臓を突き刺せ!」


 動きが鈍くなった岩獅子がどんどんと肉を砕かれ殺されていく。

 その一部始終をアーフェンは重くなった身体で地面にしゃがみ込みながら見つめた。

 これで任務完了だ。

 ホッと肩の力を抜いた。


 思ったよりも大がかりだが、無事に岩獅子を倒すことができた安堵と、疲弊しきった身体の心地よい重さを抱えて、ゆっくりと立ち上がった。

 あの禍々しい目はどれも動かず、牙を剥き出しにした苦しげな表情で横たわっている。


(はっ……あいつの力を借りなくても、俺たちだけで倒した……)


 ずっと胸の中にあった閊えがほろりと落ちた、ような気がしたその時だった。


「だんちょーーーーーーっ!」


 怒号が上がった。


「なっ……!」


 突如、騎士団が隠れていたのとは反対の木々の中から岩獅子が飛び出して、指揮をしていたローデシアンに襲いかかったのだ。


(うそ……だろ……)


 なぜもう一頭いるんだ……。

 どの報告でも六頭で襲撃してきたと言っていた。

 七頭目がいるなんて誰も言わなかった。


「このやろーーーーっ!」


 ローデシアンの右腕を噛みちぎった岩獅子は、飛びかかられた勢いで倒れた身体の急所を狙おうとした。


「させるかーーーーっ!」


 大きく口を開けるその中に剣を押し込めば、牙がすぐさま噛みつき食い止めた。


「剣をよこせーっ!」


 新人が己の剣を投げ、傍にいたもう一人が鎚を手に岩獅子を後ろから衝撃を与える。

 大腿骨に痛みを感じた岩獅子が振り返った瞬間を狙い、おぞましい色の目に剣を突き刺した。


「ぎょあぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 咆哮にも似た声を上げ、口に咥えた剣を落とした。すぐさま拾い上げ、もう一つの目にも剣を突き刺す。両目を失った岩獅子は大きな前足で目の周りを必死に引っ掻きもんどりを打ち、地面を転げ回った。

 鎚が岩獅子の頭に振り下ろされる。それでもまだ死なず、団員が次々とその身体に鎚を、剣を振り下ろしていった。


「お前だけは……お前だけは許さねーーっ!」


 アーフェンも目に刺さっていた剣を抜き、開いた口の奥へと突き刺していく。

 硬いのは皮下だけで、喉の奥は他の魔獣と変わらず、ズグリと肉を刺す感触が伝わってくる。もう一度剣を抜き、突き刺していく。何度も何度も、動けなくなるまでひたすら岩獅子を刺していった。


 血は飛び散り、アーフェンの身体を汚していくが気にする余裕はなかった。

 岩獅子が動けなくなっても続けるアーフェンの気迫に、剣も鎚も振り下ろすのをやめた団員が見守る。

 肩を叩かれようやくアーフェンは動きを止めた。


「もういい、アーフェン。死んでいる」

「だ……ちょ……」


 血まみれのローデシアンだった。右手を布で縛り付けられているが、肘から下が……なかった。


「右手……右手がっ!」

「ああ、そうだな。これではもう剣を握ることができなくなった」


 嘘だ……。

 騎士団で誰よりも強いはずのローデシアンが、どんな戦いでも冷静に立ち向かうローデシアンが、利き手である右手を失うなんて。

 そんなのあっていいはずがない。


「すぐさま王都に! あいつに……あっ」


 そうだ、真柴の力だったらすぐに元に戻してくれる。傷ができたなんて嘘だったかのように治してくれる。

 そう頭に浮かんで、アーフェンは動きを止めた。


(俺は……またしてもあいつの命を天秤に掛けた……)


 ローデシアンの腕と真柴の命を秤に乗せた。あんなにも真柴を死なせはしないと頑張っていたのにまた自分たちのためにその命を削り取ろうとした一瞬があった。

 けれど心の天秤が示した結果にアーフェンは言葉を失った。

 唇だけではなく手までもが震えはじめる。


「いいんだ、アーフェン。これで、いいんだ」

「団長の手がっ……」

「油断した結果だ……これだって私たちの勲章だろう」

「……だん、ちょ……」


 騎士団を長きにわたって支え守ってきた腕。それがあんな一瞬で失ってしまうなんて思いもしなかった。けれど、治す方法はあれしかない。

 なのに……。


「私のことは気にするな。我らは国を守り人を守るのが使命だ、それで命を落としても悔いはない。けれど、あれは違うだろう」


 そうだ。命を賭して人々を守り二度と自分と同じような子供を作らないために、騎士団に入った。

 腕をなくそうが、足をなくそうが、すべて覚悟で自分から志願したのだ。

 それはローデシアンだって同じなのだろう。

 アーフェンは初めてローデシアンに会った日と同じように、その身体に縋り付いて泣いた。泣き続けた。




 王都へと戻ったアーフェンは、騎士団を退団した。

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