第三章 二度目の討伐の不幸

01.副団長の苦悩1

 同じ頃、騎士団長室では悲鳴が上がっていた。

 当然アーフェンのものである。

 副団長の机の上には一枚の紙があり、インクの付いたペンを手にして突っ伏している。


 王都に初雪が降る前に、被害が多い場所を回ろうという意見が出てきたのだ。

 どの貴族も自分の領地を優先しろと嘆願書を騎士団に送るようになったのは、前回の討伐の結果を目にしたからに他ならない。

 魔獣から剥ぎ取った大量の素材は誰もが欲しがるほどに状態が良かったからだ。

 今までの討伐では細切れだった魔獣の毛皮が、聖者が同行しているだけで売り物以上に美しい状態だったこともあり、目の色を変えているのだろう。


 今までは騎士団は役に立たないとあれほど非難してきたというのに、いざ宝物のような素材たちを見て欲が出たのだろう。

 自分たちの領地で捕獲できた素材は、半分を領主に渡さなければならない法がある。だからこそ、誰もが自分の領地にて討伐をしてくれと頼み込んでいる。


(誰がそうそう言うとおりにするかってんだ)


 アーフェンは舌打ちして、団長室に積み上がった書状に唾を吐きかけたいのをぐっと堪えたが、場所を決めるのはローデシアンであり、それに従うのが自分の役目だった。


「団長、なにも貴族たちの言いなりにならなくても良いじゃないですか」

「そうはいかないさ。実際に被害が出ているのは確かなんだ。どこだって魔獣が出現しては困るだろうし、一番の被害者はいつだって、民だ」

「……それはそうですけど……」


 魔獣の骨などでできた武器がなければ倒すのは難しいし、この国で最も魔獣に対抗できるのは騎士団だ。民が騎士団の到着を今か今かと待ち望んでいると言われたら、行かざるを得ない。

 皆の期待を一身に受けているのだから。


「聖者には申し訳ないが、しばらく討伐に付き合って貰うしかない。悪いが今回もローシェンに乗せてやってくれ。森の中を進むことになるから馬車での移動ができないんだ」

「またですか……ローシェンは良い馬ですけど、俺とあいつ二人を乗せてずっとは可哀想ですよ」


 騎士団の中でも一際大きな身体を持つローシェンだが、それだって成人二人を乗せてずっと移動となれば、体力は大きく消耗する。だが、気性の優しいローシェンなら堪えてくれるだろう。

 できることなら避けたいが、怪我を治して貰った手前、強くは言えない。だから愛馬を言い訳にしてみたが、ローデシアンに少し困ったような顔をされては強く断れない。


(俺、あいつ嫌いなんだけどな)


 何を考えているか分からない聖者。作ったような笑みを顔面に貼り付けて何事もないと口にしては急に倒れる。人に迷惑をかけるのが好きなんじゃないかとすら思ってしまうのだ。


 健気なふりをして迷惑をかけてくるのを許せるのは、好いた相手だけだ。

 それ以外はただ迷惑でしかない。

 しかも自分と同じ男なら尚更だ。

 聞けば馬にも乗ったことがなければ剣を握ったこともないという。ひょろっとして生命力がなくてよく今まで生きられたなと感心する一方、どういった生き方をしたからそんな頼りない大人の男になれるんだと疑問を抱く。


 そんな真柴のお守りをしなければならないのは迷惑だ。それでは討伐に集中などできるはずがない。

 なにせアーフェンは副団長だ。

 団員を守るのもまた、アーフェンの役目である。


「頼む、アーフェン。お前以外に聖者を任せられないんだ」


 そう言われてしまえば引き受けざるを得ない。

 ずるいですよ……という言葉を飲み込んで大きく息を吐き出した。


「わーかーりーまーしーたー、よ。やりゃいいんでしょ、やりゃ」

「悪いな。お前にばかり迷惑をかけてしまうが、頼んだぞ」


 やはりずるい人だ。アーフェンが断れないと分かっていて頼むのだから一番たちが悪いとも言えた。

 ローデシアンの信頼を裏切るなど、どうしたってアーフェンにはできない。


「その代わり、戻ってきたら奢ってくださいよ。今度はもっと高い酒を」

「それは嫌だ。お前は酒の味も分からずに水のように飲むだろう。もったいなくてできるわけがない」

「そんな……酷いですよっ! 俺だって酒の味くらい分かります」


 不貞腐れる演技をして、さて今回は誰を連れて行くかと悩む。

 王都を空っぽにするわけにはいかないが、前回が良い結果だっただけに多くの仲間に栄光を分けたいと願ってしまう。

 辛酸を舐めてばかりの騎士団に所属して苦い思いをさせているのだから、この機会を全員に味わわせてやりたいのが、やはり精鋭を何人か混ぜる必要はあり、その人事に頭を悩ませる。


 新人にも経験を積ませてやりたい。若手のやる気も削ぎたくない。だが一度の討伐に全員というわけにはいかない。


「さて、どうしたもんだか」


 アーフェンは悩みすぎて頭を掻き毟った。机の上にあるのは隊員名簿だ。

 ローデシアンに頼まれて配置を考えるが、どうにも納得いく案が浮かばない。


「あーーーーっ、これが一番難しい」

「根を詰めすぎるな。身体を動かして決めた方がお前向きだろう」

「なんですかそれ……」


 だがその通りである。

 アーフェンは思い切り両手を伸ばしてから立ち上がった。


「ではお言葉に甘えて身体を動かしてきますよ」

「今の時間であれば剣の訓練をしている奴がいるだろう。相手をしてやれ」


 アーフェンがどこに行こうとしているのか、把握されすぎていてつい笑ってしまう。

 後ろ手を振って部屋を出ると真っ直ぐに訓練を行っている広場へと向かった。ローデシアンの言うとおり、新人や若手が剣の訓練をしている。

 前回の討伐が成功を収め、次の討伐の予定が発表されてから、皆が選ばれようと必死になって訓練を重ねている。近年で一番活気づいているのではないか。


「おーい、俺も混ぜてくれ」


 用意されている練習用の木刀を一本手に取ると、アーフェンは互いに技を出し合って剣技をぶつけ合っている面々の中へと入っていった。

 その瞬間、右側から剣先が飛んできてアーフェンの首を突こうとする。

 すぐさま持っていた木刀の柄に近い部分で弾き、返す刀で誰とも分からない相手の腹をめがけて木刀を打ち付けた。


「っくー……やっぱり副団長の反応に勝てない」

「当たり前だろう。お前たちにやられたら、団長にもっとすげー稽古を付けられるんだ。あれは吐くぞ」


 自分では強いつもりでも、ローデシアンには敵わない。一対一で何度も稽古を付けて貰ったが、手加減など僅かも加えてはくれず、打ち返されてはすぐに木刀が身体にのめり込むのだ。一本でもローデシアンの身体に入るまでやめてはくれず、終わる頃には食事さえも取れなくなるほどに疲弊する恐ろしいものである。

 今では団長だからとその役をアーフェンに押しつけているが、剣の腕はいつまで経っても足下に及ばない。

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