03.聖者はお荷物
「……今日も俺が聖者のお守りですか」
「不貞腐れるな。お前以外に任せられないんだ、分かってくれ」
ローデシアンに宥められたアーフェンは子供の頃のように頬を膨らまそうとして慌てて息を吐き出した。
(冗談じゃない、もう三日だぞ)
王都を出立して三日、ずっと愛馬であるローシェンに乗せてきたが、一向に馴れない真柴に苛立ちはうなぎ登りだ。内腿で馬の身体を締め付け、動きに合わせて身体を上下すればいいだけの話だというのに、どうしてか真柴には難しいことのようだ。
自分のリズムで馬を走らせることができない苛立ちは日ごとに増し、爆発寸前となっている。しかもアーフェンの騎馬が下手くそだと言いたいのか、宿営地に着いた途端、食事もせずに寝込むので、不快極まりない。
やっと半分進んだというのに、交代をするどころか、ローデシアンから今日も頼むと言われて腹が立たないわけがない。
「他の奴じゃ駄目なんですか?」
「皆が嫌がっているんだ。お前の馬ですら駄目なら自分の馬じゃもっと難しいと言ってな……私のは暴れ馬だから聖者を落としてしまっては大事になりかねん。頼む、アーフェン」
尊敬する上官から頭を下げられてしまえば嫌とは言えない。
嘆息して愛馬を繋いでる厩舎へと出向いた。
「悪いな、ローシェン……今日もあいつと一緒に乗るが、頑張ってくれるか?」
長い鼻を撫でると甘えたように手に押しつけてくる。
巨体に見合わない甘ったれなところも可愛くて、アーフェンは両手で鼻の周りをたっぷりと撫で始めた。
充分な食事と水を貰ったのか、生き生きとしている。
「帰ったらお前の好きな場所で思いっきり走らせてやるから、もうしばらく我慢してくれ」
カタリと音がして厩舎の入り口を見れば、たっぷりの水を汲んだ桶を持った真柴がいた。
「おはようございます、ベルマンさん」
フラフラしながら近づいてきて、ローシェンの水飲み用の樽に流し込んでいった。
「なにをやっているんだ?」
「なにって……ローシェンには迷惑をかけているので、少しでも恩返しをしようと水と草をあげに来ました」
緊張して無理に口角を上げた顔はいかにも無理をしていると現していて、不快になる。嫌なら嫌と言えば良いし、機嫌が悪いのを隠す必要もないのに、真柴はなぜか口角を上げて作った笑いを浮かべる。その嘘くささが余計に怒りに火を注ぐ。
上辺だけの会話をしたいのではない。だというのに、今も真柴は口角を上げてローシェンの餌場に干し草とジャズレイト(人参に似た食材)を入れている。
「ローシェン、今日も面倒を掛けるけれどよろしくお願いします。なかなか乗るのが上手にならなくてごめんなさい」
小声の謝罪すら薄っぺらに思える。そう言えばローシェンが諦めて乗せてくれると思っているのだろうか。
「……聖者がわざわざそんなことしなくていい。それよりも飯を食いに行け」
騎士団はもう食事を終えたが、神官たちはゆったりと宿の朝食を楽しんでいる時間だ。妙に時間をかけるせいで出立がいつだって遅れて騎士団から不満が出ている。なんせ血気盛んな騎士団員は食事に時間を掛けるのがもったいないと、あるものをすべて口に詰め込む習性があるのだ。
アーフェンも例に漏れず朝食など着席して五分で終わらせている。
そして余った時間で打ち合わせをしたり、道中で魔獣に遭遇したときの対応の確認をしたりしているのだ。最後尾を行く神官の緊張感のなさも騎士団を苛立たせている。
「僕はもう済ませましたので……」
「だが昨夜も食べなかったんだろう。朝はちゃんと摂っておけ……出立よりも痩せたと言われたら俺たちがやり玉に挙げられる」
「それは……すみません、今晩から頑張ります」
頑張るってなにをだ。今まで何一つ努力をしなかったと言うことか。
ふんっと鼻を鳴らして、いい人にでも見られたいのか、下手くそな演技を続ける真柴を置いて厩舎を出た。気に食わないのは、餌を貰って嬉しそうに鼻面を真柴に擦り付けるローシェンだが、馬だから仕方ないと折り合いを付けるにはアーフェンの苛立ちはあまりにも募りすぎていた。
聖者と言うだけで誰に命令も下せる立場だというのに、なんだあの卑屈さは。
まるでこちらが悪いことをしているようではないか。
それも苛立ちに油を注ぐ。
行く先々で真柴があまりにもぐったりとしているので、休憩を与えずに馬を走らせたのではないかと囁かれているのだ。
そんなことはない、無理のない日程で進んでるし、辛ければ馬車に移れと何度も言っている。だが真柴は口角を上げるだけで確かな言葉を口にしない。それ故にどうするか計画が立てられないのだ。一言でも馬車に移ると言ってくれさえすればことは簡単なのに。
頑なに馬車に移ろうとしない真柴に苛立ちは際限なく増していく。
「いい格好しいが……善人ぶってるのが本当に気に食わない」
かつての聖者や聖女がどうだったかは知らない。だが真柴のことはどこまでも気に入らないアーフェンだった。きっとかつての騎士団も同じ気持ちだったのだろう。
これで魔獣を前にして気を失ったら本当に無能だと神殿に訴えてやると、鼻息を荒くして出立の準備を始めた。
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