第一章 聖者召喚と騎士団

01.聖者召喚の儀

『聖者召喚の儀を行う!』


 王が宣言した後に、神官たちが床に描いた複雑な召喚陣を囲み、神への祈りを唱え始めた。

 王宮の一角にある召喚の塔は高く、神話の場面が描かれた壁画は天井より創始記が描かれ、地上に到着する頃に建国記となる壮大な造りとなっている。


 宣言する王とその家族は天井近くに座し、そこより下ることに爵位に応じた貴族が見守っている。そして召喚陣と同じ高さにいるのは下級貴族と、法務官や財務官といった王宮に出入りしている要人たちだ。


(本当にこんなんで聖者が来るのかよ……あほらしい)


 騎士団の副団長を拝任しているアーフェン・ベルマンは人垣の中からその一部始終を見つめ、嘆息を隠した。

 今にも頭を掻きくだらないと吐き捨てたいのを必死に堪える。俯けば赤と黒が混じった血のような色の前髪が視界を遮り、それを摘まみ蒼い目を露わにした。

 そろそろ髪を切らなければなと、常に短く刈り上げている髪を引っ張る。


「こら、しっかり見ていろ」

「分かってますって」


 隣に立つ騎士団長のカナリオ・ローデシアンの低い小声での叱責に不貞腐れた子供のような返事をして、けれどどこか諦観した気持ちのまま見つめた。


 ――聖者召喚。


 それは神が人間に与えた救いの御業だ。

 神の加護を受けた人間をこの地に呼び寄せ、救いを受けるというものだ。

 このペンブローク王国があるプドルイート大陸には魔獣が蔓延り、人々は常に脅威にさらされていた。村であっても高い塀を築き、魔獣の襲撃に怯えて暮らす日々だ。塀に一晩中たいまつを灯して近づけないようにしていても、火に強い種族であればそれも効果はなく、騎士団の主な役目は魔獣の退治であった。


 夜に一人で森を歩くなどできるはずもなく、日中も護衛を付けずに森を抜けることはできないほど、魔獣が蔓延っているのだ。

 全土は疲弊し、特に山に囲まれたペンブローク王国は貿易も途絶え塩を得られず瀕した過去がある。

 窮状から脱するために行われたのが、今回の聖者召喚だ。


 男なら聖者、女なら聖女と呼び、騎士団と共に魔獣討伐するという。


(はんっ、ひょっと出のやつが魔獣を倒したら、俺たちが用なしになるじゃないか)


 騎士団は命を賭して魔獣に向き合ってきたのだ、神の力などで倒せるなら最初からそいつらに頼めという、自分たちの価値を貶める存在の出現には否定的だった。それほど力があるのならなぜ神は魔獣を全滅させないのか。


 この召喚の儀の話が上がってからずっとアーフェンは苛立っていた。

 自分たちが役目を果たしていないと言われているようで、荒ぶる感情を隠せずにいる。


(これで来たのが役立たずだったら、騎士団を上げて神殿を糾弾してやる)


 祈ることしかできない奴らがなんの役に立つんだと、実際に魔獣と対峙しているのは騎士団なんだと、大声で叫びたかった。

 今、召喚陣を囲む神官を見つめ続けるのは数多の貴族だ。彼らにすらもアーフェンは苛立ちを抱いている。

 できないことを糾弾するばかりで、自ら魔獣の前に出ることもしない。そんな奴らばかりだ、この世界の偉い奴らは。


 きっと召喚されるのも似たような人物だろうと高をくくって見つめていた。

 祈りの言葉を繰り返し唱え続けると次第に召喚陣は光り出し、蛍のような仄かな光は強さを増していく。

 笑っていた貴族たちの顔が徐々に真剣味を帯び、いつ頃から両手を握り合わせて神官と共に祈りの言葉を唱え始める。


 冷たい眼差しで変わり様を見つめ、この世界を唾棄したくなった。


(俺たちが命がけで討伐を繰り返しても、感謝一つ告げなかった奴らがなんだよこれはっ! 騎士団を馬鹿にしてるのか!)


 戦って当たり前、勝って当たり前にではないのだ。

 いつだって騎士団は死と隣り合わせなのだ。魔獣の牙が、爪が、口から吐き出される様々な毒素が僅かでも身体を掠めたら命を落とすと分かっているのだろうか。

 全土は疲弊し、比例して騎士団も疲弊しているのは確かだ。

 だから隣にいる騎士団長のローデシアンは反対しなかったのだろう。


(分かってるけどさ、それって俺たちの存在意義が揺るがされるんだけどな)


 じっと見つめながらも、アーフェンの中には不満しかなかった。

 祈りが強くなり、召喚陣から目映い光が上がっていく。塔の中を埋め尽くすほどになると、あれほど輝いていた陣が一瞬消え、次に外に溢れ出すほどに光りが爆発した。


「なっ……なんだこれは!」


 腕で防がなければ確実に失明しただろうその瞬間が終わると、神官の輪の中央に見慣れない服を着た一人の男が倒れていた。

 慌てて起き上がり周囲を見回すその様は、遠目でも滑稽だ。


「わぁぁぁぁぁぁ!」


 人々の歓声が沸き上がり、両手を振り上げ聖者の召喚成功を喜んでいる。


「……あれが……聖者か……」


 暗い色の上着に純白の内着、そして上着と同じ色の履き物だが、どう見たってひょろひょろでとても使い物になりそうにない。あんな身体で魔獣の前に立てばあっという間に食われそうだ。


 ――役に立つのか?


 今にも倒れそうではないか。


「……とても討伐には連れて行けねーや」


 呟きを拾ったのは、この興奮の中であっても、顔色を変えないローデシアンだ。


「……お前は、腕を磨くことよりも思っていることを口に出さない訓練をしないといけないな」

「でも本当じゃないですか。あんなんじゃ、魔獣に会う前に倒れちまいますよ」

「はぁ……まずは言葉遣いだ。お前はあまりにも品がなさ過ぎる」


 仕方ないじゃないかと、今度は言葉に出さずに呟いた。

 なんせ元は小さな村の子供でしかなかったのだ。魔獣に村を滅ぼされて、騎士団の入団試験を受けるまでずっと孤児院で育ってきた。そう簡単に口調など直せるはずがない。


「無理っすよ。団長がいるから、俺がこんなでも問題ないでしょ」

「バカを言うな、俺がいくつか判っているだろ」


 騒ぐ人々の音に掻き消されてよく聞こえないが、苦虫を噛み潰した顔のまま、真っ直ぐに上を見ている。

 それは照れている時の顔だ。

 こんな時になにを照れることがあるのだろうか。

 嘆息して、もう一度聖者を見た。


(んな青白い顔で本当に大丈夫なのかよ)


 聖者は神官に手を取られ立ち上がると、今まで以上の歓声が沸き上がった。立ち上がれば一層、細く生気がない様が露わになる。


「期待なんかしねーからな」

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