第21話 テレビ局首脳部よ聞け!刷新すべきは我にあり。

 視聴率が二桁にも満たない。それが現実。新聞も誰も読まない。購読数が雪崩状態。それでいいのか。言い分けない。昔々、新聞の天声人語が大学の試験に出ると読まされた経験がある。新聞の生き延びる道はそこにある。毎日を週末土日に発行。ひとつの話題を掘り下げ、規制のあるSNSでは報じられない物をきめ細やかに報じることだ。コピペではなく、独自取材で。それこそSNSとの繋がりでフリーランス的に情報を得ればいい。新聞社はそれをまとめ上げたり、課題を提供したりの司令塔になればいい。毎日遅れた情報や結果を提供する無駄はやめればいい。週刊文春の売り上げなど興味はないが、何かと話題を提供しているのは事実。ただ、芸能ネタとか国民・国政には役に立たない情報だ。ならば、役立つ情報を流せ。選挙は新聞社にとってはオリンピックのようなものと捉えよ。四年に一度と嘆くなかれ、ワールドカップやプレミアムなど狭間を埋める大会は幾らでもある。なければ作ればいい。当選した者が何をやろうとして成し遂げたか否か。妨害は何か。団体か国か。立ち位置は事実に基づいた取材を核に判断する裁判官の立場でもいいし、当たり障りのない審判でもいい。SNSを敵視するのでは没落しかない。TV局もそうだ。

 昔、「面白くなければテレビじゃない」と躍進したテレビ局があった。いい気になった結果、スポンサーの犬となり、視聴者が欲しがらない文化を押し付ける。反吐が出る。「金は出すが口を出さない」スポンサーが挙って集まる局にするべきだ。

 ポリコレやLGBTなど気にするな。虐められ子が、虐めた側が勝手にあるいは叱られ改心して気を使いだすことは第二の苛めだ。「ああ、そんなこともあるんだ」と聞き流せるくらいの健全な社会がまだ日本にはあると信じよう。

 差別は差別を行ってきた地域・国のせいで他人ごとではないと取り入れるのは、泣く子を起こすようなものだ。ポリコレやLGBTで本当に苦しんでいる人たちが勇気をもって訴えるのは自由だ。改善点があれば、改善すればいいが、助成金や人気取りに利用され、扱われることに憤怒すべきだ。それこそ、人権侵害だ、と。

 受け入れる側が、馬鹿だから騒動が起きる。欧米諸国の歴史は人種差別で成り立っているのが事実。海に囲まれた日本では、村八分や病気によるものががいとうするのか。少なくとも肌の色で区別などしない。織田信長が、黒人の彌助を向かい入れたのがいい例だ。それによって彼が虐められた記録はない。あるとすれば大将に加護を受けられていると言う嫉妬心だ。ゴミを観るような目でも心はない。

 日常にないから、辻褄が合わないから面白い。フィックションとはそういうものだ。テーマパークやコミックマーケットに群がる大衆は非日常を求めて自ら対価を払って通う。その価格は一日でネットフリックスやamebatvの年会費に匹敵する。払えないのではなく、払わないのだ。価値がないから。価値がないのは無駄にしか映らない。世界が非難してもいいではないか。白雪姫が黒人って。現実逃避もいい加減にしろ。タイトルを代えろ。黒糖姫とかに。作者の自由な発想や思いを制限すること自体が創作に対する差別だ。

 スポンサーがお宅に広告を打ちたいと言わせてみろ。そうすれば、視聴者は振り返ってくれるさ。

 最近、製作費がないからとやたらと音楽番組を特番扱いで流すがそれこそ愚の骨頂だ。SNSで推しの音楽は十分だ。しかもfullで聞けたり、見たりできる。好みの歌手が出番を追えれば、あとは無駄でありチャンネルチェンジの時間だ。グルメ番組も東京近郊ばかり。一店舗にスポットを当てられても迷惑でしかない。店側も瞬間沸騰するかも知れないが思い上がって過剰投資して気づけば潰れる羽目にもならなくはない。高級パン屋や変な店舗名も一時は受けても「はい、それまでよ」だ。

 そもそも「旨い」と言われても食ってるやつは人の金で食っているのだから旨いだろうが視聴者が味わえるわけがない。涎を垂らして「いいなぁ」って。それの何が面白い。美味しんぼアニメのように拘りを追及するのなら価値もあるが、タダ出された料理をぱくつくだけではお粗末すぎる。爆盛や大食いは年に四回もあれば十分だろう。いじめに移るバラエティも昔は問題にならなかった。たらい落としが話題になったからって悪戯程度で事件には成り難かった。

 やっていい事悪いことは道徳として親や学校が教えるべきだ。規制規制するから、何でもかんでも抑制して、底からはみ出す知能の低い者が蔓延り問題を起こす。そんな社会はテレビが作り出した大罪として大いに反省すべきだ。

 理性や道徳の基盤があるから苛めに発展しない。テレビが伝えるのは、未成年の飲酒や喫煙は駄目だと伝えるのではなく、なぜ駄目なのか、どんな影響があり自分に返ってくるのかを大袈裟ではなく事実に基づいて伝えるべきだ。

 受動喫煙が問題になるが、昔、会議室は煙で充満していた。その結果、行動成長してきた。癌は日本人に多いのは遺伝子的なものが大きく、喫煙のせいではない。そんなことを言い出すのなら、中国や韓国が垂れ流す放射性物質を問題にすべきだ。韓国では水道水が飲めない。中国では癌の村まで生まれている。殊更一部を切り取り、大袈裟に語る手法の大間違いを肝に銘じて正すべきだ。

 苛めも「やられたらやり返す、倍返しだ」のように自分に返ってくることをドラマなどで伝えればいい。魚の焦げを食べると癌になるという報道があった。その詳細は年間に焦げを二トン食べた場合とある。「誰が食べるんだよー」が抜けている。何でもダメダメを連発して、いい気になるのはいい加減にすべきことだ。

 大谷翔平さんが大活躍されている。誰もが否定した二刀流を見事にやり遂げ、打って走って、記録を更新し続けている。可能性を自ら他者から絶つのではなく、まずはチャレンジでしょ。失敗すればやり直せばいい。やり直せる範疇で。度が過ぎると犯罪として自分で償うことになる。石橋を叩いて渡る。叩き過ぎれば石橋を壊して渡れない。いい加減にたたけば事故る。人生いろいろは、限度を見極める目があるからなせるもの。テレビの未来はそこにあるのですよ。非難されればされればいい。それだけでも問題提起した功績はあるのだから。闇バイトに気安く手を出して人生を終えさせているのも最後まで報じない報道のせいだ。

 「テレビ局よ、立ち上げれ。もう、失うモノは何もない。しがみ付いているその場は薄氷の上にある。予算がないと諦めるな。池の水を抜いてみた。実際の処、どうなんだろう。みたいな番組もある。どうでもいいことに必死になるのもいい。視聴者は日常の?と非日常を求めている」

 社会人・学生が休日を楽しみにする。ズル休みをしない限り、中五日は必須だ。テレビもそういう存在を目指すべきだ。

 

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