第50話 お母さんは心配性
『愛しい人、よくお聞きなさい。あなたに伝えたいことがあります』
夢を見た。
ここ最近夢を見るほどの睡眠をしてこなかったのもあり、こんな状態に陥るのは実に三年ぶりだったりする。
目の前には美しい、しかし顔は朧げな女神の姿があった。
誰?
よく聞いたらスーラの声だ。
姿を見るのは初めてだったので驚いた。
俺は彼女の前で一切の肉体制御を得られないまま、頭の中に声だけ吸い込まれていく感覚に陥った。
『魔石を求めて魔が動き出しています。そして妹さんもまた、変調が起こるでしょう。共鳴が始まります。魔石を探しなさい。極大よりも大きな、深淵への手がかりとなる王魔石を』
極大よりも上の魔石を?
そんなのがあるのか?
いや、まだ討伐しきれていない存在がいる。
奉仕種族よりもさらに上。
神格と呼ばれる存在が。
俺がそいつらを倒す?
馬鹿も休み休み言え。
『愛しき人よ、よくお聞きなさい。あなたの命は無限ではありません。あなたの命もまた、魔力で無理やり動かしているに過ぎないのです。私はここより遠くに行くことになりました。これから先、あなたを突き動かすのは魔なる石、魔石が動力源となることでしょう』
離れてしまう? 何故。
『【ア×ト××】に愛しき人との契約がバレました。お互いに不可侵協定を結んでいたというのに。私から反故にしてしまった形です』
大いなる存在。万物の王。そんな存在と不可侵の条約を結んでいた?
一介の人間である俺に? どうして。
『あなたのお父様が【ア×ト××】の子供であったからです。あなたは魔なる存在の落とし子。妹さんは出生からして異なるようですが。要は家族の問題に首を突っ込んでしまったのは私なのです』
待って! 待ってくれ! 父さんが【ア×ト××】の息子?
何サラッと爆弾落としてくれとんじゃ!
もうちょっと告白される人の身にもなって!
『【ナイ×××ト×××】。空海統夜はその半身、契約者です』
あ、契約関係にあったってことか。
ていうか親子関係だったのか? 知らんかった。
まぁ、俺もスーラなんて大それた存在と契約できてしまっているからな。
そんな偶然だってあるさ。
みうも【×ァトゥ××】だもんな。
なんかそういう血筋の元に生まれたのか?
あれ? それってつまり。
母さんもなんらかの契約者だったり?
【ナイ×××ト×××】の奥さんが一般人主婦のわけないもんな。
『空海真昼は【××××グラス】の化身よ』
え? 契約者でもなんでもなく?
『ええ』
あ、ふーん。
『私と【ア×ト××】は姉妹なの』
【ア×ト××】と姉妹だった大物のあなたが、どうして俺なんかと契約を?
『私があなたの叔母だからよ、愛しき人』
ごめん、なんて?
『良いですか? あなたは【ア×ト××】の副官である【ヨグ××××】の妻、【××××グラス】の落とし子です』
【××××グラス】は実質【ア×ト××】が分身した姿なので双子の姉妹とかそういう感じなのだそうだ。
で、その妹であるスーラは【××××グラス】とも姉妹で。
その子供となれば、叔母も同然! ってことらしい。
あ、そういうふうになるの?
じゃあ俺は最初から人間じゃなかった的な?
『いいえ、あなたは確かに人間だった。人間として生まれた。しかし内に秘めた神秘が人間を逸脱していた。初めて深淵に至った時、奉仕種族を前にして気後れしたかしら?』
そういえば、びっくりはしたけど慣れてしまえばどうってことなかったな。
母さんのやらかしでそうなってたのか。
で、【××××グラス】の落とし子だから【ヨグ××××】の落とし子であるウィルバーにもやけに好かれたと?
『親戚のお兄さんが来たと捉えられていたようですね。ちょっとはしゃぎすぎてしまうような?』
ちょっとどころじゃない損害出てんだよなぁ。
『でも上位の奉仕種族を前にしたらどうにもならなかった。そこで私の血肉を分け与えた。ねぇ! これって私がお母さんってことにならないかしら』
何言ってんだこいつ。
ちょっと強めの拒否反応が出てしまった。
距離感バグってんのか?
『だって脳みそと人の皮膚以外はほとんど私の分身体。つまり姉さんとの混ざり物ってわけ。私と姉さんの落とし子同士のミックス。それがあなたなのよ』
なんてこった。
まるで認知してないうちに話が進んで明後日の方向に全力疾走していったぞ?
でも待ってくれ、脳みそと人間の皮膚以外?
そこだけかろうじて人間なのかよ。
『ええ。臓器も筋肉も生殖器も私特製よ』
ッスゥー
冷や汗が滝のように流れていく。
待って、もしかして俺って触手とか生やせんの?
『そうよ。今はまだ格納されてるけど、必要に応じて生やせるわね。でもそれはまだ少し待ってちょうだい。今は魔力が枯渇している状態だから無理に生やせば死ぬわ』
そういえばさっきから魔力が足りないって言ってたな。
それで俺に接触してきた理由はわかりました。
でもそれって、今俺を夢に閉じ込めて伝えるほどの話なんですか?
『急務です。今あなたの残存魔力が急激に減っています。理由はお分かりですよね?』
志谷明日香の仕業であろうことは薄々。
『あれは【××シ×ース】の化身です』
契約者ではなくて?
本当にこの世界はどうなってんだ?
神格がそこらを闊歩してるじゃないか。
『稀に存在の一部がこの世界に紛れ込む場合があるのです。発端は30年前。あなたのお母様から始まりました』
うちの母がなんかすいません。
最近顔を合わせていない母親に変わって謝罪する。
あれ、じゃあ父さんは?
『姉さんから、こちらの世界に影響を及ばしてないかの使者として送られた【ナイ×××ト×××】の契約者としてあてがわれました』
なるほどね。親戚が迷惑をかけてないかの布石として。
すごく納得が行った。
『結果、ルルイエが浮上しました』
なんで!?
『あなたのお母様がうっかりで【×トゥルー】を目覚めさせてしまったのです。あれはまだ二人がお付き合いをし始めたばかり頃。天体観測で星を見るなどという行為をしていた時です』
ああ、うん青春だね。
『あなたのお母様が星の並びが悪いと駄々を捏ね、お父様が色々とやったのです』
何やってんだよ父さん!
で、星の並びが変わったことでルルイエが浮上したってことか。
『それだけで済めばよかったのですが』
まだ何かあるのか?
『ドリームランドの一部が、ダンジョンの深淵と繋がりました。そこから先はあなたの方が詳しいですよね? 愛しい人』
くそっ、うちの両親ろくなことしねぇな!
行方不明になったからって心配して損したぜ!
絶対今もこの世界に不幸なことを巻き起こしてるに違いない。
犯罪の片棒を担がされてる気分になってくる。
で、俺は魔力を回復するためにその王魔石を回収しなければならないと?
『いいえ』
じゃあ、なんでそれっぽく集めるように話を持ってったんだよ。
必要ないのなら……
『あなたの魔力は寝れば治ります。ただ、あなたの体は眠れない。違いますか?』
そういえば横になっても寝れた試しがないな。
今こうやって眠れているのはスーラの力か。
『特別に、私が最後の補給をしています。それと、王魔石には神格の技能の一部が眠っています。あなたはそれを取得して、技能を増やしていってください』
それの入手法が謎なんだけど。
あと、俺の体って生き返ったんですか?
それとも再構築されただけ?
もともと人間を逸脱してたって話ですけど。
『生き返ったという認識で大丈夫ですよ。今までは私から魔力を供給して、なんとかなっていました。しかし姉さんにその行為が見つかり、私は遠い地に引っ越さねばいけなくなったのです』
最後のメッセージに俺が魔力を獲得する方法を教えにきたってことですか。
なんかすいません。
『いいのよ、これくらいお母さんに任せてちょうだい? 王魔石は神格からもらえるけど、別に倒さなくてもいいわ。認めて貰えばいいの。愛しき人。あなたはなんでも自分でやってしまう頑張り屋さんだけど、妹さんももう少し頼ってあげて? あとはきちんと寝なさい。お母さんは心配です』
言うだけ言って、スーラは消えた。
誰がお母さんだ、誰が!
叔母さんからお母さんにグレードアップかよ。
まぁ肉体を作り変えたって言うんならそうなのかもしれないな。
とても納得いかないが、一応命の恩人だ。
方々で迷惑を働いている実の母親と比べたら、だいぶマシともいえよう。
俺は目を覚まし、なんとなく軽い体をほぐして起き上がる。
魔力が全回復したのだ。
なんとなくステータスのようなものが目視できるようになった。
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個体 :空海 陸
年齢 :18
種族 :人類(?)
:深淵ウォーカー
:正気度を克服せしもの
職業 :ユニークテイマー
<ステータス>
STR【筋力】自信あり
CON【体力】元気100倍
POW【精神】黄金の精神
DEX【敏捷】その道のプロ
APP【外見】整った顔立ち
SIZ【体格】178cm 75kg
INT【知性】頭脳明晰
EDU【教養】高校中退
SAN【正気】正常
魔力:19,999,890/20,000,000
<魔力消費内訳>
人間体維持:毎日100
モンスター創造:毎回50
モンスター合成:毎回50
精神操作(なでぽ):毎回10
モンスターテイム:毎回1
志谷明日香:6分置きに1(1日最大240)
<魔力上限解放>
モンスター討伐:有効
霊薬消費:有効
魔石獲得:有効
<魔力回復手段>
睡眠:無効
食事:無効
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魔力は最大2000万か、結構あるって……
おい、早速数値が減ってるじゃねーか!
人間体維持はいいとして、身に覚えのない消費があるんですが。
やっぱりお前か、志谷ぁ!
お前の魔力吸収、早速俺の魔力を吸い始めてるんだが?
無意識か? 無意識でそれなのか?
ただでさえ収録で毎回500は使うのに、余計にそれだけ持ってかれるのは想定外!
こりゃスーラがお情けをかけてくれなきゃ俺がぶっ倒れてた、あるいは人間ではない姿を曝け出して討伐される姿が目に浮かぶな。
でもこいつは理衣さんを目覚めさせるのに必要だからなぁ。
瑠璃さんは大喜びしているのに、俺の都合で追放させるわけにもいかないし。
やっぱり集めるしかねーのかな、王魔石。
落ち着いた気持ちに、ふと誰かに見られてるような気がして顔を上げる。
そこには寝入った俺を珍しそうに覗き込む三人の姿があった。
「悪い、寝ちまった。何時間経った?」
「一時間と少しね。急に寝入ってしまったからみんなで心配してたのよ」
理衣さんがお姉さん風を吹かして説明してくれる。
「ううん、全然平気だよ。お兄たんもたまには寝た方がいいよ? いつも二時間しか寝てないって聞いて心配だったの」
「え、センパイ二時間しか寝てないの? もっと寝ないと調子乗らないよ?」
「俺はそんなに動き回らないからいいんだよ」
「陸くんはカメラマン兼テイマーだものね」
「そ、そうなんだ」
志谷さんは俺の探索者スタイルを知らないもんな。
ずっとスライムに意識を預けて、5台のカメラを操作している。
無意識の本体は予備のスライムに運ばせてる感じだ。
「私は魔法使いよ。よろしくね? タンクさん? お話は聞いているわ」
魔法使いとは相性悪いけど、果たしてどうなることやら。
むしろ強すぎる魔力を吸ってもらえていい結果に繋がるかもな。
無意識に俺から吸ってくれなきゃ万々歳だ。
「アスカお姉たんも明日の配信参加するの?」
「か、陰ながら頑張るよ!」
「表立って頑張ってくれ。あ、別に稼ぎは優先してないからな。クランの報酬は瑠璃さんから振り込まれるから、飯はそれで賄ってくれ。配信と探索者を同時にって普通は割に合わないことばっかりだしな」
「ほ、ほんと? それすっごい助かるよー!」
「あなた、みうちゃんと同じくらい食べるのかしら?」
「アスカお姉たんは私のグルメ師匠だからね!」
「この子、5kgサイズのお子様ランチもペロリなんですよ」
「それはそれは……見てるだけでお腹いっぱいになりそうね」
「まぁ、周りに合わせなくて理衣さんはそのままでいいですよ」
「へへ、満腹飯店は出前もやってるので、次はお店に近いダンジョンで撮影したいですね!」
「そのダンジョンのランクが合えばな」
「確かその近くのダンジョンは──」
「Dだな。あともう一つあげるだけでいいが、みうの成長を蔑ろにしすぎちゃダメだぞ?」
「あ、そだね」
「ご飯は帰りに食べればいいじゃんか」
「そうなんだけどねー。配信とご飯は別で食べたいっていうか」
驚いた。
【××シ×ース】の食欲に際限はないのか?
俺は天を仰いだ。
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