第18話 兄は妹離れができない!

 金曜日。

 朝の面会を終えたあと、今日はバイトに顔を出す。

 みうは集中治療をする予定が入っていたので、面会時間はあまり取れなかったのだ。


 脳外科医の巳児ミゴ先生曰く、ここ数日で脳に異常なまでの負荷がかかっているとのこと。

 その原因を探りたいから、今日は徹底的に検査をしたいとのことだった。

 話自体はもう前から聞いていたが、ダンジョンでモンスターを倒すたびに負荷がかかってるそうだ。


 病院に帰ってくるたびにだるそうにしてるのはそういうのが原因かもしれない。

 良い機会だし、徹底的に検査してもらうことにした。


 それで今日は朝から配達を解禁させたわけである。

 大将は二人で回すのがきついと言ってきたので、たまに配達の日があっても良いなと言ってきた。

 出前用の人員雇えば良いのに。

 中のバイトまで任せるから人は離れるんじゃねぇかな。

 しらねぇけど。


「ちわーす、勝流軒でーす。ラーメン大盛り三つ、お待たせしましたー」


 昨日に比べて、随分と賑わっているダンジョンセンター前。

 また配信者でも来てるのだろうか?


「おう、坊主、こっちだ」


 奥で知り合いがカウンターの合間から顔を出す。


「熊谷さん。今日もまた繁盛してますね」


「なんか知らんけどな。こんな何もないダンジョン、何しにくるんだか。こっちは商売だから助かるが」


「昨日みたいに配信者が来てるとかじゃなくて?」


「配信なんだろうが、どうも何かを撮影しに来てるぽいんだわ」


「へぇー。威高さんみたいな暇人もいるんだ」


「言ってやるな。それよりもみうちゃんは?」


「今日は集中検査だから、面会も短めでさ」


「だからバイトに精出してんのか」


「そういうこと」


「こっちとしても連日そうなら助かるな。どうもこの混雑具合は数日じゃ掃けそうもない感じだ」


「なんか掴んでんの?」


「どうもどこかのクランが期待の新人を探しに来てるそうなんだ」


「まさかみうが?」


 あの可愛さならオファーが殺到してもおかしくはない。

 俺はうんうん唸りながら納得してしまう。


「みうちゃんはまだ未成年だろ? オファーが来るとは思えんな」


「ケッ、見る目のない奴らだ」


「どこかの過保護すぎる兄貴が手放す癖もないのに売り込むからそうなるんだぞ?」


 それって誰のことだ?

 俺か。


「まぁ冗談はさておき、明日もこの混雑は続きそう?」


「確か撮影日が明日か」


「そ。みうは探索する気満々でいるんだけど、これじゃあ依頼もまた達成できそうもないじゃん。いっそ、違うダンジョン行くか考えてるけど」


「例の廃棄ダンジョンか?」


「まぁ、いつものスライムと極大魔石結晶の見栄えのないダンジョン配信かなって」


「今のみうちゃんの実力でスライムだけは難しいんじゃねぇか? 普通にラットやバットも狩るだろ?」


「俺の助力があるならそうですね」


「まぁ、空を飛んでるやつと、集団で地を這う相手に【スラッシュ】だけじゃ分が悪いか」


「そこで新たなスライム種を出そうかと思ってます。多分、見たことのない新種だと思うので、今回の配信も内密なものになりそうです」


「お前、そうやって箱入りにしすぎると外に出た時苦労させるぞ?」


「その時はその時ですよ」


 言って、オカモチを持ってバイト先に帰る。

 帰り道、誰かに跡をつけられてる気配を感じながら路地裏で待ち伏せする。


「ハァ、ハァ、確かこっちに曲がったはずだけど、どこに行ったの空海君」


 周囲を見渡し、思いっきり目深に被っていたフードをめくった姿は、昨日出会った威高さんだった。


「誰探してんの?」


 俺はアパート脇の階段の上から、声をかける。


「空海君? 大変なの! 今すぐ逃げ」


「確保ーーーーーー!!」


 威高さんが今すぐここから逃げろ、という顔で見上げるよりも早く。

 周囲に散っていた粘っこい視線が一気に強まった。


 そして武器を持った大人たちが一斉に俺に襲いかかる。

 俺といえば、それを横目に携帯電話を持ち上げ、110番を押した。


「もしもし、お巡りさん? 今不審な人物たちに囲まれてて。ええ、アルバイトの配達中にです。ええ、至急こちらにきてください。場所は──」


 獲物を持ってる男たちの手が止まる。

 表情がこわばっている。

 まさか110番されるとは思ってなかったって顔だ。


「話をしようじゃないか、空海君。そのスマホは、今すぐ床に置いてくれると助かる」


「え? どこの誰かわからない人たちに脅されて言う通りにするなんて怖くてできないに決まってんじゃないですか。あ、お巡りさん。暴漢の特徴を添えておきますね。全身探索者装備で、白と赤の虎のエンブレムを掲げた。ええ、ええ。え、有名な探索者クランのリーダー? いや、知らない人で怖いので今すぐ来てください」


 そもそも初対面ですよね?

 一方的に俺を知ってる時点で碌な目に遭わないっていうのに、なんで従うと思ってるんだろ。


 相手の特徴を全て伝え切った後に、お話タイム。

 電話を切り、警察が来るまでの時間を稼いだ。


 今時の時代、探索者犯罪も多いことから警察官も上級探索者を雇う時代である。

 なので相手が探索者だとわかれば、それなりの相手を用意してくれる。

 素晴らしきかな、法治国家。


「で、俺になんの用です? 見ての通りバイト中なんですけど」


 自転車に乗ったまま、備え付けてたオカモチを取り上げる。

 配達後だからよかったが、配達前だったらラーメン伸びてたぞ?

 どう申し開きがあるってんだ。


「我々は君とそのご家族を養う準備ができている。アルバイトなんてする必要はなくなるんだ」


「俺は見ての通りの一般人ですが?」


「隠す必要はない。我々はもう知っているんだよ。君が単独でブラックドラゴンを制圧したことも」


「はぁ。俺のこと喋ったのは威高さん?」


「ち、違うの」


 違わないよね?

 違うんだったらそんなに慌てふためかないはずだ。


「なるほど。俺のジョブがユニークテイマーであることは知ってるわけだ。じゃあ、俺の妹が現在集中治療を受けてる難病持ちで、仙桃やエリクサーを用いてもその病気が治らないことももちろん頭に入ってるんだよな?」


「は?」


「なんだ、アテが外れたって顔して。俺がダンジョンに赴かなくなった理由は、ダンジョン産のドロップ品が妹の病気に一切通用しなかったからだ。そこへあんたたちは知ったような顔して妹の病気は治せる、俺からアルバイトをしなくても良いと、そう言ってきた。俺から言わして貰えば、金を積むだけで治るんだったら、俺の妹はとっくに完治している。していなければおかしいはずなんだ。けれど医者は匙を投げた。俺がこのバイトをしているのも、妹の面会に行く時間に都合がよく、シフトをそれなりに変更させてくれるからだ。あんた達のクランに入ったとして、俺にその自由は与えられるのか? 妹の病気は治らず、ただ弱ってく姿を見ることも叶わず妹の死に目に会えない可能性まである、そんなあんた達の話に誰が乗るかよ、クソくだらない」


「その、すまない。まさかそんな難病だなんて知らなかったんだ……」


 遠くでサイレンの音が聞こえる。


「お巡りさん、こっちです」


 俺は通報者だと名乗りをあげ、犯人をしょっぴかせた。


「困るよ、名久井君。一応こっちもメンツがあるから逮捕するけど」


「悪かった、絶対に確保したい人員だったんだ。焦って強硬手段に出てしまった」


「君、怪我はない? それと、こっちの名久井吾郎イゴローナク君はこう見えてAランククランの探索者だから。彼が本気で暴れるとうちの署にも対応できる人がいなくて困るんだよ」


「それとこれは別の話ですよね? 探索者でもない一般人の俺は実際に武器を突きつけられ、バイトの配達時間を超過した。まだ配達直後だったのが幸いしましたが、こんなやりとりでバイト時間潰した身にもなってくださいよ。それと、探索者だなんてものはやりたい人がやるものです。嫌がる一般人を無理に誘うのはどうかと思いますが?」


「それは本当にその通りだ。しかし名久井君が誘う君は一体何者なんだろうな?」


「ただのラーメン屋のアルバイトですよ。では、俺は仕事がありますのでこれで」


「通報感謝する!」


 そう言って、警察はどこかのお偉いクランのリーダーをパトカーの中へ連行した。

 威高さんはその場で何もできずに立ち止まっていた。


 はぁ、全く。

 事を荒立てるしか脳のない連中ってのはどこにでもいるもんだな。


 可能ならば熊谷さんのダンジョンで撮影しようと思ったが、やっぱり明日は廃棄ダンジョンに行こう。

 俺の能力がみうに迷惑をかけるなんてあってはならないことだもんな。


 バイトが終わってもムカムカした気持ちがおさまらない。

 そこで俺は金曜日に撮影した分の編集がまだだったことを思い出す。


 妹がちょっと見栄を張ってる部分や、ドヤってる部分を編集してると不思議と穏やかな気持ちになってくる。


 やっぱり女子小学生は最高だぜ。

 いや、決してロリコンではないぞ?

 俺はただ妹を愛でてるだけだ。


 誰かに言い訳を続けながら、俺は編集を進めていった。

 

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