第9話 仮免探索者みう《装備》

 数日後。

 病院側と相談して、検査のある日以外の午前中に外出の許可をいただく。


 無論、病院側の都合を最優先するので毎週同じ日にダンジョンに行けるわけではない。

 毎週日曜日は出入りの業者と担当医が休日なのもあり、午前中は丸々暇。

 撮影日はその日で固定。

 あとは週に何回かをリハビリに回す。


 そのリハビリ日が撮影以外の探索の日だ。

 みうには面会がてら伝えることにする。

 こう言うのは毎日面会に行ける時間的余裕を持つ俺だからこそできることだ。


 それも、九頭竜プロからのサインがなければ危うかったが。


「みう、今週の予定でたぞー」


「お、いついつー?」


「撮影日の日曜は固定として。明日と金曜日だって」


「その日って確か……」


「数値が悪かった頃の検査があった日だな。先生からこの数値なら大丈夫だろうって」


「わぁ!」


 みうは本当に回復したんだ! とようやく実感が湧いたようだ。


「それとこれとこれ」


 ベッド中央に置かれた長テーブルに仮免探索者ライセンスと九頭竜プロから送られたバトルスーツ一式を置いていく。

 それを見て、触って、目の前で広げて。みうは目を輝かせた。


「お兄たん、これって?」


 頭では理解しているだろう。

 それはよく見る配信で九頭竜プロたちが来ているバトルスーツ、見慣れた制服だ。

 それがみうのサイズで黒からピンクに色を変えて用意されたらファンなら喜ぶ。

 最高のプレゼントだろう。


 こればかりは金を積んでも手に入らない。

 スポンサーを買って出てくれた九頭竜プロの粋な計らいだ。

 いつもの芋っぽい探索者装備とは隔絶されたデザインセンスであった。

 寄せ集めの子供用探索装備と比べるのも烏滸がましいと言うやつだ。


「みうのために再調整してくれたそうだ。武器もこれから買いに行くぞ。流石にその装備に木の棒は合わなすぎるだろ?」


「ありがとう、お兄たん!」


「それと、これがお前の命綱になる。大事にしまっておけ」


「このライセンスが?」


「兄ちゃんがピンチの時、応援を呼びに行かせる時があるかもしれない。その時に自分の身分を示すのに大事なのがこのライセンスだ。病院を一歩でたらみうを特別扱いしてくれる人は俺以外いなくなる」


「うん」


「しかし、それがあればお前はまだ探索者に満たずとも、それに並ぶ能力があることを知らしめることができるんだ。なんだったら九頭竜プロのバトルスーツよりもだ」


「こっちよりも?」


「ああ、それは真似て作ることもできるが、こっちは身分証だ。お買い物だってこれでできるようになるんだぞ」


「そうなの?」


 先ほどまで、あまり意識を向けてこなかった探索者ライセンス(仮)が急に大切のもののように思えてきたんだろう。

 それをぎゅっと握りしめて胸元に押しつけた。


「それに、お医者さんから許可が出たら、外でご飯も食べられるようになる」


「んふー」


 みうはいつになく興奮していた。

 病院食も悪くはない。

 みうが摂取できない栄養も、無理なく吸収させてくれていた。

 しかし外の食事はそこまでケアしてくれない。


 昔から薄味の食べ物ばかりなので、あまり濃い食事は選ばないようにしているが、本人が食べたいのなら許可くらいしてやってもいい。

 もちろん、医者からの許可は必要だが。



 そんで翌日。

 バトルスーツに袖を通したみうを連れて、俺たちはFランクダンジョン受付前にやってきていた。


「装備はここで借りることにする」


 受付といっても、依頼の斡旋やら武器の貸し出しもやっている。

 討伐したモンスターのドロップの買付けも基本的にここで取り扱ってるし、ダンジョンのあるところには大体あるコンビニみたいな場所だ。

 食料や水分の取り扱いもしてるので、探索者にとって一番身近なコンビニか。


「お兄たん、買うって話じゃ」


「実はな、そのつもりでいたが武器の携帯には許可がいることを思い出した」


「え?」


「ダンジョン内で武器の携帯は許されるが、ダンジョンの外では普通に許可書が必要なんだ。それが正式なライセンスでな。俺のライセンスも仮のままだし、実は買っても保管する場所がないんだ」


「そこ、重要な要素だよ!」


 ダンジョン配信者としてあるまじき確認不足である。

 本当、面目ない。

 肝心なところで役に立たないなど兄失格だ。

 今すぐ腹を切って詫びたい所存である。


「学園では学園が武器の管理してくれてたからな」


 うっかりしてたんだ。わざとじゃない。

 そういえば、納得してくれる。

 いい子なんだ。


「お兄たんも仮免許だったんだ?」


「自主退学したからな。卒業証書が正式ライセンスなんだよ。それをうっかり忘れていてな。武器を買ったらどこかで管理してくれると思ってた」


「お兄たん、抜けてるー」


「笑わば笑え」


 だ、なんて兄妹水入らずの幸せな空間に邪魔者が一人。


「で、どれにするんだ?」


 熊谷さんだ。くまみたいな体格はジョブがタンクだからと言い張るが、絶対に不摂生によるものだと俺は勘繰っている。


「クマおじちゃんだ!」


 知ってる顔だとわかり、みうはパッと表情を明るくさせた。


「熊谷だよ。どっちでもいいけどな」


「すいません、すぐ選ばすんで」


「馬鹿野郎、自分の武器を選ぶのにさっさと選ぶ奴があるか。こう言うのはな、手応えを確かめる意味でたっぷり時間をかけるもんだ。お嬢ちゃん」


「みうだよ」


「みうちゃんはさ、スキルを扱うだろ? その時点で自ずと武器種は限られてくる。剣技の時点で選ぶ武器は斬撃系統。つまりは剣だ」


「うん。前回は木の棒でやったけどね」


「九頭竜プロは剣でやっていただろう?」


「そうだね」


「だから武器の持ち手に重心があり、振り回すのに適した武器が選択肢に入ってくる」


「ふんふん」


「あんまり物騒な武器渡さんでくださいよ? なるべく切れ味を落としたやつでいいんで」


 そんな俺の口出しに、熊谷さんは「お前なぁ」と食ってかかってきた。


「お前の過保護は妹さんを早死にさせるぞ?」


「何を言って?」


「武器から殺傷力を落とすってのはな、自分の命を守る安心感も削ることになるんだぞ? お前がどれだけ凄腕でも、妹さんの命を守るのは武器であり、防具だ」


 それを言われたら弱い。

 最善のサポートを尽くすつもりでいるが、野良のダンジョンはそう言うところで融通が利かないからな。


「お兄たん?」


「いや、なんでもない。自分でこれがいいってやつを選んでみろ。兄ちゃんも自分の武器を選んでおく」


「わかった!」


 そうして時間が流れる。

 よもや武器選びでこれほど時間を経過させるな土思ってみなかった。

 けど、熊谷さんの言うことも一理あるので黙って従った。


 そしてお披露目会。


「お、坊主はマインゴーシュ、短剣か」


「学園でも短剣使いだったんで。こいつが採取に最適なんですよ。まぁ敵を倒すのに武器を使わなくて済む『テイマー』だからこそですが」


「そしてみうちゃんは……エストック? 突剣か? どうしてそれを?」


「持ちやすい! そして軽かった!」


「武器の殺傷力よりも扱いやすさか」


「うちの妹は木の棒でスラッシュをかます奴ですよ? 武器は選ばないタイプのスキル使いなんでしょう。まぁ、今日使って合わなかったら、次変えればいいだけですし」


「それもそうだな」


 そう言うことになった。

 

「そして、このバトルスーツと合う!」


 みうからしたら、そっちの方が重要な要素だったようだ。

 女戦士美兎のお披露目会だ。

 撮影じゃなくてもカメラ持ってくればよかった。

 そう後悔する俺だった。

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