第8話 兄の根回し

「信じられない、恐ろしいまでの回復力だ。これなら週3日の外出も許可しよう! もちろん、定期検診は受けるように。流石にすぐに退院させるわけにもいかないからね。こことここの数値は良くなったが、まだまだ悪い箇所もある。これで退院させたらうちの病院はクレームの嵐だ」


 病院で再検査を行なった。

 医者が匙を投げるほど数値が悪かったみうの肉体は、剣技を一つ取得しただけでたちまち一般病棟の病人クラスまで回復していた。


 それでもまだ安静にしていなければいけない状態だが、今までの寝たきりだった生活環境に比べれば目覚ましいほどの回復だった。


「よかったな、みう。これで買った服が無駄にならずに済むってもんだ」


 たった一回、袖を通して終わる未来は潰えた。

 袖を通してない服もある。

 今から写真に収めるつもり満々なのだと意気込みを語れば、みうは少しむくれた。


「もう、お兄たんったら」


「ははは、冗談じゃないか」


 もっと体調が回復したことを喜ぶべきだと言いたげだ。

 それも嬉しいが、俺から言うのは野暮ってもんだろ?

 俺はお前の体の痛みを肩代わりしてやれない。だからどれくらい体が楽になったかの感想を言えないんだ。

 

 それは自分が一番わかってるだろうに。

 共感が難しいことを。

 それでもそこを喜んで欲しそうだった。


「それで、お兄たん。相談なんだけど」


 何やら神妙な顔つきだ。

 お医者様から正式に週三日、数時間の外出許可をもらえた。

 それで調子に乗っているのかもしれない。

 

 体調が良くなったからと、まだ体の痛みはあるだろうに。

 なので前持って釘を刺しておく。

 まだ病気は治ってないんだぞ、と。

 

「配信なら、週一回以上しないぞ」


「えー! 九頭竜プロとコラボした今が新規ファン獲得のチャンスだよ!」


 我が妹は小学生ながらファンの数を心配しているようだった。

 バカなやつめ。

 数字でしか物を見ないそこら辺の配信者と一緒に考えられては困る。

 

 今数字が少ないのは、単純に俺がそこまでのキャラを把握できないからだぞ。

 その気になれば数は増やせるが、増やした分だけ編集に時間がかかるからな。

 撮影も週一どころか月一になってしまうぞ?


 え、それこそ本当に配信を始めたらどうかって?

 愚の骨頂だな。

 今の状態で天狗になってるみうに現実を知らせるのはまだ早い。

 それにアンチが出てきた時の対応もできない情弱だぞ。


 より体調が悪くなる未来が見える。

 だから俺は代替え案を出してやる。


「配信は週一だが、仮免許を使った探索になら付き合ってやる。言ったろ? 探索者になったらコンビ組むぞって」


「それは……いいの? お兄たんアルバイトがあるんじゃ?」


「妹のお願いよりもバイトの優先順位が高いと思ったか?」


「普通は高いよね?」


「ヨソはヨソ」


「ウチはウチ?」


「俺のセリフを取るな」


 妹の剥き出しのおでこを中指で弾いてやる。


「暴力はんたーい!」


 痛くもないおでこを両手で覆って痛がるフリをするみう。


「これからもっと危ない目に会いに行こうとしてるのに何言ってんだか」


「それもそうだけどー」


「それに、兄ちゃんがお前を一人だけで外に出させると思ったか? 保護者同伴に決まってるだろうが」


「ぶー」


「ふははは、病人に自由などないのだ! 悔しかったら退院してから言うのだな!」


「お兄たんキラーイ」


「ぐふっ!」


 9999のダメージ。

 俺は胸を押さえてその場に昏倒した。


「お兄たーん!」


 白々しい、棒読みの演技。


「空海さーん、そろそろ面会終了のお時間ですよー」


「今動けないのでそのままで」


 俺は心臓を抑えながら、看護師さんに迫真の演技で訴えかけた。


「仕方のないお兄さんですねー」


「お兄たーん! カムバーック!」


 俺は看護師さんに足を持たれて引きずられ、面会を終了した。

 病室では俺との別れを惜しむ妹の声がいつまでも響いていた。

 ここの病院はロマンがわかる看護師が多くて助かる。


 純粋に末期患者のみうに元気が戻ってくれて嬉しいのかもしれない。

 俺も同様だ。



「と、言うわけでですね。今月から朝のシフトに入れなくなりました」


「藪から棒に突然だな、陸」


「実は寝たきりの妹の容態が良くなったんですよ。少しだけですけどね」


「ほう、よかったじゃねぇか。だったら尚更稼がなきゃいけねぇだろ?」


 お前に午前のシフト抜かれたら困るんだよ、と大将。

 三年もの間、世話になった店である。

 可能であるなら、穏便にシフト変更の了承を得たいところだった。


「むしろ今までの稼ぎは、妹が元気になったら色々連れて行ってやるつもりで貯めてたんですよ。まさか俺と妹の時間まで奪いませんよね?」


 俺はここで切り札を出す。

 身内向けの配信の最新話を大将に提示した。


 そこではみうがスライムに切った張ったしてる映像があった。


「はうっ!」


 大将は俺の週一の活動の成果を見てからすっかり妹のファンの一人である。

 コメントを手伝ってもらってる一部は、実はこのラーメン屋の大将とその家族だったりする。

 

「みうちゃん、いつの間にこんなに元気になったんだい?」


 奥さんが厨房から出てきて、店内のテレビで放送したビデオにコメントを寄せる。


「本当、今回のコラボからですよ。前までは本当によろよろしてましたから」


「コラボ? こんな身内の撮影会に誰がコラボなんかするってんだ?」


 大将が訝しむ。

 こればかりは見てもらったほうが早いだろう。

 少し早送りをして、九頭竜プロが自己紹介するところまで飛ばした。


「え、九頭竜プロって言ったら本物の探索者さんじゃないのかい?」


「実はうちの両親と古い縁があったそうで、そのつながりで」


「うちの旦那はあの人のファンなんだよ。知り合いだってんならサインもらってきてちょうだい!」


「お、おい! 何勝手なこと!」


 大将は恥ずかしげに文句を垂れる。

 ファンではあるのだろう、そこは否定していない。


「サインもらってきたら、シフト変更許可もらえますか?」


 俺は交渉を持ちかけた。

 もしそれがもらえたら、穏便な変更は可能か?


「最近、陸くんの配達に店舗内の売り上げを取られちまってたからね。そのサイン見たさに店に人が集まってくれるんなら本望だよ。店なら二人で回せるしね」


「おい、カーチャン!」


 こうして、バイト先の大将が納得いってないまま俺は約束を取り付けた。

 続いて普段配達してるダンジョンの受付に挨拶回り。

 くまおじちゃんである。


「よう、坊主じゃねぇか。今日はどうした? 注文はしてねぇぞ」


「実は午前のシフトから外れることになりまして」


「まぁ、そうなるわな」


 みうが探索者を始めたら、保護者同伴になる。

 仮免許の貸し出しの規定には必ず15歳以上の探索者免許を持つものが同伴することがあった。

 俺は学生時代に仮免許を持っていたことがあるので、ダンジョンには詳しい。

 ただ仮免同士なので俺もFから始めることになっていた。


 どうせみうと一緒に潜るだけのものだ。

 無理にランクを上げる必要もない。


「なので、午前中の出前は諦めてください。当分は店内で回すそうです」


「他にバイトはいねぇのかい?」


「うちの大将は気難しい人なんでね。新規のバイトが入ってもすぐ辞めてくんですよ。仕事内容の割に給料が安いって」


 俺からしたら賄いつきで、料理も教えてもらえる環境、願ってもないんだが、バイトのほとんどが遊ぶ金欲しさで入ってくるので仕事のきつさが目に余るみたいだ。


「そっか、じゃあたまには運動でもするかな」


 交代制で受付を代わり、休憩時間に店に立ち寄ることにしたっぽい。


「妹からくまおじちゃんって言われてましたからね」


「ウルセェ、これはジョブによるもんだよ。探索者時代はタンクやってたんだ。この大きな体で守ってやるのさ。それなりに信頼得てたんだぜ?」


「じゃあどうして今はここで受付なんて?」


「当時のメンバーはみんな結婚しちまった。稼ぐだけ稼いだら。あとはみんな守りに入っちまうのさ」


「ご愁傷様です」


「何か勘違いしてるから言うけど、俺も既婚者だからな?」


「え!?」


 俺は大仰に驚く。

 いや、その貫禄で独身はないだろって思ってたけど。

 九頭竜プロを前にしても特にオドオドしてなかったしな。

 

「お、そうだった。みうちゃんのライセンスできたぞ。仮免だけど」


 熊谷さんがデカデカと(仮)と記されたライセンスを取り出した。

 そこには空海みうときちんと記載されている。

 ジョブ欄は無記載。スキル欄は剣技スラッシュがきちんと記載されていた。


「これが正式になるには?」


「まぁ、体を治してからの話さ。いくつか依頼をこなしてもらう必要がある。スライムだけじゃあ、ちと難しいな。採取に納品もある」


 ランクアップ条件はまちまちだ。

 魔石の納品なんかはその最たるものだ。

 なので常日頃から魔石を慣れ親しんでいるみうにとっては見慣れたものである。

 最上級のものを見慣れすぎて、感覚がバグってるのを自覚してしまう頃か。


「まぁ、スライムからあんなにポンポンと極大魔石結晶は出ませんからね」


 先日の撮影を振り返る。


「まさか、通常ダンジョンでもお前がサポートをするつもりか?」


「ははは」


 俺は乾いた笑いを浮かべた。

 熊谷さんは呆れた顔で俺の帰りを見送ってくれた。


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