異形とだれか

佐藤風助

差出人不明

二月のはじめ。バレンタイン間近。

受験も関係ない高校二年生の冬というのは、高校生活最後の自由を謳歌しようとイベント事が盛り上がる。少なくとも、甘崎定春の学校では。

やれ誰が誰に渡しそうだ、とかあの女子が告白するぞ、とか。まあなかなかの盛り上がり。とりあえず、靴箱に食品を入れないほうがいいと思う。色々ばっちい。


「なぁに他人事みたいな顔してんだよ」


昼休みの、少し騒がしい教室で、先程まで弁当のピーマンの肉詰めを苦々しい顔でつついていた友人、松風が言った。


「……実際他人事じゃね?」


「分かってねえなあ! 俺らは花の十七歳! 青春真っ盛りなんだぜ? 今この時期にチョコレートの一つや二つ貰わなくてどうするよ?!」


「んな熱くなること?」


貰い物のみかんを剥く。毎年ばあちゃんが文字通り腐るほど送ってきてくれるのだ。毎食食べないと食べきれない。


「来年の今頃はどーせ受験でひーこら言ってるんだし楽しもうや。……てか人生で一度ぐらい女子から義理じゃないチョコ貰いたくない?」


「待て、一回も貰ったことねえの?」


「……毎年妹の失敗作だけしか貰えないのがそんなに悪いか!」


「……」


「可哀想な子を見る目をやめろ!」


哀れな友人は放っておくとして。甘崎はそんなにバレンタインに興味がない。スーパーの特集が恵方巻きからチョコに変わる、それだけである。ゴタゴタした恋愛模様なんてのは無縁だし、告白なんてされたこともない。正直に言ってしまえばただの休み、または平日。


「じゃあなんだよ。お前は貰ったことあるのかよ」


「ある。毎年」


「……は?」


甘崎はなんてことないように言った。だって本当になんてことなかったから。それよりもみかんの白い筋を綺麗にとるほうが重要なので。


「……母親からとかいうのはナシだぜ」


「違うけど」


「自分で自分にプレゼント?」


「そんな寂しいヤツじゃねえよ」


「……じゃーなんだよ! お前には毎年チョコをくれるようなラブラブ彼女がいるってか?」


「いない」


「は? どゆこと?」


綺麗に剥けたみかんを口に放り込んでから。


「なんか、毎年届く。ポストに」


「だ、誰から?」


「分からん。かれこれ十年ぐらい? なんか毎年ポストに入ってんだよなー」


「も、もちろん捨ててる、よな?」


「食ってる。けっこううまいよ」


「……なに考えてんだよお前!」


松風が声を荒らげる。そりゃそうだ。ポストに投函された謎のチョコを警戒心ゼロで口に入れるヤツがどこにいる? 幼稚園児でもやらんぞ、そんな愚行。今まで死ななかったのが不思議なくらいだ。


「そんな怒るなよ……ほら、みかんやるから」


「あんがとな! でもチャラになるワケじゃねえから!」


「こわ、オカン?」


なにやら怒っている友人の口にみかんを押し込み、剥いた皮を空っぽの弁当箱に詰めた。ごちそうさまは忘れずに。

ピーマンの肉詰めを、意を決して飲み込んだ友人が呆れ顔で聞いてくる。


「気になんねえの?」


「なにが?」


「差出人だよ。変なやつだったらどうすんだ」


「えー……大丈夫じゃね? 今まで平気だったし」


「今まで平気だったのが奇跡なんだって! ……流石にやべえよ。毒とか入ってたら今度こそ死ぬぜ」


「……まぁそうだけど」


薄々ヤバいとは思っていたのだ。母親からも散々言われていたし。食べ物を捨てるのは忍びなくて今まで食べてきたが、結構危ない橋を渡っていたのかもしれない。最近とにかく物騒だし、もう捨ててしまおうか。

弁当箱を袋に入れて、横にかけてあるリュックにつめた。時計をみれば、あと十五分で昼休みが終わるところまできている。


「……確かめてみようぜ」


先程とはうってかわって、イタズラっ子のような笑みを浮かべた松風が言った。

あぁ、そういえばコイツはこんなヤツだった。好奇心旺盛な、後先考えず行動する、どこか向こう見ずなヤツ。

こっそりため息を吐いて、一応聞いてみる


「……なにを?」


「誰がポストにチョコを入れてるか」


……


「なー、コレの十巻どこ?」


「本棚の下のやまー」


「……こっから探すのか」


来たる二月十四日、バレンタインデー。甘崎と松風は、甘崎の部屋で──ポストを監視できる部屋でダラダラしていた。

今日は土曜日、休みだ。朝一番に遊びに来た松風とずっとポストを交代で見張っている。今は甘崎だ。人通りの少ない住宅街を、ぼんやり見つめてかれこれ三十分。そろそろ飽きてきた。くわりとあくびをする。


「なー、ないんだけど」


「えー……。じゃあ探すからその間見張っておいて」


「らじゃー」


ちゃんと巻数通りに並べておけばいいのだが、読んだら読みっぱなしで自分にしか分からない場所に放っておく癖がついてしまった。CDやらもう使わない教科書やら全然関係ない小説やらをかき分けていく。

突然、ぼーっと窓の外を眺めていた松風が慌てふためき声をあげる。


「き、きたっ! おい! 来たぞ!」


諦めて読んでいた漫画を放り投げて窓の外に駆け寄った。ポスト付近を凝視する。

──誰かが、いた。

一言でいってしまえば、毛むくじゃらのナニカだった。シルエットだけは女性の形だけど、全身は髪の毛のようなもので覆われている。ソイツがふらふらと千鳥足で甘崎の家に近づいてくるのだ。

ついにポストの前に来て、髪の毛の隙間から手を出した。いや、手と言っていいのか分からない。髪の毛を束ねて作った手のような棒、といったほうが正しい。

かたん、とポストにナニカを入れた。

またふらふらと揺れながら戻っていって、すぐに見えなくなった。


「……なあ」


「……なに?」


「今年も、チョコ、食う?」


「食うわけないだろ……」

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