ヅラのような本体「ボクの身体を知りませんか?」

黒星★チーコ

本編

第1話 アニメキャラのような鼻にかかった声で

 

 朝は無機質なビル群。

 夜は窓の明かりが並ぶモザイク模様。


 電車の外を飛ぶように流れるそれらは毎日毎日変化もなく、はっとさせる美しさも、想いを馳せるような面白味の有るものでもなく、ただの背景だった。

 満員電車はスマホを触るのも一苦労。たまに隣のおじさんが矢鱈と幅を利かせぐりぐりと圧してくることもある。その重みに体だけでなく心も押し潰されそうになり、会社での疲れが帰りの電車内で更に増していく。


 そんな疲弊を積み重ねたいつもの電車から降りて、マンションへの帰り道を歩いていた時に私はと出会ったのだ。


 私のコツコツという足音が反響して二人ぶんの足音に思えるほど静かな住宅街。

 薄暗い路地を照らす街灯の下、白く丸い光の中にポツンとある黒いの織り成すコントラストは最も高いと言って良い。

 まるでブラックホールのように私はフラフラとに吸い寄せられる。


 いや、今のは比喩だ。ブラックホールのようだからじゃない。遠目からはは、黒い長毛種の犬か猫に見えていた。疲れきっていた私は……私の脳は、そのモフモフ加減から愛らしいものを勝手に想像し、そしてその想像がもたらす引力に引き寄せられた。


 近づくとは私が勝手に考えたものとは程遠く、明らかに四肢を持たぬ得体の知れない存在だった。

 そうと判った時点で回れ右をして走って逃げるべきだったが、その得体の知れぬ存在をなんとか自分の知識にある「地球上の生物」の中に当て嵌めカテゴライズしよう、と私の脳が勝手にフル回転してしまい逃げ遅れてしまったのだ。

 固まる私には声をかけてくる。


「ボクの身体を知りませんか?」


 彼(?)はアニメキャラのような、ちょっと昔に人気だった子役のような、とにかく鼻にかかった高い声で日本語を流暢に喋った。


「ちょっとはぐれちゃって。こんなの初めてで困ってたんですよ」

「な、な、な」


 漸く私の脳ミソが「こいつは地球上の生物じゃない」と決定付けた。私が知る一番近いものに例えるなら、こいつは……ヅラだ。喋るカツラである。


「多分近くにいると思うので、探すのに協力してくれませんか? 勿論お礼は致します」


 喋るヅラは前向き(?)に傾いた。え、これペコっておじぎしてるの? やたらと丁寧な態度じゃない? そんなツッコミが頭の中で生まれた時、それまで私の体を縛っていた恐怖がさらりと溶けて消え失せたものだから、私はつい曖昧に相槌をうってしまった。


「あ、はぁ……」

「よかった! 出会えたのが貴女のような親切な方で。あ、申し遅れました。ボクはバッハと言います」



 ちゃらりー! ちゃらりらりぃーらー♪(※トッカータとフーガ ニ短調)



 ……はっ、思わず脳内に音楽が流れてしまった。まあ、目の前にいるのはバッハというよりもベートーベンみたいな髪型(?)だけれど。


「貴女のお名前は?」

「あ、篠原 優海しのはら ゆうみです……」

「優海さん、素敵なお名前ですね。貴女にピッタリです」


 甲高い可愛い声で丁寧なお世辞を言われるとムズムズする。いや、そもそもバッハの存在自体が謎すぎてムズムズどころの話じゃないんだけど。私が戸惑っているとバッハはこっちの足元に近寄ってきた。……正確にはにじりよる、って感じ。なんだかその動きは見ていてゾワッとする。


「ヨイショ。ヨイショ。はー、ボク単体だと動くの苦手なんです。お手数ですが拾っていただけませんか?」

「あ……はい」


 彼(?)に触るのは恐ろしい気がしたが、触ってみるとやっぱりほんのりと生温かいだけで普通のヅラの感触だった。私はバッハを拾いあげ、掌の上に乗せる。


「優海さんの手の上、良い乗り心地です」

「そ、そう?」

「うーんボク、スピリチュアルなものはあまり信じないんですが、優海さんの気が良いのかもしれませんね」

「あ、ありがとう(?)」


 謎の生物に気を褒められて戸惑う私。というか、スピリチュアルなものはあまり信じないって、あなたの存在意義は!?


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