即メン、新宿16時、ホテル先入りで

街子

令和時代の女は、買った男を待ってホテルに先入りする

4月(April)

興味本位で90分無料券を使ったが故に、女性用風俗の指名セラピストと過ごす時間がほとんど唯一の趣味になっている


*****


GW明けに転職先に入社することが決まり、現職における有休消化の1ヶ月間があまりにも暇だった。

何か変わったことをしたいと思ったちょうどそのタイミングで、女性用風俗、略して「女風」のリツイートキャンペーンがTwitterで流れてきた。対象の投稿をリツイートすると、抽選で10名様に90分無料券を抽選プレゼント。


石田衣良の「娼年」を中学生の頃に読んでいたわたしは、大人になってから定期的にその手のサービスを調べていた。数年前までは怪しいものしか存在しなかったが、久しぶりに検索してみると、いつの間にか女性相手の性風俗サービスは「女風」として市民権を得つつあるようだった。

早速、裏垢で対象の投稿をリツイートする。そして、4月1日のエイプリルフールに当選結果がDMに届き、わたしは見事その新店舗らしい女風店の90分無料チケットを手に入れたのだった。


その店舗に在籍するセラピストのひとりをサイトから予約し、ラブホテルで初めて会ったのは4月末の火曜日午後だった。


夫が仕事に行ったあと、支度をして家を出る。久しく利用していない最寄りの繁華街のラブホテル情報をスマホで調べながら、電車に乗った。

今日わたしは男を買うんだ、と思うとひたすらに不思議な感じがした。夫への罪悪感も、初対面の男にホテルで触られる緊張感もあまり無い。多くの男性がやってきた「性的に人を買うこと」を女性も簡単にできる時代になったのか、とまるきり他人事のようだった。

電車が繁華街の駅に到着し、人が大量に降りていく。

(ここにいる女性の何人かは、女風を利用したことがあるんだろうな)

なんとなく、初めてセックスをした翌朝の帰り道を思い出した。みんな何食わぬ顔して日々を過ごしているが、やることはやっているんだなと笑ってしまいたくなるような感じ。

駅近のビジネスホテルライクなラブホテルに当たりを付け、一人で入る。セラピストとは駅前などでの待ち合わせかホテルでの集合を選べるとのことだったが、後者を選んだ。男性が「デリバリー」されるのを待つということをしてみたかったからだ。


せっかくなので輝くルームパネルをじっくり見る。平日14時という時間帯にも関わらず、部屋は八割埋まっている。この時間帯にラブホテルを使うのは学生時代以来だが、どんなカップルが利用するのか。コロナ禍で急に在宅勤務が始まったときには、自宅で個室が確保できないからとテレワークの場所としてひとりでラブホテルを使う会社員がいたと聞いたが、さすがにもう少ないだろう。

Apple Watchを見ると、予約時間の10分前になっていた。慌てて、二番目に安い部屋を選ぶ。受付で支払いを済ませてキーを貰い、エレベーターを待った。開いたドアから、禿げた小太りの中年男性と地雷系ファッションの若い娘が降りてきた。二人と携帯をいじりながら、視線を交わすこともなく無言でホテルの別々の出口から出ていった。

なるほどわたしも、今からあれをやるのだ。

と思いつつ、心の底ではあの中年男性ほど見苦しくはないからマシだと誰にするでもない言い訳をする。実際は、「俺若いし鍛えてるし、オジより全然いいでしょ。アフターしようよ」という自称イケメンの方が面倒臭いということを、自分は学生時代のキャバクラバイトで身をもって知っているはずなのだが。


部屋に入って、ソファに腰掛ける。一人きりでラブホテルにいるのは、初めての経験だった。部屋は思ったよりも静謐で清潔で、閉ざされていた。


ラブホテルのドアをノックする控えめな音がした。はっと我にかえり、ドアに向かう。予約時間5分前。

「はあい」

ドアを向こう側に押すと、抜群に顔の綺麗な男が立っていた。無料券がなければ通常一時間1万3千円の支払いが発生する男、今日わたしが指名した女風セラピストだ。


結論から言うと、わたしはそのセラピストにすっかり魅了されてしまい、次の日には翌月の予約を入れていた。

そしていまや女性用風俗からデリバリーされる男をラブホテルで待つことが常態化している30代前半の女となったのであった。

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