高円寺にて

春雷

第1話

 売れないミュージシャンほど情けないものはない、と自分で思う。そして自分でそう思っているのに、音楽をやめられないでいる。さらに情けなくなる。負のループだ。

 先輩に呼ばれて、高円寺のライブハウスで、何曲かやった。ギャラは少ない。観客も別に盛り上がってない。カバー曲をやらなかったせいだろう。

 知らないバンドの知らないオリジナル曲を聴いても、人は何も思わない。何も感じない。

 コーエン兄弟が撮った映画に、売れないミュージシャンの話があった。あれはまさに俺そのものだ。

 高円寺の公園で、仲間と酒を飲む。店に行く金はない。安いロング缶をひたすら飲んで、酔う。そして世間が悪いとか、世の中腐ってるとか、あのミュージシャンは売れるために魂を売ったとか、そんなことを言う。よく知りもしないくせに、みな知ったような口を利く。

「俺たちはいつまでこのままなんだろうな」と誰かが言った。

 たぶん、一生このままだろうと口に出しかけて、やめる。そんなことを言っても意味がない。

 明日もバイト、明後日もバイト、またその次の日も・・・。

 昔は良かった、と年寄りみたいなことを言う。まだ二十代のくせに。

 曰く、昔は希望があった、と。世間知らずゆえに、全能感があり、何の根拠もない自信があった、と。だから天下を取れるような気でいた。

 でも今は違う。現実を知ってしまった。自分の限界もうすうす感じている。これ以上何をしたって・・・。

「解散しちまうか」とベースの鈴村が言った。

 誰も答えなかった。でも、ずっと頭の片隅にあったことだ。解散。ここ数年、誰も口に出さなかったが、ずっと考えていたはずだ。

 バンド全体のやる気が低下している。みんな練習を平気でサボるし、新曲も書いてない。ここ数年新しいことは何もしていない。昨日や一昨日の焼き直し、繰り返し。同じところをぐるぐると回るラウンドアバウト。あるいは自分の尻尾を追い続ける犬。

 煙草の火が燻る。

 東の空から夜が明けていく。

「じゃあな」とギターの佐々木が言った。「俺、これからバイトがあるから」

 佐々木は片手を上げ、去っていった。

 それからドラムの藤原も「彼女とデートがある」と言って帰った。

 俺と鈴村だけになる。

 鈴村はベンチに腰かけ、チューハイを飲んでいる。俺は立って煙草を吸っている。煙草の煙がやけに目に染みる。

「なあ、どう思う?」と鈴村が呟くように言った。

「何が?」

「解散の話」

「ああ・・・」

 しばらく沈黙が下りた。二人とも何も言わなかった。言えなかった。

「じゃあ」と鈴村が立ち上がった。「俺、もう帰るわ」

 ああ、と言って、俺は鈴村の背中を見送った。

 一人、公園に取り残される。

 煙草を地面に捨て、足で火を消す。

 これが自分だ、と思った。世間とか現実という巨大な足に、情熱という火を消されちまった。そして誰にも気づかれない。気づいたとしても、ゴミとして扱われる。

 もはや泣くこともできない。もう何もかもが遅いのだ。

 俺は、しばらく高円寺の空が明るくなっていくのを見ていた。そしてもう一本、煙草に火をつけ、家に帰った。

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高円寺にて 春雷 @syunrai3333

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