第7話 金の皿の大トロ
「いいですか
「3枚も取っていいんですか!?」
「無事に帰ってきてくれて本当に嬉しいので、特別です」
「そんなぁ〜! じゃあお言葉に甘えて……」
柘植野と柴田は回転寿司屋にやってきた。早速、虹色のタイダイのペアルックで決めている。
案の定、柴田は空港から自宅まで迷いまくったらしく、お腹がペコペコだという。
柴田は一切の遠慮なく、流れてきた金の皿、マグロの大トロを取った。このひと皿で990円だ。
こういう思い切りのいいところが好きだ、と、柘植野は柴田に
「先に食べててください。僕は茶碗蒸しとあおさ汁を注文するから」
「お寿司屋さんでも舌慣らしするんですかっ!!」
「そういう
「おれもあおさ汁飲みたいでーす」
「はあい」
柘植野がタッチパネルで注文する間に、柴田は手を合わせていただきますをした。
「ん!?」
「優さん!? どうしました!?」
「お米おいしいです〜〜……!! タイ米もおいしかったけど、タイ料理に日本米入れたらべちゃべちゃになるからタイ米のよさもあるんですけど、日本のお米、おいしいよぉ〜〜!!」
「よかった。たくさん食べてくださいね」
柘植野だけでなく、周囲の客も、板前も、微笑ましく柴田を見守っていた。
「大トロおいしいです〜〜! 魚の
「僕はいいですよ」
柘植野は優しく微笑んで遠慮した。
しかし感動した柴田に押されて、結局1貫を口に入れられた。
「おいしい〜〜!! 酢飯との相性が最高ですよね。濃密な脂とさっぱりしたご飯の組み合わせが……」
柘植野は幸せそうに目を細めた。
「文渡さんはおいしそうに食べるから、大好きです。おれも手料理でこんな顔させたいって悔しくなっちゃいます」
「そんな! 僕は優さんの手料理が大好きです!」
「へへ。知ってますよ。毎食作って、一日中文渡さんを幸せにしてあげられたらいいのにって思ったんです」
柘植野の心臓はキュンと撃ち抜かれた。一瞬プロポーズされたかと焦った。
「お待たせいたしましたー。茶碗蒸しと、あおさ汁がお2つですね」
「ありがとうございます!」
「ハッ……! ありがとうございます」
柴田の無自覚なプロポーズにドキドキしながら、柘植野は茶碗蒸しの蓋を開けた。
柴田が横からのぞき込む。
「文渡さんは、
「ああ、今は食べられるけど、柴田さんと同じ
「やっぱり味覚って変わりますかね!」
柴田はワクワクした顔で笑う。
「おれも早く子供舌脱出したいです! この世のおいしいものを食べ尽くしたい!」
「ふふ。焦らなくても、アラサーで変わりますよ」
「カニ味噌も食べられるようになりますかね?」
「きっとなりますよ」
「楽しみだなぁー!」
柘植野は目を細めて柴田を見た。
若さと、将来に広がる可能性がまぶしかった。
手放したくなかった。
柘植野は、19歳の柴田に出会った。
遅すぎるくらいだった。もっと早く出会って、柴田の10代の時間を両親から奪い返してやれたらどんなによかっただろうと思う。
でも、運命の手は、19歳の柴田と、28歳の柘植野を巡り合わせた。
柴田が
柘植野は、過去の柴田に会いに行くことはできない。これからの柴田と思い出を作っていくことしかできない。
人は死ぬ。終わりの日は、知らされていないけど、決まっている。今日が終われば、柘植野が柴田と一緒にいられる日が1日減る。
だったら、と柘植野は思った。
優さんと一緒にいる時間を、できるだけ長くするしかないじゃないか。人生の終わりの日まで、いてもらうしかないじゃないか。
アラサーになって「ほんとに
優さんと生涯を共にしたい。理由はない。ただ、そう決めたんだ。
「ねえ、優さん……!」
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