第51話 初デートはスーパーへ

「初彼氏 デート」

「初デート 誘い方」

「初デート どこに行く」


 最近、柘植野の検索履歴はこんなワードばかりだ。


 柘植野にはずっと恋人がいなかったから、恋愛のやり方を忘れた。

 今までの交際が健全だったとも言いにくい。


 健全で誠実なお付き合いだと思ってもらうには、どうしたらいいんだろう!?


 ウブで照れ屋な恋人を思い出して、柘植野は愛しくなる。

 さりげなく聞き出したところによると、柴田は誰かと付き合うのは初めて。ファーストキスもまだらしい。


 大事にしたい。お付き合いが怖いことだなんて、ひとかけらも思ってほしくない。


 キスも、その先のことも、したいならすればいいし、したくないならしなくていい。「したいです」と言ってくれるのを待とうと思う。

 まっすぐな人だから、そういう気持ちが湧いてきたらきっと伝えてくれる。急かすことではない。


 本当は、こんな綺麗事きれいごとを言いながら、毎日悶々もんもんとして自慰じいをしている柘植野であるが、恋人の前ではカッコつけたいのだ。


 お付き合いしたら、まずはデートに行くんだと思う。だが、柴田は何かと忙しい。

 今大学は夏休みだが、その分アルバイトを増やして、昼からシフトに入っている。

 さらに、秋の学園祭でピアノサークルの発表会に出演するらしく、大学に通って練習している。

 デートに誘う隙がないのだ。柘植野はため息をついた。


 柴田から送られてきた買い出しリストをチェックする。スーパーに行くのは柘植野の分担だ。


 柘植野がサンダルを履いてマンションを出ると、午前9時前なのに、刺すような陽射しに焼かれる。スーパーの開店直後を狙えば少しは涼しいかと思ったのだが。

 背後でマンションのオートロックの玄関が開く音がした。


「あれ、柘植野さん」

「あ、おはようございます。今からサークル?」


 柴田だった。虹色に輝くポメラニアンのTシャツを着ている。どうもカラフルな動物の柄が好きらしい。


「そうです。柘植野さんはスーパー?」

「そう。買い出しに」

「ありがとうございます。おれも一緒に行きます」

「いや、僕の仕事だし」

「……柘植野さんと一緒に行きたいんです!」


 2人は赤い顔を見合わせて、笑った。

 並んで歩いていると、隣のアパートの階段からカンカンと足音が聞こえてきた。柘植野は身を硬くした。

 やはり、降りてきたのは粕川かすがわだった。


 柴田は粕川に小さく会釈えしゃくをした。柘植野は会釈にこたえず、冷たい視線を向ける。

 それから柴田と左右を入れ替わって、柴田を守るように粕川と柴田の間に立った。


 粕川はじっとりと敵意のある目で柴田を見てくる。

 柘植野は思い切って、柴田の腕に腕を絡めた。


 柴田はびっくりして柘植野を見たが、柘植野は赤い顔ながら、つーんと澄まして柴田を引っ張る。そのまま角を曲がって、粕川の視線から逃れた。


 柘植野はぱっと腕をほどいた。澄ました表情は消えて、照れた顔をしている。


「あの、ごめんなさいね。粕川くんに分からせた方がいいと思って」

「いや、あの、嬉しかったです」

「よかった。あ、スーパーが遠回りになっちゃった」

「いいじゃないですか。デート……したいから」

「……! デートしましょう」


 柘植野はじわじわと嬉しくなってきて、頬をゆるめた。僕たちは食事という時間を共有しているのを忘れていた。


 買い物に行って、作って、食べて、片付ける。

 それが僕のために確保された柴田さんの時間だから、そこで一緒の時間を過ごしていけばいい。


 まあ、ベタに水族館とか、行きたいけど。

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