第49話 恋人になってください

 ぐずぐず泣いていた柴田は少し落ち着いて、柘植野の肩に寄りかかって頭をでられていた。


「柘植野さん」

「ん?」

「おれ、柘植野さんの恋人ですか」

「うん。恋人になってください」

「嬉しいです」


 2人とも照れたりせず、穏やかに約束を交わした。もう2人の間では決まっていたことで、言葉で確認しただけだったから。


「予約していたレストランがキャンセルになっちゃったから、どうしましょうか。出前を取るのも配達員さんに気が引けるし、別の日でいいですか?」


 今年初の台風が関東を直撃している。昨日の夕方に、店を閉めるので予約はキャンセルすると、レストランから連絡が入った。


「おれ、なんか作りますよ。食材はあるし」

「いやいや! お誕生日だから何か特別なご飯にしたいじゃないですか。……僕が作りましょうか?」


 柘植野は横目でちらりと柴田を見て、恥ずかしそうに目をらした。


 柴田は固まった。

 柘植野さんって料理できるんだ。まあ、調理器具は家にあったからできなくはないのか。


 でも、どうしても柘植野の黒焦げの手料理を想像してしまう。

 柘植野さんはこんなにイケメンで、かっこいいお仕事で、性格も最高なんだから、料理が弱点であってもおかしくない!


「ごめんなさい、そんなの全然特別にならないですよね」


 柘植野が照れくさそうに小声で言った。柴田はハッとして、ぎゅむっと柘植野を抱きしめた。


「すごく特別です。柘植野さんのカレーが食べたいです」


 カレーならどんな失敗をしても黒焦げにはならないだろう。そう思って、柴田は先回りして指定した。


「カレー? 僕のカレーはルーを入れるだけですよ。隠し味も何もないカレーですよ」

「それがいいです! 一緒に作りましょ」

「手伝ってくれるんですか? 助かります」


 柘植野が素直に笑ったので、柴田は安心した。


 肩と肩が触れ合っている。柘植野の細い手が柴田の髪をすく。柴田はそわそわしてくる。


 キスしてくれないんだろうか。キスしてって言ったらしてくれるんだろうか。

 それとも付き合って3ヶ月はキスしちゃいけないって本当なんだろうか。


 柘植野の部屋は、柘植野のにおいがした。

 柴田はくらくらした。柘植野の香水が好きなんだと思っていたが、柘植野の体臭が好きだったんだと気づいた。

 すごく恥ずかしくなる。


 えっちなことはまだしてくれないんだろうか。もうおれは二十歳はたちで、恋人なのに。いつしてくれるんだろう。


 柘植野さんは、び……びっちだと言うんだから、リードしてほしい。してくれないと困る。

 えっちしたいって言うなんて、上級者すぎておれには無理!


 柘植野が首を倒して柴田の肩にあごを乗せる。2人には8センチの身長差がある。

 柘植野の息が柴田の首筋をくすぐる。


「いいにおい」

「そ……そうですか?」


 すごくえっちだ! これからえっちなことが始まるんだ! 柴田はドキドキしながら、柘植野の髪をでてみた。


「恥ずかしいです」


 柘植野は身体を起こして、顔をそむけてしまった。耳が赤くなっている。


 しまった!! おれが余計なことをして柘植野さんのペースを乱したばっかりに、えっちな雰囲気が……!!


 泊まりたいって言ったらどうかな。一緒のベッドで寝てくれたら、きっとえっちなハプニングが……。

 そんな上級者なお願い、できないよ!!


「あの〜、柘植野さんのカレーを朝ごはんに食べたいです」


 精一杯考えて言ってみた。「それなら泊まっていきなよ」と言ってくれるかもしれない。


「寝起きの僕に料理をさせない方がいいですよ」

「……そっか〜」


 確かに、柘植野さんの寝起きは最悪だ。朝には包丁を持たせたくない。


「今日は帰っておやすみなさい。夕方また来てくれますか?」

「はい」

「ジャケットとスラックスを着てきてほしいです。似合っていたから」

「ほんとですか? 分かりました」


 柴田はしょぼしょぼと柘植野の家を出て自分の家に戻った。

 おれから言わないと、ダメなのかなぁ〜!?


 柘植野は柴田を見送って、そわそわとクッションに座り直した。まだ柴田のにおいが残っている。

 胸が熱くなって、好きだな、と思う。


 同時に、ずっと熱をもっていた下腹部に意識が向く。

 そこはずっときゅんきゅんして柴田を待っている。


「うぅ〜〜……。何ヶ月待てば手を出していいの? 3ヶ月??」


 柘植野は頭を抱えて、そのまま後ろに倒れ込み、天井をあおいだ。

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