第3話 パリパリのサラダ

 柴田が帰ったあと、お腹を空かせた柘植野は食卓に戻った。


「いただきます」


 食べ物への感謝に加えてコンビニへの感謝も込めて、柘植野は手を合わせた。


 サラダの蓋をぺりぺり剥がし、内側を上にしてテーブルに置く。蓋の下に豚肉が乗ったトレーがあり、一旦がした蓋の上に退避。


 レタスの下にドレッシングの袋が沈んでいる。茶色で、いかにも和風ドレッシングなサラサラ具合。

 ぽん酢と出汁が好きな柘植野は、この味が気に入っている。

 袋を取り出す。いつもながら、たっぷりの量に嬉しくなる。


 ピッと袋を開けて、全量をかける。

 豚肉にはかけずにおくのが柘植野の食べ方だ。かけ終わるとレタスはドレッシングでひたひたになっている。


「これだけでもおいしいかな」


 柘植野は箸でレタスをつまんで口に入れた。

 レタスはハリがあって、歯を立てるとシャクッと音がする。まずドレッシングのうまみを感じて、そのあとにぽん酢の柑橘かんきつとレタスの味が爽やかに鼻に抜けた。


「あ、これだけでもおいしいな」


 続いて豚肉を箸でつまむと、すぐにほぐれる。肉のにおいがふわっと鼻に届いた。柘植野のお腹がぐうと鳴る。

 豚肉スライスをレタスに重ねて口に運ぶ。


「ん~! 肉、おいしい!!」


 やっぱり人間の味覚はレタスより豚肉が好きなんだろうか。口に入れた瞬間、舌が喜んだ。


 やわらかくでられた豚肉は簡単に噛み切れる。

 どうしてこんなに毎日変わらずやわらかく茹でられるんだろう。コンビニはすごい。

 料理をしない柘植野は感心した。


 しかもすごくおいしそうな色に茹で上がっている。

 赤すぎもせず、真っ白でもない。食欲をそそる色。

 茶色のドレッシングにくぐらせると、またお腹がぐうと言う。


 相変わらずレタスはシャクシャクと音を立てる。そこに豚肉を重ねると噛みごたえに重みが出て、今食事をしているんだ、という気持ちになる。


 柘植野は鶏肉も牛肉も好きだけど、豚肉には独特の香りがあって好きだ。

 豚肉の香りが口の中を満たして、レタスの香りはスッと鼻を抜けていく。


 和風ドレッシングをまとった豚肉がまたおいしい。

 ドレッシングの酸味が肉のあぶらっぽさを包み込んで和らげる気がする。


 夕ご飯を食べている間も、柘植野はぼんやり浅井のことを考えていた。


 柴田は浅井に似ていた。体格が似ているだけかもしれない。

 それとも、浅井がスレた大人になる前、あんなふうにニカッと明るく笑っただろうか。そんな気がした。


「僕はまた、あいつのところに……?」


 浅井との関係をいつまでも切れない自分が、情けなかった。


 暗い気分は性欲を連れてくる。じわ、と腹の底がうずいて、柘植野は自分を慰めたくなった。


 柘植野はベッドに上がって、壁に背をもたせかけた。もう身体は期待している。

 薄い胸を服の上から刺激すると、はあっと甘い息が漏れる。


「は……んぅ……」


 少しつついただけで、2つの尖りは敏感に刺激を拾う。


「ん……ん……は、んん……」


 胸だけでこんなに感じるように仕込んだのは、誰だっただろうか。


 頭の中が甘い刺激に塗りつぶされる。快感を得ることしか考えられなくなる。

 部屋着のズボンを脱いで、下着の上から撫でる。薄い腰が跳ねた。


「ぁん、あ、だめ、声出ちゃうぅ……」


 ボクサーパンツの布地の質感がもどかしくて気持ちいい。

 脱いでもいないのに声を抑えられない自分が恥ずかしい。

 だからこそ、Mっ気のある柘植野は余計に感じてしまう。


 前を触って終わらせるつもりだった。

 なのに、すぼまった後孔がキュンキュンと意識をつつき始める。


「あぁ……だめ、1人でそんなえっちなこと」


 言葉では「だめ」と言っていても、柘植野を襲う誘惑はもう止められない。

 そのつもりはなかったけど、後ろに指を入れたい。それともディルドまで……。


「ハハハハハハハ……!!」


 壁を挟んで、柴田の笑い声が聞こえた。


 柘植野はビクッと身体を硬くした。

 このワンルームマンションは非常に防音性が低い。すっかり忘れていた。


 柘植野は一気に蒼白になった。

 今の喘ぎ声は聞こえてないよね!? 柴田さんをオカズにしてると勘違いされたらどうしよう!?


「フフフ……ハハハハ……!!」


 また柴田の笑い声が聞こえて、ドキドキが落ち着いてきた。

 柴田さんはお笑いの動画でも見ているんだろう。イヤホンで聴いているはずだ。

 僕の行為は柴田さんにはバレていない。


「それにしても、どうしよう……!」


 柴田が越してくる前、303号室には帰宅時間の遅いサラリーマンが住んでいた。

 反対の301号室には大学生が住んでいるが、恋人の家で半同棲状態らしくほぼ家にいない。


 自慰じいをするにも、浅井を連れ込むにも、声を気にする必要がほぼなかった。


 ハキハキと元気な柴田を思い出す。

 あんな純朴そうな青年に、みだらな声なんて聞かせてはいけない……!


 突然始まった禁欲生活に、柘植野は頭を抱えた。

 その目は、先ほどの自慰の名残なごりでうっすらと潤んでいた。



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